詫び石3つ目

 電車に乗ってからの過程は何も起こらなかったから省略するとして、とにかく無事に市街地へ到着した。


 生まれてこの方、最初の村から出たことがない(システム的に当たり前)ので、街中の賑わいっぷりが新鮮で楽しくて仕方がない。



(さて、と……勇者になりたい! って飛び出したはいいけど、まず何をすれば……)



 と、その時! 俺が手持ち無沙汰になるタイミングを見計らったかのように、平穏な街中に女の子の可愛らしい悲鳴が響いた。



「きゃあああ!!」

「なんだ!? この平穏な街中で響く女の子の可愛い声は!?」



 慌ててそちらに目をやると、長く綺麗な白い髪を風になびかせながら走る女の子と、



「待てゴラァッ!!」

「止まれこのクソガキ!!」



 それを追いかける強面のおっさん2人の姿が。



「誰かーっ!! 誰か助けてください〜!!」

(なるほど?)



 これはどう考えても『何らかの事情があって逃げる女の子を捕まえようとする男2人』の図だ。


 どうしたものかと考えながら辺りを見渡すと、



「ねぇ、ちょっと……」

「誰か助けてやれよ……」

「無理よ……! だってあの2人……」

「ああ……『彼』の護衛だろな……」

「諦めるしかないわ……」



 野次馬はたくさん居るものの、女の子を助けてやろうと名乗り出る人間は1人も居なかった。



(仕方ない……)



 助けたいけれど、怖くて動けない気持ちは痛いほどわかる。


 それなら、ここは『バグ』を有効活用するしかないだろう。

 ……と、思ったのだが、



(……あれ? 魔法ってどうやって出すんだ? 呪文?)



 よく考えたら、数年間ユーザーを見守ってきたので知識だけはあるのだが、“それ”をどう使えばいいのかはさっぱりわからない。



「まあ、何とかなるだろ……! えっと、拘束魔法的なの出ろ! 技名……あっ、思いついた! 【個体時間停止 – 1(フェスタイムハルト – アインス)】!!」

「!?」



 男2人に両手の人差し指を向け、呪文(で、いいのか……?)を唱えた瞬間――時間が止まったかのように、走る体勢のままその場でピタリと行動しなくなってしまった。



「よし! 何とかなった!!」



 追いかけられていた女の子は振り返って状況を見た途端、同じように足を止めたまま動かなくなってしまったが、体が小刻みに震えているので彼女に魔法が被弾したわけではなさそうだ。


 急いで駆け寄り、



「逃げよう!!」

「えっ……あ、は、はい……!!」



 2人で手を繋いだまま、俺たちはあてもなく走り出した。


 その後、



「な、何だ? 今の少年……」

「見たかよあの魔法!」

「すげぇ! いったい何者なんだ!?」

「……! もしかして、勇者か!?」

「そうだ! きっとそうに違いない! さすが勇者だ!!」



 街中で歓声が上がった事を、彼……いや、勇者(仮)は知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る