第四話 そして続く試行
「ただいま~、今日も大漁だよ!」
ハントがキッチンに併設された冷凍庫に、自分の収納から収穫物をドサドサと出していく。
「あ、その大きな魚、そう、それ、キッチンの方にちょうだい」
クリナが自分の体重より重そうな魚を指定する。
「おーい、こっちの猪はどうする?」
ウォリも森の巡回と獣の間引きを終えて帰ってきた。
「そうねぇ、ハント、猪は解体して冷凍庫にお願い」
「わかった!」
僕はマニュと一緒に、居間のソファに座り、すっかり日常になったそんな光景を見ていた。
「ただいま」
「たっだいま~」
「おう、今日もいい匂いだ!」
「ただいま帰りました」
メディとファーは農場から。
シビエは街の基礎工事から。
アニケはセルファンから譲ってもらった牛と鶏たちのお世話から、それぞれ戻って来る。
9人みんな揃って、今日も美味しく楽しい夕食が始まった。
最初にシビエを見かけた街の中央は、彼的に街のシンボルを建てたいという意向だそうで、現在どのようなシンボルにするか皆で検討中だ。
なので、その周辺に居住空間をまずは造った。
最初は戸建てを考えたけど、なんとなくいつもみんな一緒にいたがり、結果的に大きなシェアハウスを造り上げた。
この街に来てから、テラメモリのダウンロード可能な物品に、配管や配線、建築資材といったインフラに必要なモノが増えていた。
増えたというより、必要な資材を思い浮かべると、それが届く。
まるで、地球に存在した物資がそのまま存在しているかのような……まさか、地球人がいなくなって残ったものが全部あるとか?いや、そんな、まさかねぇ?
ただ、案の定というか、制限はあった。
僕にしかその機能は使えなかった。
「きっとテラメモリ自体が、アキのオリジナルトランクなのかもしれませんね。それに、何を造るにしても、何が必要なのか、どんな構成要素が必要なのか、アキ以外にはわからないから、それでいいのでは?」
メディ以下全員が、何も不便に感じていないらしい。
結果として、僕とマニュはシェアハウスを皮切りに、街のインフラ構築、農場の整備、漁場の確保、森の監視小屋など、生活及び各員が動けるための一通りのモノを造った。
魔石で動く、重機、移動用のクルマ、川を移動するボートも創った。
この先、現状空路でつないでいるセルファンとの交易を、陸路でつなげる計画をシビエと検討中だ。
「他の三人、どうする?」
食後、今後の活動を検討する際、いつも結論の出ない議題が上がる。
演奏士、調香士、そして統治士。
僕らだってこの先どうなるかわからないけど、一度は会って、意志を確認しなくちゃね。
という話になるんだけど、なんとなく恐いんだよね。
特に、統治士。
「……ここが魔王城になる日は近い」
統治士がここに来たらどうなるか考えた時、マニュの言った一言が地味に怖い。
「ま、もう少し落ち着いたら、また旅に出ようよ」
僕はなし崩しに続いているリーダーという立場で、いつものように締めくくる。
でも、今日は新たな設備の完成を披露するんだぜ!
「というわけで、みんなで温泉に入ろう!」
シェアハウスは共用スペースに浴室もあり、各個室にもバストイレは完備しているが、温泉施設というものは、共同生活には欠かせないよね?
ちなみに、露天風呂は混浴にしてあります!
でも、この人たち、羞恥心に欠けているんですよねぇ……。
恥じらいの美学を失ったら、温泉回の価値が失われるんだよ?
「アキは何をぶつぶつと呟いてるんです?」
満天の星を眺めながら露店風呂に浸かる僕の横にメディ。
白衣以外のコイツは珍しいが、白衣の下はいつも全裸だしな。
「ん、これからどうなるのかなって、さ」
「自分の?それとも仲間の?」
「メディが仲間って言うと感慨深いね」
「情感というものが、経験によって派生する体感をしてきましたからね。それは一人では辿り着けない境地です」
「自分自身の感情の動きすら把握できていたのに?」
「事象と観測する自分、それだけで理解したつもりでした。観測する自分自身が常に変化していることに気付いたんですよ」
「それは人として成長したってこと?」
「変化したってことです。良くも悪くも、それは稀有な経験でした」
「変化ねぇ、メディなら寿命だって伸ばして、経験を味わい続けそうだよね」
「できますけどしません」
「そうなの?」
「寿命を延ばし、思考の試行回数を増やしても、思考力が洗練される保証はありません。変化し続けていますからね、どの時点が最適なのかすら、わからないんです」
人の技術もそうだ。
続く限り果てが無い。
どこでやめていいのかわからない。
「地球の星霊も、キリが無かったのかもしれないね」
「地球文明ですか?そうですね、肉体には限界を設定してあるのに、増え続け、繋ぎ、疑似的な永遠のサイクルが回っていたのでしょう」
「永遠は、怖いよな。今でさえ、やることが無くなったらどうしようって思う」
「アキが辞めたら私たちもそこで止まる。アキが続ける限り、私たちは一緒に続ける。たぶん創造の力を持つが故に、その権利を与えられているんでしょう。だから一人だけ焦燥に駆られない」
「僕がのんびりしたいって気持ちは、この星の文明発展の安全弁?」
「そのくらいが、ちょうどいいんですよ、きっと」
「なになに、湯加減の話?」
「ファーはもう少し羞恥心を持ちなさい」
ぞろぞろと湯船に入って来た女性陣の中で、タオルで隠しもしないファーにメディが苦言を呈する。
いや、これは嫉妬だね。
私以外に見せるんじゃないよ、ってね。
「……いいおふろ」
僕の隣にも開けっぴろげな少女が座る。
「マニュも少しは隠しなさい。みんなの前なんだから」
「……初めて会った時、全部見られてるのに、今更」
僕の前ではいいんだよ。
「わ、わたしもタオル、とっちゃおっかな」
「そうねぇ、湯船にタオルは厳禁だものね」
少し離れた場所にアニケとクリナ。
「おーおっきいおふろ、気持ちいいな!」
「疲れが吹き飛ぶな!」
「儂もまさか温泉に入れるとはな」
ハント、ウォリ、シビエも洗い場から移動して一緒に浸かる。
それきり声は出ず、みんなしばらく夜空を見上げた。
「明日の予定は?」
僕の問いかけに
「やっと満足する精米ができそうよ!明日の夕飯、お米デビューだから」ファーが。
「あら、それじゃあお米が使えるお料理考えとくわね」クリナが。
「刺身定食!おれマグロ捕まえて来るよ!」ハントが。
「新鮮タマゴで卵掛けゴハンもいいかも!」アニケが。
「じゃあ、田んぼが荒らされないように柵を広げて来るか!」ウォリが。
「儂は街道整備だな。現地のお客さん、いずれ招けるようにな」シビエが。
「地球の英知が揃って、ごはんの話題ですか、これもリーダーの人徳ってやつですかね?」メディが。
「……ボク、何を造ろうか?」マニュが答える。
ホント、みんなマイペースだ。
メディの言う通り、地球の遺産を受け継ぐ英知が、揃いも揃ってごはんの話題なんだからさ。
僕はなんでも創造できる。
それは想像力に依存する。
そして僕の想像出来る部分と、今はまだ想像出来ない部分を足すと、それはきっと果ては無く、どこまでも行けるんだ。
この惑星を掌握し、宇宙にだって行けるだろう。
いつかは、星霊のいる場所にだって辿り着けるのかもしれない。
だから僕はこう言うんだ。
「そうだな、取り急ぎ炊飯器が必要だろうね」
何でもできるけど、どんな試行を選ぶのか。
それを決めるのは僕らなんだから。
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