第8話 逃走準備

 マニュにはさっそく製造に移ってもらう。

 音響銃、魔石モーター、放水銃の順だ。

 放水銃は最悪、逃げる車上で造れるからね。

 音響銃は、地球でも暴動鎮圧などに実用化されていたので、当座の脅威から身を守るために最優先でほしい。

 剣や槍、ボウガンでの戦いより、誰でも一定の戦力になる銃器は最初から作りたかったんだ。

 炸薬式の弾丸は造れないから、空圧で金属弾を発射するものを考えていたけど、動力が確保できなかった。

 これなら、うさぎ程度の魔石で十分機能するはずだ。

 しかも可動部も部品点数も少なくて済むし、ついでに殺傷力も少ない。


 殺人に対する忌避感というより、殺さなくても無力化できる技術があるんだからそれを使う。

 魔獣のように問答無用に殺しにかかってくるなら躊躇しないけどさ。


 さて、ファーは?

 たき火の向こうにしゃがみ込んでいた。

 近寄ると何やらブツブツと言いながら、両手を大地にかざしていた。

 大地の上に見えるのは芽?


 真剣な横顔。

 額に浮いた汗を、ファーが首にかけたタオルで拭いてあげる。

 特に反応もせず、同じ姿勢を続ける。


 時折、芽が早送りのように成長し、また止まる。

 促進か。

 時間を早送りするわけじゃなく、成長に必要な栄養などの要素さえ確保すれば結果が得られるってことかな?


 邪魔にならないよう離れ、水と携帯食料で腹を満たす。

 すでに陽は落ち、たき火の明かりだけになっている。

 メディは大丈夫だろうか?

 さすがに焦燥感が湧いてくるが、いざというときのために休憩は必要だ、うん。


「できたぁぁぁぁぁぁぁ!」


 という絶叫で目を覚ます。

 あ、寝ちゃってた。

 素早く周囲を見回し、製造を続けるマニュを確認したのち、声の主の元へ移動する。


「どした?赤ちゃんでもできたの?」

「見てこれ人参!」

「お~、って小さいなおい」

「三寸人参ってやつ。でも普通は種をまいてから二か月ちょっとはかかるんだよ?」

「それを三、四時間?でたらめだね」

「なによ。竹だって一日に1メートルくらい伸びるのよ?構造や生育するメカニズムは違うけど、成長する要素があれば時間って制約はすっ飛ばせるのよ!」

「裏コマンドってやつだっけ?ほんと地球の技術なんて関係ないじゃんね」

「でも、植物の中には地球上で生まれた新種もあるんだよ?交配技術やそれ以外の独自技術もたくさんあるの。あたしはこの星にそれを使って、たくさんの野菜や果物を育てたい!」

「そのためにも、まずは安住の地を探そうね。今は少し休みなよ」


 興奮していても疲労の色が濃いファーの頭を、帽子越しにポンポンする。


「う、うん。ところで、メディは?マニュは、製造中?」

「メディはまだだね。マニュは三つほど頼んであるから、しばらくかかる。もしリアカーで逃げる時、荷台でマニュを支えてくれないかな?」

「わかった!」


 たき火の元に移動しファーと並んで座ると、彼女が人参を差し出す。


「アキ、これ食べてみて!」

「……自分で食べなよ」メディがいないんだからお腹痛くなったらどうすんの?

「アキに食べてもらいたい」

「なんでよ」

「ん~、正確には、あたし以外の誰かに食べてほしい。ここには他にアキしかいないから」

「そうですか」


 僕はファーから小さな人参を受け取り、さっと土を落としかぶりついた。

 不思議なのは、初めて食べる人参なのに、ちゃんと人参の味と理解したこと。

 土の香りと人参のえぐみと甘味。


「美味いね」


 正直、美味いとは言い難かったけど、期待に満ち溢れたファーの顔を見ていると、思わずそんな感想が口から出た。

 破顔したファーの笑顔も込みで美味いということでいいよね。

 半分食べて、ファーにも勧める。


「微妙だけど、おいしい」うん。いい笑顔。


 役に立ちたいとマニュは言った。

 メディもファーも、誰かの為に何かしたいって気持ちが根底にあるんだろう。

 それは管理者によって設定された本能なのか、個々の主体性なのかわからない。

 地球の技術なんてとっくに越えている僕らの成果物。

 そういったオーバースペックを持っていないと、地球の技術ですら根付かないのかもしれないな。

 なにせ、この星の人口は200万人だそうだ。

 それはあんまりにも少な過ぎるだろう。

 分母が少なければ、試行錯誤も切磋琢磨もブレイクスルーには程遠い。


 ……そうか、数ではなく質でも可能なのかもしれない。

 長い時間をかけて同じ学問から発展する内容を、たった一人で行ってしまう。

 多くの人のデータを一冊の本にまとめるのと、たった一人がその全てのデータを集め一冊の本にまとめる。

 どちらの本も同じ内容だとしたら、僕らは何百人分の進化過程を省略するために創られたのかもしれないな。


「アキ!音が聞こえる!」


 ファーに肩を揺すられ、思考の海から上がる。

 ガラガラと、車輪の音か?


「メディか!」


 音の方向へ目を凝らす。

 小さな灯り、カンテラかな?光を揺らしながら近づいている。

 

「お~い、私だメディだ!メルバと馬車で帰ってきた!魔石もある!追手はいない!」


 メディは簡潔に必要な情報を伝えてくる。


「よかった……ファー、警戒を解いて、食事の準備をお願い」

「わかった!」


 ファーの動き出しを見送り、僕は念の為、短槍を持って出迎える。


 馬は二頭に増えている。

 馬車はリアカーより二倍以上はでかいな。

 御者台に人影が二つあり、その左右に白い光が灯っている。


 数メートル手前で停止し、メディが降りてくる。


「お帰り。ありがとうね」

「遅くなってしまいました。でも結果的にいろいろ良かったと思う」


 僕らはなんとなく握手をしてお互いの無事を喜んだ。


 馬の世話をメルバに任せ、製造中のマニュを除いた三人でたき火を囲む。


「メルバに食事や休憩は?」


 気になったことを食事中のメディに聞く。


「馬車に彼ら用の食料があります。馬の世話と自分の食事をしたあと休むように言ってあります」

「洗脳とは違うんだよね?」

「アキはクオリアって知ってます?」

「いや、記憶には無いかな?ごめん」

「いえいえ構いません、そっちで例えると簡単だってだけです。そうですね、強制的な主旨替えみたいな?価値観の変容、パラダイムシフトとか?仕組みはさておき、私が主だって事実を上書きして、派生する矛盾は脳内で補完してるみたいです」

「すごい技術だね」

「もともとカリスマなんてのがこれです。私のは確実に強制できる」

「はぇ~すっごい」

「さっきも言いましたけど、みなさんには使えないみたいですけどね」

「なんでだろ?」

「簡単に言えば、いろんなことをするスイッチを押しても反応しないという感じです」

「まあ、そんな力があれば11人全員を支配できちゃうもんね。いいの?僕らに言っても」


 黙っておけばいいのにね。


「言わなければ怖いでしょ?信頼関係の積み増しって自分のウィークポイントを開示することも大事だと思いますので」

「僕らのために危ない橋を渡ってくれたメディにこれ以上どんな信頼が必要なんだか?あらためて、本当にありがとう」

「適材適所ですから問題ないです。新しい力も覚えましたし」

「聞くのが怖いんだけど、どんな?」

「追っ手は無力化してきました」

「追っ手が来ない……説明をしてもらう時間はあるかな?」

「少なくとも今は大丈夫でしょう。それも含めて説明します」


 僕とファーは頷く。

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