第二章 医療士と農業士

第1話 来訪者

「おお~、遠くまでよく見えるな~」


 最下部は二メートル四方の立方体、最上部は一メートル四方、形状的には台形の立方体、いわゆる四角錐台になるそれは、鋼材の骨組みで構成され、ご丁寧に梯子も付いている。

 溶接までできるとは、マニュの体の中はいったいどうなっているのやら。

 いつか解剖してみよう。ふひひ。


 昼食の後、マニュが食器の片づけをしてくれている間、僕は高さ5メートルほどの「物見やぐら」の最上部から、雑貨トランクに入っていた双眼鏡で周囲を見回す。

 僕の目線が地上6.5メートルほどになるから、裸眼でも半径10km弱は見えるはずだ。

 まあ気休めなんだけど、定期的に監視することを日々のルーティーンに組み込むことは、自堕落な生活を防止できる一役を担うだろう。


 僕はスルスルと梯子を降り、見上げる。

 いくら鋼材で骨組みを組んだと言っても、メーター4kgくらいある鋼材を、合計40メートル以上使用している。補強の部材や天板、手すりも含めると総重量は軽く300kgは越えるんだよな。

 これ、そのまま収納できるんです。

 マニュの中に。

 いつか解剖して……冗談はともかく、その能力の方がよっぽど冗談みたいだ。


 僕らの能力には、おまけの効果があって、それぞれの成果物を無条件に収納することができた。

 緊急対応エリアに仕舞うのとはまた少し違う感覚で、ゲートを開いて出し入れする工程を少し省くというか、収納や取出をイメージするだけでそれができるって感じ?

 うまく伝えられない。

 もっとも、僕の成果物は図面なので、言ってみれば微妙だ。

 丸めれば、普通に持ち歩きも可能だろう。しょぼい。


 さて、そうなるとお次に造るモノをマニュと相談しよう。

 お茶の準備をして、トイレから帰ってきてそのままテントに直行しようとするマニュを捕まえる。


「会議の時間だ」

「……お昼寝のじかん」


 意見は平行線だ。いや僕だって果てしなく睡眠不足なんだから、めっちゃ寝転びたいよ!眠りに落ちたいよ!


「もう少しだけ、せめて次の方針だけでも相談しようよ」


 部品数点から、単純とはいえ大がかりな構造体まで造れたんだ。

 今のうちに最低限必要なものを造るとっかかりがほしい。


「……ちょっとだけだよ?」

「お、おう任せとけ」


 いちいち情感スイッチを連打しやがる。魔性の女め。

 椅子に座り、お茶で喉を潤してから話し出す。


「とりあえず、お互いの能力は一応使うことができた。まだできることは限られているけど、たぶんもっといろんなモノが創れると思う。マニュはどう?」

「……おんなじ。短い時間でもっとたくさん造れるようになる」

「使う事で熟練度が上がるってのは気持ちいいよな。で、単一素材、構造体ときたから、次は可動物に挑戦したいんだ」

「……機構的ななにか?」

「クルマ的な何かを造りたいと思うんだ」

「……くるま」

「今のままだと、移動するには歩き一択だよね?もちろん、荷物は持たなくていいからキャンプや旅行より圧倒的に楽なんだけど、果たしてどれだけ歩くのか想像もつかない」

「……うん」

「なのでクルマ」

「……端折りすぎだと思う」

「まあ慌てるな、結論は大事だろ?こっからの検討がキモなんだ」

「……エネルギー問題」

「まあ、そのことなんだけどさ……そう。マニュが言ってた燃料が造れないってのは、たぶんエネルギー源をつくれないってことなのかと思った。確認だけど、エネルギーの種類って頭にある?」

「……力学、電気、熱、光、音、科学、変化?」

「そうそう。クルマだけの話をすると、ガソリンとか燃やして回転力を得る。電気でモーターを回転させるって方法だよね。つまりは何らかの力で回転力を得ればいい」

「……風を受ける、人が漕ぐ、ゴム動力もある?」

「うん。その中で、効率や安定性、持続性も考えると自転車ってのはあると便利なんだけど、部品点数の多さ、高い部品精度、構成素材の種類、総重量って考えると、今の僕には設計できるイメージが足りない」


 そういうことは理解できるのだ。


「……ボク自転車のれるかな?」

「居眠り運転は死に直結だね。なのでやっぱり四輪にこだわりたい」

「……賛成」

「でだ、いまのところ動力はさておき、車輪と車軸、それに軸受なんかを造っておいて、動力の代替案が浮かぶまでのつなぎにしたい。いざとなればリアカーみたいに人力で動けるようにすれば、眠ったマニュを乗せることもできる」

「……ステキ」


 能力の代償なのか、マニュは部品を造ったあとは猛烈な眠気に襲われるそうだ。

 僕は設計中、マニュは製造中とその後、成果物の内容に合わせて無防備な時間が訪れる。

 熟練度が上がればその時間も短くなるだろうけど、やぐらを造ったあと、僕が組立をしている間、マニュは爆睡を続けた。


 手ぶらで移動できる僕たちの唯一のネックが、人を収納できないってこと。

 どちらかが動けない状態になったら移動はできない。

 でも台車があれば、どちらかが動ければ、少しは移動できるだろう。

 もっとも、この世界のどこまでが平地なのかって問題もあるし、道なき草原を走破できるタイヤなんかは要検討だけど、回転体と軸とそれを支える軸受ってセットは、多くの機構に使われる基本でもある。

 ゆくゆくは、ヘリコプターは無理でも、ホバークラフトや飛行船くらいは創ってみたいな。


「それじゃあさっそく設計するとしますかね」

「……また、ひざまくら?」

「う~ん、お願いしたいのはやまやまなんだけど、良く考えれば僕もマニュも動けなくなるもんな、慣れてきたこともあるし、今回は一人でやってみるよ」

「……じゃあボク、物見やぐらに登ってもいい?」

「上で寝たりしない?」

「……大丈夫、だと思う」


 不安だ……でも、警戒は重要だし、自分で造ったものを利用する実感は必要かもね。


「じゃあいいよ」

「うん!」


 そんなに登りたかったんかい。


「気を付けてね。落ちないように」


 僕は胸元に下げていた双眼鏡を渡す。


「わかった!」


 と言いながらスルスルと登って行く。

 意外に機敏なんだな。


「わぁ~よく見えるね~」


 はしゃぎ方がお子様のそれだ。


「じゃあ、監視頼むね。僕はテントの中で設計するから、何かあったら言って」


 言いつつ、一度設計を始めたら終わるまで覚醒しないことに気付き言い直す。


「何かあったら、ちゃんと一人で逃げるんだよ」と声をかける。

「……何かって何?」


 双眼鏡を眺めながらマニュが問う。


「何って……身の危険を感じたら」

「……身の危険って」

「知らない人がやってきたり、猛獣に襲われたり?」


 マニュは双眼鏡を外して僕に言う。


「知らない人二人、こっちに歩いてる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る