第4話 アキ4

 背伸びしても目をこらしても、まっすぐ空へ延びる細い白線。

 間違いなく煙なんだろうと思う。

 まさか軌道エレベーターとかじゃないよね?


 僕は歩きやすそうなハイカットのトレッキングシューズを履いて、トランクを閉める。

 戻しながら、水と、災害用非常食セットとやらを取り出す。

 ペットボトルと、一辺が1メートル程度のコンテナが現れた。


 もうこれ部屋じゃんよ。

 上部の一部が持ち上げ式の蓋になっていて開けてみると、水のペットボトルと、さきほど食した携帯食料がこれでもかと詰まっている。

 リストの単体と、このセットはどう使い分けすればいいのだろう。

 まあきっと、この世界に街でもあって、宿屋とかあって、コイツを呼び出したら床が抜けるだろうけど。

 そもそも、収納個数はどうなんだ?

 僕が一生食べる量があるのか?

 そもそも地球から運んだんだよね?

 賞味期限とかどうなのよ?

 こっちの体で地球産の食料って大丈夫なの?

 

 と、今になって疑問の嵐だけど、さきほどまでうるさかったアシスタントはもういない。


 とりあえず、あの狼煙を確認に行くってのが取り急ぎのやることかな。


 服のポケットに、小分けにした携帯食のパッケージを突っ込み、コンテナを仕舞う。

 ついでに、雑貨トランク、テント、マット、炊事道具一式、野営道具一式を出してみる。

 雑貨トランクは衣類トランクと同じものだ。ちなみに炊事道具、野営道具も同じサイズのトランクだった。

 テントは円柱状に畳まれていて、バンドを外し広げていくだけで展開できた。三角形の二人くらい入れるサイズだ。

 マットもくるくると円柱状にまとめられていて、テントの下に敷くのだろう。

 スナップでそれぞれと固定できるようになっている。

 どちらも、えらく頑丈そうな作りだ。


 炊事道具には、鍋やフライパンを初め、四人分の食器、カトラリーのセット。包丁やパンカッター、皮むきなど、電化製品以外のものはあらかた詰まっている。

 小麦粉や調味料のセットも入っている。

 作ろうと思えば料理もできるってことか。

 地球産の成分がどうなるかわからないけど、そこは試すしかないな。


 野営道具は、薪やマッチ、斧や鉈やノコギリ、ワイヤーやロープ、折り畳み椅子や軍手なども入っている。

 ちなみにテントタイプの簡易トイレもあった。

 キャンプ道具の豪華版って感じだね。


 雑貨トランクに目当てのものがあった。

 刃渡り20cmほどの折り畳みナイフだ。

 銃やボウガンなどの明瞭な武器は存在しないけど、釣り道具、工具、布や皮といった素材から、画材、裁縫道具まで完備している。

 どっかのホームセンターか、100円ショップから手当り次第詰めてきたラインナップだな。

 もっとも、どの製品も質感はとても高い。

 ロゴやメーカー名などはいっさい無いのは提供企業への配慮……というわけじゃないよな。


 折り畳みナイフを尻のポケットに仕舞う。

 手帳とボールペンを胸元のポケットに入れる。

 鉈を持ち歩いてもいいんだけど、もしそんなヤツが歩いてきたら、僕なら逃げるね。

 揉め事になるにしても、争いは好まない。

 僕から積極的な攻撃意識がないことのアピールだ。

 携帯食料と水で腹ごしらえしながら、狼煙の方向に向かって歩き出す。

 さあ、何が待っているのやら。

 ちなみに、携帯食料と空のペットボトルなどの処理をイメージしたら、頭の中に「ゴミ箱」が浮かび、同時に黒い光が現れた。

 僕はその中にゴミを放り込み、完了をイメージすると光は閉じた。

 緊急対応エリア……長いから倉庫でいいか。

 倉庫内の物資はリストによるイメージがあるけど、ゴミ箱は完全消去みたいだな。

 

 怖っ!死体遺棄し放題じゃないか!しないけど!


 しばらく歩いていると、草が増えてきた。

 緑色の雑草。

 植生って生き物セットに入っているのかな?それとも植物はその星独自のものなんだろうか?

 ずいぶんと歩いたが、何キロ歩いて、何分歩いたのかわからない。

 思えば荷物の中に時計的なもの、電池式の電化製品の類は無かった。


 太陽電池式のライトでもあればいいのに。

 陽も傾いて、ゆっくりと夜が近付いてくる。

 暗くなる前に辿り着けるかな?

 場合によっては少し手前で野営する選択も考えるが、狼煙の主の脅威度がわからない以上、のんびり寝ている場合じゃないな。

 なにせ、見渡す限りの地平線は、草が増えても変わらないのだ。


 狼煙の線は、最初よりハッキリ太く見えているので、間違いなく近づいているのだが、なにせ僕は産まれたてだ。

 思いのほか疲れてはいないが、少し休もう。


 歩きながらも考えたが、チュートリアルの話を聞いても、特にショックを感じるということは無かった。

 自分が造られた存在で、神の輪廻から外れて、失われた地球の遺産を受け継いでいる?

 だからなんだ、って思う。


 僕は僕で、お腹もすくし尿意だってある。

 今はまだ子供くらいの肉体年齢だけど、性別もあるし種も残せるってことは、今後性欲だって出てくるのかもしれない。

 普通の人間と何が違うのだろう?

 裏の事情を知っているくらいで、個別の能力が使えるってそんな大げさな話なのだろうか?

 僕は草原に寝転がり、目を閉じて「設計士」とやらの能力をイメージするが、特に何も浮かばない。

 生きている時間、経験値や熟練度とやらが足りないのかな?

 それとも、チュートリアル自体が、僕の生み出した幻想だったのかもしれない。


 ま、いいさ。

 とりあえず生き残るための手段自体はあるのだ。

 しかも手ぶらで旅ができるというチートっぷり。

 空間収納的な能力は誰もがあこがれる能力の筆頭に違いない。

 入っている中身が、ひどく庶民的なものだとしてもさ。

 僕は一つ伸びをして、再び狼煙に向かって歩き出す。

 

 しばらくすると草原が終わり、僕が目覚めた場所のような荒れ地に変わる。

 もしかすると、あの荒れ地は、僕を構成する成分を吸い取った結果なんじゃないか?

 つまり、その推測が正しければ、この先にある存在が、僕と同じ立場である可能性が高いということだ。

 地平線に変化が生じる。

 白い煙の元、明らかに何かがある。

 煙が上がるってことは、たき火でもしているんだろう。


 夕闇が迫り、僕にとっては好都合だ。

 白い煙はもう見えなくなったが、たき火と思われるオレンジ色の光がぼんやりと浮かぶ。

 火元が、小さくやぐら状に組んだ木材が燃えていることが見えた。

 まるで、キャンプファイヤーだ。

 そのそばに、オレンジ色に照らされた何かが見える。

 イモムシ?

 丸い滑らかな何かは微動だにせず、僕はゆっくりと近づく。


 それは丸まって寝ている人間だった。

 全裸で。

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