ACT.05「絶望を振りまく真の絶望」

第四の少女

 またしてもツララは、その目で目撃した。

 世界の危機と、その権化ごんげに立ち向かう魔法少女たちの戦いを。

 それは世界の存続という形で、今も勝利し続けている。

 眠気も忘れるほどの興奮は、帰宅したあとも熱く胸に満ちていた。

 ツララは今、缶ビールを飲みながら朝のニュースを見ている。キッチンからは、かしましい女性陣たちの声が弾んで聞こえていた。


「まあ、リンカさんはお料理もお上手なんですのね」

「そりゃ、コトナ先輩にここ数日で鍛えられたから。アウラ、あんたにも教えてあげよっか?」

「ふふ、ちょっと前まで卵も割れなかったリンカちゃんが……コトナおねーさんは嬉しいぞっ!」


 もうすぐ七時、一日が動き出す。

 ツララは今日は休みなので、朝食を食べたら少し寝るつもりだ。

 身体も疲れてて、その上に筋肉痛が早くもギシギシと鈍く痛む。

 でも、不思議と心は晴れやかだった。

 ただ、一つだけ気になることがあって、それが安らいだ多幸感を曇らせる。まるで白いきりのように、ぼんやりとした不安を隠しながらも思考を覆ってくる。


「あの白い子……魔法少女、だよな。なんだろう、どうしてこんな胸騒ぎが」


 とても異質な雰囲気を纏ったむすめだった。

 あれはまるで、世界を守っている眼差しではなかった気がする。もっと、監視するような、ともすれば選別しようとしているような目だった。

 思い出すだけでも、背筋に妙な悪寒が走る。

 ツララは、先程からそのことだけが小さく気になっているのだった。

 だが、小鉢こばちを手にコトナが居間にやってくると、自然と気持ちが和らぐ。


「ツララ君、ビールもう一本どう? ふふ、朝酒とはなかなかにいい身分……だって、お仕事頑張ったもんねっ!」


 大黒寺ダイコクジコトナ特製、燻製風くんせいふうハムのマカロニサラダだ。

 ツララは手を合わせてからはしを取る。

 キッチンではまだ、リンカとアウラがキャッキャと盛り上がっている。朝食はとりあえず、食べれるものが出てくることを期待しよう。

 そして、ツララは改めて身を正して座り直した。


「コトナさん。その……お疲れ様でした」

「うんうん、ツララ君もお疲れ様っ。徹夜でお仕事なんて、大変だね」

「コトナさん程じゃないよ。あと、一つご報告があります」


 そう、とてもいい話があった。

 それを一番に、コトナに伝えたかった。

 ツララはしっかりと、言葉の意味を自分で噛み締めるように口を開く。間違いなくツララの人生で、ささやかだが魔法のような奇蹟がこの一言だった。


「ホント? ツララ君、やった! やったよ!」

「う、うん。それで、って、コトナさん!?」


 コトナの笑顔が花咲いた。

 そのまま彼女は、ちゃぶ台の向こうからダイビングで抱き着いてくる。そのぬくもりを受け止めたまま、ツララはたたみの上に押し倒されてしまった。

 思いっきり頭をぎゅっと抱き締められ、コトナの胸の中で息が出来ない。

 甘やかな香りが浸透してきて、自然とツララはコトナを抱き返した。

 そして、なんとか彼女ごと身を起こす。


「まだ本決まりじゃないかもだけど、正社員になったら少し楽な暮らしになると思う。生活が安定するし」

「だねっ! もぉ、ツララ君凄いよぉー! 今夜はじゃあ、パーティー! ご馳走ちそう作らなきゃ!」

「ありがとう、コトナさん。俺、今後も頑張って働くから」

「もー、あんまり頑張り過ぎるなよー? ツララ君、すぐに無理して無茶して。ホント、男の子ってやつはさあ」


 朝食の準備ができたみたいで、リンカとアウラの声が近付いてくる。

 それで二人は、パッとよそよそしく離れた。

 だが、ツララの全身にまだ、コトナの残香がほんわりと温かい。


「そういえば、アウラ。教会はいいの?」

「先程電話しておきましたわ。せっかくですし、お言葉に甘えて朝食をご一緒させtいただきますの」

「あ、そ。まあ、いい機会だしね……あたしも、もう少し話したい、かな」

「ええ。言葉はいつだって魔法ですわ。わたくしも同じ気持ちです」


 セーラー服姿のリンカが、エプロンを外して座る。

 卵焼きと紅鮭べにじゃけ、お新香しんこにごはんと味噌汁……平凡な食卓も今日は、一流シェフのフルコースに思えるくらい輝いて見えた。不格好な卵焼きなどはもう、ちょっとした前衛芸術だ。

 だが、リンカはコトナの隣から相変わらず冷たい視線をくれる。


「やだ、ツララさん……朝からお酒飲んでるんですか? それって大人としてどうなんですか、だっらしない」

「い、いやあ、あのー、俺……徹夜明けなんですけど」

「まあ、でも? なんか最近、ディバイジャー退治の現場にいつもいますよね、ツララさん。邪魔なんですけど。……怪我とか、してほしくないし」

「はは、なんかリンカちゃんのツンケンした態度、心底安心するなあ」

「キモいですから、そゆの。にやけちゃって、もぉ」


 アウラもあららうふふと笑っている。

 コトナも満面の笑みだ。

 テレビのニュースが、生中継に切り替わったのはそんな時だった。

 レポーターは真剣な表情で、中学校の敷地内が爆撃を受けたように荒らされている状況を伝えてくる。

 改めてカメラのファインダーを通してみると、災害クラスの被害が出ていた。

 そして、その現場で戦っていた四人は今、その学び舎からそう遠くない場所で食卓を囲んでいるのだった。


『御覧ください、体育館が完全に破壊されています。他にも校舎内で多数の生徒たちが昏倒こんとうしていたようで、先程救急搬送されました。幸い、死傷者はいないようですが……この惨劇はいったい、なにが起こったというのでしょうか?』


 スーツ姿の女性の、マイクを持つ手が震えている。

 校庭にははっきりと、爆心地のようなクレーターと一緒に巨大な足跡が残っていた。

 これはマンガやアニメといった、創作物の世界ではない。

 現実だ。

 そして、現実の魔法は世界の敵を倒せるが、その傷跡は癒せないのだ。

 誰もが画面を食い入るように見ている。

 ツララは思い出したように、缶ビールを飲み干してからぼそりとつぶやいた。


「そ、そういえば、さ。コトナさんたち以外にも魔法少女って、いるよね?」

「えっ? うん、そだよ。どしたの、ツララ君」

「いやぁ……さっきさ、四人目の魔法少女を見たような気がして。コトナさんたちが戦ってるのを、体育館の屋根から見守ってた」


 いな、見張っていた。

 決して戦いには加わらず、鋭い視線で品定めするように立っていたのだ。

 遠目でよくは見えなかったが、怜悧れいりな無表情はまるで氷の女王だった。純白だけを纏って漂白された少女は、冷たい雰囲気を静かに発散していた。

 ツララの言葉に、魔法少女たちは三者三様に反応を返してくれた。


「えっと、今って……わたしがステッキ、リンカちゃんがロッド、アウラちゃんがケインだから」

「他には、スタッフ、バトン、ワンドのクラスがありますわね」

「地域ごとに決まってるのよね。アウラ、あんたのケインのクラスは、日本のだっけ? それとも、出身地のイギリス?」


 そう、魔法少女は基本的に六人で一組。

 それぞれ、魔法の杖を意味する六種類のクラスに分かれている。

 そして、それを象徴する杖魔じょうまのロックとニコルも口を挟んできた。謎の小動物と不可思議な鳥、どっちもぬいぐるみみたいな雰囲気だが言葉は個性的だ。


「確かニコル、バトンのクラスは何年も前に引退したよな!」

「ええ、そうでしたね。小生の記憶では、その後空位となっています」

「スタッフとワンドのクラスは現役のはずだが、そういや連携してねえな」

「どちらも新しい世代、マスターやリンカ様と同世代に引き継がれてるそうですが」


 ではやはり、ツララが見たも魔法少女なのだろう。

 それにしても、強烈な違和感を遠くからでもはっきりと感じた。

 あれは、とても味方には思えなかったのを今も覚えている。


「それでさ、コトナさん。さっき、その娘を俺は見たんだ」

「えっと、どんな子だった?」

「真っ白な……なんだか、無味無臭むみむしゅうのような、でもなんか、透明感とは違ってて」

「……心当たり、ないなあ。リンカちゃんとアウラちゃんは?」


 コトナの言葉に、二人は揃って首を横に振る。

 だが、コトナは「ふむ!」とうなりながらも朝食に手をつけはじめる。


「それってさ、仲間が増えるかもしれないってことだよね! ドラゴン・タイプは人類史の中でも十数匹しか確認されていない強力なディバイジャーだし」

「つまり、ええと……コトナ先輩っ。その子、あたしたちを助けにきてくれたってこと?」

「だとしたら心強いですわ。わたくしも是非ぜひ、仲良くさせていただきたいですの」


 コトナはどこまでもポジティブだった。

 そして、健啖家けんたんかな一面を見せ始める。

 彼女は見事な食べっぷりで、ヒョイ、パク、ヒョイ、パクパクパクと朝ごはんをエネルギーに変えてゆく。実に美味しそうに食べるので、ツララも自然と箸が進んだ。


「ひゃっぱりさ、ふぉうとひまっはら」

「コトナさん、お行儀悪いなあ。リンカちゃんやアウラちゃんもいるんだから」

「ん、ギョックン! ふう……そう、それってやっぱり嬉しいことだよねっ。魔法少女同士、できるなら協力したいもん。日本にたった六人の魔法少女だしっ!」


 コトナの話では、日本には六人の魔法少女がいる。

 だが、その大半が東京に集中しているという。何故なら、首都東京が一番ディバイジャーが生まれやすい環境にあるからだ。大都会のストレスが、せわしない日々の中で絶望の温床になっている。

 誰もが普段は意識して遠ざけてる、直視できない数字が浮かび上がってくるのだ。


「ふむ、じゃあ……わたしがそれとなく調べておくね。ふっふっふ、こういうことは年長者のおねーさんに任せなさいっ!」


 頼もしい言葉と共に、コトナが笑う。

 その笑顔を見ていると、ツララの疑念や不安も綺麗に払拭されていた。そう、あれは強敵ゆえに慎重に見守っていたのだと思いたい。初めて顔を出した純白の魔法少女は、未来の味方、仲間なんだとツララも今は考えることにしたのだった。

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