【書籍化】呪われ呪術王の平和が為の異世界侵略

ひのえ之灯

呪われし王の誕生

異常な男の異世界転移

「一つ願いが叶うとすれば何を願いますか?」


 テレビ局の街頭アンケートでそう問われたのは、有名な進学校の制服を着た青年だった。


 日に何百という人々にアンケートを取るアシスタントディレクター、いわゆるADの男は、彼もまた他の人々と同様、突拍子もないその質問にしばらく考え込むだろうと思っていた。


 だが、青年はおよそ年齢に相応しいと思えない冷たい笑みを浮かべ、ノータイムで返答した。


 まるで事前に質問を知ってでもいたかのような即答ぶりに、心構えができていなかったADはもう一度問い返す。


 冷徹な笑みの青年はやはり即答した。


「世界平和です」


 ADはため息を堪えるのがやっとだった。


 彼はその答えを子供っぽい冗談、あるいはただの見栄っ張りだと思ったわけだ。つまるところ、からかわれているのだ、と。


 しかし、青年はただただ真摯に、真面目に答えたにすぎない。


 馬鹿にするなとADは悪態をついてきびすを返した。


 気温が三十度を越えている中での、長時間の激務。

 面白い回答がもらえなければ上司に理不尽にどやされる。

 だというのに、こんな学生にまで馬鹿にされることに苛立ったのだ。


 だが、あるいはADがより踏み込むことができていたら?

 世界平和に必要なものを問うていたら?

 きっとADは目の色を変えて質問を繰り返したに違いない。


 なぜなら、彼は迷うことなくこう答えただろうから。

 恐怖と支配、と。


 しかしその面白さに溢れる、あるは恐ろしさに穢れた言葉は引き出されることはなく、青年は態度悪く離れていくADを見送った。


 やれやれ、と伸びを一つ。


 夏休み直前の期末テストが終わり、夏はこれからが本番だ。

 立っているだけで汗ばむような陽気で、拭っても拭っても額に大粒の汗が浮かぶ。


 普段は東京のはずれに住んでいる彼は、あまり渋谷に来たことがなかった。

 東京ジャングル、摩天楼と形容されるぐらいだから空なんてまともに見えないのかと思っていたが、渋谷の空は予想よりも開けていて、ビルの合間から青空が綺麗に見えることに驚きながら、しかし人の多さにだけは閉口していた。


 こんな場所に来ることになったのはゲームにハマっている悪友の誘いのせいだ。一緒にゲームをするためにはパソコン一式を揃える必要があると、こんな休日にわざわざ呼び出されてしまったのである。


 とはいえ、彼もそれほど嫌なわけではない。

 進学した高校が違っても、いまだに連絡を取り合う昔ながらの悪友の誘いは素直にうれしく、やったことのないゲームでも時間を共有できることに喜んでいた。


 頭のネジがはずれていると揶揄されたりもするし、意見が決定的に合わないこともある。それでも、おおむね仲は良いのだ。こんな真夏の日差しの下で、恋人との逢瀬よろしく渋谷のハチ公前で待ち合わせする程度には。


 しかし、その悪友が待てど暮らせどやって来なかった。

 時間にルーズな悪友ではあるが、連絡もなしというのはおかしい。何かがあったかと思いはじめた頃になって、雑踏の向こうで叫び声が上がっているのに気づいた。


「通り魔だ! 危ないぞ!!」


「救急車! 誰か救急車呼んで!!」


 その声を聞いた時、なぜだか妙な予感に胸騒ぎがした。


 悲鳴と、叫び声から逃げるように押し寄せてくる人々をかき分けて進む。急に人の波がまばらになったと思ったら、人通りの多い大通りでぽっかりと人がいない空間があった。


 というより、何かから避けるように人々が距離を開け、離れていっているのだ。


「これは……ひどいな」


 空間の中心では、ざんばら髪を振り乱し血走った眼をした中年の男が奇声を上げていた。手には血に濡れた包丁、そしてそれによって傷を負わされた人々が地面に転がって呻いている。

 

 すでに近隣の派出所から警察官が数人駆けつけていた。

 男を囲みながら包丁を手放すように説得しているが、男の興奮が収まる様子はなさそうだ。


 薬物か、あるいは精神異常か。昨今では死ぬために事件を起こす者もいるらしいが、どれにしたってろくでもない。


「ああ、なんだよ。そこにいたのか」


 彼の目は半狂乱で警察官にナイフを振り回して威嚇する男の足元に向かい、待ち合わせに現れなかった悪友を見つけていた。


 腹部を抑えて呻いている。学校の指定シャツが赤く染まっているから恐らく刺されたんだろう、なら急いで手当をしないとまずそうだなと判断すると、彼はすぐに行動を開始した。


 警察官達は男から目を離さずに距離を保つのに必死で、後ろから近づく彼にまで注意を払えていない。それをいいことに、包囲の隙を突くように警察官達の間をすり抜けた。


「き、君! 危ないぞ! 戻りなさい!!」


 背中に制止の声がかかったが、彼は気にすることなく男に近づいた。


 青年は武道の経験があるわけではなく、思春期特有の蛮勇に突き動かされたというわけでもなかった。


 早く倒れている人達を病院に送らないとまずい、だから手早く処理したほうがいい。それには安全マージンをしっかりと取って説得している警官達より、自分が対応したほうが早いと判断しただけだ。


「な、なんだてめぇは! ぶっ殺すぞ!!」


 唾をまき散らす男が包丁を振り回していた。


 繰り返しになるが、彼に武道の経験はない。

 相手は素人だが、無暗やたらに突き出される刃物は彼にとって脅威でしかなく、華麗にかわすなどという芸当も当然のように不可能だった。


 かといって刃物を恐れて逃げ回っていては警察官と何ら変わらない。事態の迅速な処理などおぼつかず、悪友はその間にも死に向かっていくのだろう。


 だからこそ彼は、さらに一歩踏み込むことで凶刃を体で受け止めた。

 致命傷を避けるために両手を前に突き出したのは一つの賭けだ。

 腕の怪我で澄めば御の字、そう思ったのだが。 


「あぁ、痛いな。すごく痛いじゃないか」


 吹き出す血しぶきに眉をしかめる。

 なんともはや困ったこともあるもので、包丁の刃は腕と腕の間を綺麗にすり抜け、胸の真ん中に突き立っていたのである。


 賭けに負けたか、運が悪いな。


 彼の脳裏に浮かんだのはたったそれだけ。すぐに刺さった包丁を両手で握り締めて前を見据える。


 男は彼が避けると思っていたのだろう、深々と包丁が刺さったことに驚き、包丁を握る手からわずかに力が抜けたのがわかった。


 驚きゆえの反射、それを見逃さずに振り上げた蹴りが男の下腹部に音を立ててめり込む。予想外の反撃と衝撃に、男は苦悶の声すらあげずに地面に転がった。


「うん。賭けは負けても、大体計画通りだね。それじゃあ、悪いけど退場してもらうね」


 男の手から包丁がなくなった以上、放置しても警察官が取り押さえるだろうと思われた。


 だが青年としては、男への対処よりも周囲の怪我人の救助を優先してほしい。より直截に言うならば、友人を救って欲しいのだ。警察官が数えきれないくらいにいるならばともかく、数は限られる。この男に貴重なリソースを使った結果、友人の命が脅かされるなどあってはならない。


 ならばどうするか?

 彼にとって、それは愚問だった。


 要は目の前の男が完全に行動不能にればいいのである。警察官が取り押さえる必要がないと判断するほどの行動不能状態になれば、放置されるに違いない。


 ならばやるべきことは簡単なのだ、少なくとも、彼の脳内では。


「く、来るな! こっちへ来……っ!!」


 腰が抜けたのか、半狂乱に腕を振り回して後退ろうとする男に近づくと、彼は胸に刺さった包丁を引き抜きざま、不健康に痩せた首の根元に突き立てたのである。


 殺傷力を上げるためには刺した後に半ひねり、傷口を広げなければならないらしい。


 漫画で見た通り、彼は忠実に刺した包丁を半ひねり分こじり、より血が吹き出すように刃を引き抜いた。


 思ったよりも力が必要で、夏の暑さと痛みで額に汗が浮いた。


「き、君……なんでそんなことを……!!」


 動かなくなった男に満足して包丁を投げ捨てると、警官達が恐怖と焦りに彩られた目で青年を見つめていた。


 意味が分からず、首を捻る。


「殺さなければ、救助が遅れるじゃないですか。確実に行動不能にするために彼を止めたんですよ。そのほうがみなさんも安心して救助に専念できるでしょう?」


「き、君は……」


 警察官のなんとも言えない表情と、遠巻きにしていた野次馬の悲鳴に、ここにきて彼も異変に気づかざるをえなかった。


 ああ、なるほど、どうやらまたやってしまったらしい。


 常々悪友から「お前は少し頭のネジが飛んでいるから気を付けろ」と忠告されていたのだが、思い出すのがいささか遅かったようだ。


 とはいえ、どうするかと悩んでも今更な話。

 小さく息を吐いてすっぱりと諦める。転がった包丁を警察官に向けて蹴って害意がないことをアピールしつつ、噛んで含めるようにお願いした。


「なんでもいいんですけど、とりあえず怪我人の救助をしましょう。俺は人助けのために行動したんです。犯人はもう動けませんし、俺は逃げませんから、安心してみなさんを助けてください。特にこいつは俺の友達なんで、早く助けて欲しいものですね」


 返事を待つことはできなかった。

 体が重く、意識を保つのが難しかったのだ。


 言いたいことを全て言うと、青年は糸が切れたように地面に倒れた。


「き、君! 大丈夫か!」


 警察官の声がうるさい。ゆっくり眠らせてほしい。

 体がひどく冷たく、感覚が徐々に失われていく中、視界の隅でじわじわと広がる血液の量を冷静に見つめ、ああこれは死ぬなとどこか他人事のように考えていた。


 せめて悪友が無事だったらいいなと願いつつ、ふと、きっとこういうところがネジが外れていると揶揄される所以なんだろうと自嘲する。


 それは、年齢不相応の冷たい笑みを浮かべる青年の、この世界で最後の思考だった。




◇◆




 目が覚めると美しい庭園だった。

 小さな森と小さな川、そして青く萌える草原がバランス良くまとめられていて、いかにも居心地のいい雰囲気だ。


 庭園の広さはそれほどではない。端から端まで全力で走れば数分というほどの広さだが、その端より先には大地がなく、無限の青空が広がっているように見えた。


 宙に浮いた庭園。

 それが彼が目覚めた場所だったのである。


「おかしいな、俺は死んだはずなんだけど……なんで生きているんですか?」


 言葉の後半はすぐそばでお茶を楽しむ青年に向けられたものだった。

 美しいが、人間味を感じさせない男だ。


 透き通るような白い肌と、青い髪、青い瞳。

 作り物めいた容姿は美しさと同時に、ジョークのような諧謔味かいぎゃくみを感じさせる。十人が見れば十人ともが美しいと感じるように作られた、そんな造形物のような美貌を持つ男だった。


 宝石のような瞳、口元に浮かぶ笑み。どこ一つをとっても、彫刻師が丹念に彫り込んだ彫像のように見えてしまう。


 男は草原の真ん中にセッティングされたティーテーブルに腰かけていたが、彼の言葉に気づくと口元に運んでいたティーカップを机に置き、楽しそうに白い歯を見せた。


「やぁやぁ、びっくりするほど冷静だね君」


「それはどうも」


 笑顔で、楽しそうで、いかにも演技くさい。

 うさんくさい男というのが彼の素直な感想だった。


「さきほどの回答だけれど、君は死んだよ。それはもう疑いの余地もないほど完璧に、完全に、綺麗さっぱりと死んでいるともさ。こういう場合はおめでとうと言うべきか、それともご愁傷様と言うべきか、少し悩んでしまうね?」


 持って回ったような言い回しに戸惑っていると、男は彼の反応を気にもせずに話を続けた。


「さて、まずは自己紹介をしよう。私は君達が神と呼ぶ存在だ。神とは何かという定義に関しては多いに議論の余地があると思うし、そもそも絶対不可侵なる存在が神とするならば、君達人間が神と名付けるという行動がすでに神という存在への侵犯であるだろうし、そうなればそもそも私は神ではないと思考することもできるのだが……ああ、面倒な顔をしないでくれ。どうにも、私の悪い癖でね。こういう問答は嫌われると知っているんだがやめられないんだよ。ともあれ、話を戻そうか」


「そうですね。そうしてもらえると助かりますよ」


 促されてテーブルに座ると、わずかに目を離した隙に温かな紅茶が注がれたティーカップが用意されていた。


「飲みなさい、気持ちが落ち着くよ。君にはあまり必要がないかもしれないが、君の好きな銘柄を用意してあるからね、用意した以上は飲んで欲しいものだし、それに応えるのが客人の最低限の礼儀だと私は思うんだ。君も同じ考え方であればとてもうれしいね」


「……頂きます」


 同意見というよりも、良く回る口を塞ぐために一口だけ紅茶を飲むと、確かに自分の好きな味だった。


 高い紅茶なんて飲んだことのない彼の好みは、コンビニで買えるペットボトルのミルクティーだ。それがわざわざ高級そうな白磁のティーカップに注がれているのは少し滑稽に思えた。


「それで死んだ俺が神様と会っているということは、ここは天国ですか?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね。ここは死者が訪れ、旅立っていく場所だよ」


「旅立つ、ですか?」


 輪廻転生という言葉が脳裏に浮かぶあたり、日本に生まれ仏教に親しんだおかげだろう。彼自身は無宗教だが、それでも少し聞きかじる程度には触れる機会がある。


「いま考えていることでだいたい正解だね。人の魂というのは世界を巡るんだ。数多ある世界の中をぐるぐるぐるぐるとね。その魂の性質に合わせ、適した世界に送り出して循環を助けるのが私の仕事。まあ世界の管理者と思ってもらえばいいかな」


「なるほど。それでは、俺もいまから別の世界に行くわけですね」


「理解が早くて助かるよ。中には泣いたり喚いたりする者もいるからね」


 もっともな話だと納得したが、彼は意味もなく感情を前面に出すということが苦手だ。意味があると思えば泣き喚くことも躊躇しないが、目の前の神とやら相手に意味はないだろうし、何のためにするかもわからない。


 紅茶のお代わりを要望すると、すぐに用意された。

 依頼した通り、今度はホットではなくコールドだ。冷たい甘さが喉を通り抜けると、しゃっきりと頭が冴える。


 彼は少しばかり勘が働くのが自慢なのだが、演技がかったうさん臭さも相まって、どうにも神を名乗る男がすべてを語っていないと感じていた。そしてそれはたぶん、正解だろうとも思う。


 青春ドラマのワンシーンのような爽やかな笑顔でこちらを見つめる男の顔色を窺うと、目の奥で鈍く光る色に底知れない何かを感じる。嫌な予感が拭えない。


 男はそんな彼の様子に目を瞬かせ、勘繰られるのも心外だと指を振った。


「そんなに心配しなくても、君を地獄のような世界に送ったりはしないよ。どちらかというと逆でね、君に合った世界に送るつもりさ。それと、謝罪をしたくてね」


「そうですか。でも謝られるようなことをされた覚えはないですよ」


「覚えてないだけさ。君が前回ここに来た時にね、君が欲しいものは何かと問うたんだ。そしたら、なんて答えたと思う?」


「世界平和でしょうか」


 一瞬の躊躇もない彼の返答に、男は満足げに頷いた。


「そうなんだよ。新しい世界で一つの生命として誕生して16年、君という魂の本質は微塵も揺らいでいないようだね。まったくもって度し難いほどの執着……いや、妄念というべきか。ともかく、君の願いの通りに平和を成すため戦争が少なく、比較的安全な日本という場所に送り出したんだけどね……いや、これは私の失敗だった。それこそ痛恨のね。まさしく君は独特で、特異で、異質すぎたよ。あの世界で馴染むような魂ではなかったというのに、まったくもってあの時の私はどうかしていたね。君の考える世界平和は、あの中途半端に平等で、中途半端に平和な世界で達成できる類のものではなかった」


「そうでしょうか。あちこちで戦争が起きていましたし、言うほど平等でも平和でもないと思いますけど」


「そう思ってないところが君の致命的に特異な点なんだけど、まぁそれはいいさ」


 新しく用意した紅茶にひと匙の砂糖を入れてかき混ぜながら、男は本当にどうでもいいことだと繰り返した。


「合わない世界に送ったことを謝罪したい、言いたいことはそれだけなんだけどね。次はもっと君に合った世界に送るよ。それこそ、君の考える世界平和が達成できるような世界にね」


「はぁ、そうですか」


 拒否権などあるはずもなし。

 なら特に言うべきこともなく返した生返事だが、男はその割り切りにらしさを感じて嬉しそうに手を叩いた。


「さすがの順応性だね。死んだ、はい移動と言われてここまで落ち着ている。どこに行くかも気にならないのかい?」


「気にならないわけではないですね。でも、そこがどこでも精一杯生きるし、死ぬ時は死ぬっていうのは変わらないでしょう」


「くふっ」


 耐えかねたように吹き出しかけ、必死に笑いをこらえた男に、彼は目を瞬かせた。作り物じみていると思っていたが、一瞬だけ生きた人間のような感情を見た気がしたのだ。


「君がそれでいいのであれば構わないけどね。さて、実はここで君に朗報なんだけど、今度は転生じゃないんだよ」


「意味が分からないですけど?」


「あちらの世界で生きていけるだけの体はもう用意している。そこに魂を放り込むんだよ。転生だと赤ん坊からのスタートだからね。ついでに今回の記憶も消さずに残しておいてあげる。間違った世界に送っちゃったお詫びだよ」


 そんな適当でいいのかとも思ったが、男は別に構わないと言った。


 特定の魂を優遇するのが男にとっての娯楽らしく、記憶を残して転移させる程度の優遇は軽いほうだとうそぶくのだ。


「君は面白い魂だ。私にとって面白いというのは非常に大切な要素でね。色褪せていく悠久の時の中に彩りを添えてくれる……はっきり言えば娯楽だね。君のような魂はえこひいきしちゃうんだよね」


「もらえるものはもらっておきますよ」


「うん、そうしてくれると助かるよ。それに、それぐらいのえこひいきをしないと君の望む世界平和は成し遂げられないだろうからね。それほどにあの世界は悪意に満ち溢れている。むしろ、これでも足りないくらいさ」


「それほどに困難、ということですか」


 当たり前だろう、と男は笑った。


「世界平和だよ? いまだかつて成し遂げた者はいない。それを成すのに困難がないわけがないだろう。それこそ君の前には幾多の試練と選択が待っている。正直、分が悪い賭けだよ」


「目的を成し遂げるのに、己を賭けない道理がありますか?」


「くは、いいねいいね、実にいいねぇ、その心意気は最高だね。君はまったくもって素晴らしいよ。だからね、そんな君に助言だ。君の目標には力がいる。力を追い求めなさい。そのための近道となる男に転移させてあげたからね。そこで力を得られるかどうか……それが君にとっての最初の賭けとなるだろうね」


「それがえこひいきですか?」


「最大級のね」


 男はにやりと笑うと、話は終わりだと指を鳴らした。

 その瞬間、世界が歪み、美しい庭園は極彩色に包まれていく。

 薄く消えて行く世界の中で、男が真顔になっているのを見た。


「期待してるよ」


 なるほど、何か裏がある。

 そう確信したが異世界行きを拒否するつもりは起きなかった。平和な世界を作るための機会を与えられたのは間違いなく、拒否する権利も権限も彼には存在しないのであれば、ただ裏があることを理解した上で受け入れるしかないのだ。


 きっとその割り切りを知れば、男はまた盛大に楽しそうに笑ったに違いない。


 男の呟きを最後に、意識が彼の手から離れていく。自分の中の世界平和を成しえる世界に少しばかりの興味を持ちつつも、しかしそれでもなるようにしかなるまいと他人事のように割り切って。


 その日、冷たい笑みの青年は異世界へと転移した。

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