第7話『なんくるないさー』

「何処に行きやがったあのアホ!! 今更どこに行こうが逃げ道なんぞねえぞ!?」


 地団駄を踏みながら、今ここにはいない師匠への罵声を飛ばしているのはこの俺、アルキバートである。室内で地団駄を踏むと床が傷んでしまうので数回でやめる事になるのだが、怒りが収まることはない。


 何故、師匠が急に消えたのか。その理由など、もはや一つしか思いつかない。


『剣神』なる噂を広められた件だろう。今やこの王国中に『剣聖セレス』の異名は広まっている。そして、そのセレスが師匠の事を尊敬すべき師匠であり、まさに『剣神』であるとして噂を広めまくったのだ。


 それこそ、こんな田舎村までその噂が聞こえてくる程に。


 どこへ行ったのかは知らないが、今や師匠の名を知らぬものはこの王国内でも少数派であることは間違いない。相貌も、性格も広められたあの男に、逃げられる場所などありはしない。


 もし逃げるとすれば、王国を出て他国に移住するぐらいしかない筈だ。そして、あの師匠にそんな度胸があるとは到底思えん。


 そして、何より困るのは師匠がいない事ではなく、その師匠がこの家の家具及び魔道具までもを全て持ち出してしまっていることである。夜逃げか?


 この家はただでさえゴブリン等の魔物の住む森に近い場所に位置しているのだ。当然、その問題を放置していれば、夜中に襲撃されるのは必然である。


 そこで、我が家では『魔除けのランタン』と呼ばれる魔道具を設置していた。名前から分かる通り、ランタンに明かりをつけるとをしてくれる。聖なる光で魔物を追い払い、俺達に平穏を授けてくれる神の思し召しである。


 いつもは家の玄関に設置してあったのだが、確かに見返してみるとそこにランタンは無かった。その時点で怪しむべきだったのだ。


――クソ! 久しぶりの我が家で浮かれていた! 


 この俺が何たる不覚だ。確かに、全ては逃げ出した師匠が悪いので俺に非はないかもしれない。それでも悔いは残る。


 この俺があのアンポンタンにしてやられたとは、一生の恥である。


 そして、そんな悔いを度外ししても、この状況は不味い。思わず頭を抱え、今考えられる難問を言葉で確認する。


「やばい。ランタンが無いとここに住み続けるのは危険すぎるし、かと言って新たにそれを買う金もないし。うわ、ヤバい」


 非常にやばい状況だ。このままでは俺は一文無しに成り下がり、遂には飢えによる死を迎える事となるだろう。それだけは絶対に嫌だ。


 俺が死ぬなんて人類にとっての損失だ。絶対に回避せねば!


 金なし、身寄りなしの俺に今最も必要なのは職業だ。職にさえ就けば、時間はかかるが新たに『魔除けのランタン』を買う金も貯められるし、取り敢えずは生きていくことも可能だろう。


 問題は、どのような職に就くかだ。


 俺のような、身寄り無し金無しの男では就ける職に限りがある。それこそ、商人等の安全な職業に就ける可能性は限りなく低い。なんてこったい。


 そんな訳で、必然的に誰でもなれる職業に就くことになる。それこそ、冒険者なんかはその最もたる例である。平民だろうが貴族だろうが、冒険者ギルドで登録さえ済ませてしまえば、冒険者への就職は完了だ。


 また、この田舎で畑仕事でもしながら生きていくなんて選択肢もあるにはある。そっちの方が、戦ったりはしないので安全性も冒険者などよりもよっぽど高いだろう。


 おそらく、この二つが今のところの方針としてありえる選択肢だ。その二つをひたすらに吟味して、ひたすらに考える。どちらがより、俺に合った職業なのかどうか。


 そうしてやがて出た答えが、俺を救ってくれるものだと信じて、全力で思考回路を稼働させた。


 *


「――ふっ。どっちもやりたくねえ」


 いい笑顔でそう判断を下す俺。


 そしてその判断を下した俺の脳味噌、役立たずである。俺の脳でなければ殴り飛ばしていたところだ。


 却下を下した原因は、ある。元々の選択肢である2つともが、俺に合ってなさすぎるのだ。


 前から言っている通り、冒険者は俺にはクソほど合っていない。戦闘が嫌いなのに、何故わざわざその戦闘が主な仕事に就かなければならないのか。即却下である。


 それにセレスと同業という時点で悪い予感しかしない。どこぞで俺の冒険者活動の事を聞きつけられでもしたら、即座に見つけ出されるのは目に見えてる。


 そして、第2の選択肢は畑仕事をしながらの田舎暮らしだったが、こちらも話にならなかった。


 農業なんてのは腰が痛くなりそうだし、見た目よりも重労働だと聞く。なによりも賃金が低いから嫌だ。新しく『魔除けのランタン』を買うための金を貯めるのにも一体どれだけの時間がかかるというのか。本当にお話にならない。


 そもそも、田舎暮らしというのが俺には退屈過ぎた。師匠がいるならまだしも、一人で田舎に暮らすのは退屈で、少し寂しい。やはり、俺のような若者は都会で時代の最先端を生きねばならんのだろう。


――と、いうわけで。


「一度だけ冒険者となって金をドバっと稼いでから、王都に近い街で俺の家を買う」


 これが結論である。


 一定期間に冒険者として活動をしていくのは致し方ない事だと思って割り切った。先程言ったように、家を買うにも金はいる。それなら、田舎暮らしを諦めた以上、冒険者をやるしかない。


 それに、冒険者というのは上手くやればかなりの金持ちになれる可能性を秘めている職業でもある。今現在、Sランク冒険者として君臨しているセレスに、結構良い家に住んでいるのだと、前に手紙で自慢された。その手紙は破いて捨てたが。


 つまり、上り詰めればそこそこの金は手に入るということだ。とは言っても、やはり危険はつきまとう事になるし、強い魔物と戦わなければ大金は手に入らない。


 故に、今の俺が一気に金を稼げるわけではないのだ。


 では、どうするか。


 簡単だ、強くなればいい。修行でもして強くなった後で、その強い魔物とやらに挑めばいいのだ。なに、強くなるのに時間はかかるだろうが、あのセレス相手にも一時期はまともにやり合えていたんだ。当時のセレスは三歳児だったが。


「大丈夫だ。なんとかなる」


 堅い拳を作り、ぎゅっと握りしめ、祈るように額に当てる。俺の人生が転落人生にならない事を、存在も信じていない神に祈った。

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