第2話『スキル発動!!』

「遂に着いたぜ。『王都オルグランデ』」


 漆黒の革鎧に身を包む黒髪に蒼い目をした男が、王都の東部に位置する大通りの中心に立っている。つい先ほど検問を抜けたばかりの男は、そのまま真っすぐ大通りを歩いていく。


 手元に王都の地図など無いし、真っすぐ進むしか行動できないだけなのだが。


「クソッ。金さえあればなぁ」


 哀愁を漂わせながら歩いていくその男が向かおうとしている場所は、王都の中心部に位置する冒険者ギルドである。そのまま大通りを真っすぐ進んでいけば数分で着くので、ただ歩いていくだけでいいのだ。


 それは、この男も当然のように知っていた。


 彼の妹弟子である『剣聖』が、毎月送ってくる手紙にいつも冒険者ギルドへの道のりを記載していた。それと共に、冒険者登録の順序なんかも書き添えてあったので、遠回しな冒険者勧誘であったことは明白である。


 それを知っていた彼と彼の師匠は、送られた手紙を見るたびに胃を痛めていたが。


 そして、彼が冒険者ギルドへ向かっているのは、そんな手紙を送り出した当人である妹弟子ことセレスを尋ねるためである。故に、今から気が重い。


 そして彼は人生で初めて神に祈った。


「どうか、セレスが居ませんように!」


 *


 どうやら神は実在していたらしい。


 今、男は珍しく心の底から神の存在を認めていた。というのも、冒険者ギルドの受付嬢に尋ねてみたところ、どうやら今は魔物の討伐に向かっている最中らしい。


 何という僥倖なのだろう。


 と、今頃彼は考えているのだろう。自分が如何に周りの冒険者及びギルド職員に警戒されているかも知らずに。


『剣聖』の二つ名を持つセレスは、その名に恥じないSランクの冒険者である。当然、目立つし、さらに言えば容姿も良いので冒険者たちの間では高嶺の花としてもてはやされている。


 それだけに、言い寄ってくる男も多い。


 大体の男はセレスと話したいだけの奴らなので、そこまで面倒なことにはならないのだが。中にはそれ以上を求める輩もいる。そんな輩といちいち話していてもキリが無いだろう。


 そして、先程から言っている通りセレスはSランク冒険者である。良くも悪くも目立ちやすい。故に、暴力で追い払うとギルドの方へクレームがくるのである。


 だからこそ、この王都オルグランデを拠点とする冒険者たち、ギルド職員たちは一致団結し、セレスへ言い寄る男を少しでも減らすように常日頃から心がけている。


 そして、そんなことを彼は露程も知らない。


「じゃあ、セレスに一つ伝言を頼みたいんですが」


 知らぬ故に、彼はこんな事を口走る。


 そんな彼の吐いた言葉に、より一層警戒を強める冒険者ギルドの面々。


「すみませんが、そういう事は引き受けないようにという決まりがあるんです。お引き取り下さい」


 彼と話す受付嬢は淡々と、しかしどこか鋭さを感じさせるような声音で応えた。


「え、なんで?」


 それから数分。いくら理由を聞こうとも、受付嬢は「お引き取り下さい」の一点張りである。彼の方も、埒が明かない、と苛ついてくるのも仕方のないことである。段々と声を荒げてしまっていた。


「てめぇ、いい加減にしやがれ!」


 一人の冒険者が声を上げて立ち上がった。


 冒険者ギルドは、報酬の支払いや冒険者登録などのギルドとしての機能だけでなく、飲み屋のような役割も果たしている。ギルドや民間人の依頼を片付けてきた冒険者たちに、安らかな憩いの場を与える為である。


 そこに、妙な言い争いの声が聞こえてきたのだ。言うまでもなく、あの男と受付嬢の言い争いである。


 あの男がセレスさんへの伝言を断られた時点で、すごすごと帰ったならば良かった。そんな光景は王都の冒険者たちからすればただの日常茶飯事なのだから。


 しかし、彼は帰る素振りすら見せずに、しつこく理由を尋ねる始末。そんなこと、セレスさんの冒険者ランクを考えればすぐに分かる事だろうに。


 ――というのが、彼の冒険者の内情である。


 当然、男はそんなこと知ったことではない。むしろ、何故この人は急に怒り出したのだろう? という困惑でいっぱいである。


 *


「てめぇみてえな輩が消えないせいで、セレスさんにどれだけ迷惑が掛かってんのか理解できねえのか!」


 急に怒鳴られたせいで咄嗟の反応が出来ずに固まってしまった。


 なんで俺今叱られてんだ? むしろ、俺がこの頑固女を叱ってやる側だろうに。


 こっちは、わざわざ王都にまで出向いてセレスに会いに来たのに、伝言は断られるわ、理由は教えてもらえないわ、急に怒鳴られるわで散々だ。やはり、田舎に引きこもっていた方が良かったと、改めて思う俺である。


 俺が唖然としながら男の話を聞いていると、この場のあちこちから声が上がってきた。


「そうよそうよ!」「いつもいつもセレスさんが可哀そう!」「てか、何でお前がセレスさんを呼び捨てにしてんだ!!」「少しは迷惑考えろ!」「しかもなんだよその恰好、セレスさんと揃いのつもりかよ気持ち悪い」「ちょっと顔が良いからって調子乗んじゃないわよ!」「アンタ程度の面の奴なんてセレスさんに何度も追い払われてるんだから!」


 随分とまぁ好き勝手言ってくれるな。つい真顔になってしまう俺の表情筋は、この状況下で歪まないだけ良しとしよう。


 俺がセレスの兄だということを説明しようともしたのだが、今声を上げても冒険者たちの罵声の大きさのせいでか弱い俺の声なんてかき消されてしまう。そんな訳で、冒険者たちの罵声が鳴りやむまで待ってから、俺がセレスの兄であることを教えてやろうと思ったのだが。


 一向に鳴りやむ気配が無い。


 騒ぎを聞きつけた野次馬共まで集まってきているようで、人が減る気配もない。おかげで俺は良い恥さらしとなっている。


 自然と眉間に皺が寄る。寛容な俺も、流石に堪忍袋の緒が切れた。


 初めに声をかけてきた男を睨みつけながら、仕返しをするように声をかけた。


「おい」


「あ? な、ん……」


 水面を打ったように急に辺りが静かになる。何故かは明白だ。そうしたのは俺なのだから。


 言葉にするなら、『気迫で黙らせた』というのが正しい。


 まぁ、か弱い一般人である俺がそんな化け物じみた気迫を発せられるわけもなく、これは俺の持つ唯一のスキルによるものである。


 ユニークスキル『気迫』


 これのおかげで今の今までセレスの修行の誘いから逃げ続けて来れたのだ。このスキルには感謝しかない。名前の通り、気迫を発するスキルである。聞いた限りでは大したことの無いスキルに聞こえるだろうが、これが中々な便利スキルである。


 単に気迫と言っても、放つ者によってその威力が変わる。相手を戦慄させるものから気絶にまでその精神を追い込むものまで、そしてそれらは、覇気やら殺気やらに分類されるものまである。


 つまりは、言葉一つに気迫と言っても奥が深いのだ。


 そしてこのスキルは、それを完璧に使いこなせるようになるスキル。なのだが、いかんせん威力が強すぎる。


「っひい!」


 受付嬢の方へ目線を向けると、それはそれは怖がられた。さっき相対していた冒険者の男は気絶寸前である。目が白目だった。


 居心地の悪い事この上ないが、その居心地の悪さにも、我が妹の図太い神経ならば効果はなかっただろう。しかし、俺には効果抜群なのでやめてほしい。


 さっさと要件を済ませよう。


「セレスに伝えてくれ。『アルキバート』が、お前を尋ねに来たと」


「「「「え?」」」」


 何故か、今度は辺りの連中が唖然していた。


 だが、そんなことに気づくことも無く、俺は冒険者ギルドを去ったのだった。


 はぁ。……らしくねぇことした。


 

 


 


 

 

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