第20話 私の知らない国

 空というよりは、宇宙と呼んだ方がよさそうな空間を、カプセルが凄まじい速度で昼と夜をまたぐ。飛行機のコックピットだけを切り落としたような見た目のカプセルは、弾道飛行を終えて再突入に入った。

 目的地は国民を海外に追い出して鉄壁の鎖国体制を敷いた日本列島。


「おばあちゃん、日本を見てくるよ」


 宇宙服の大きなヘルメットが少女の表情を隠している。小さな窓からカプセルが熱を帯びて赤くなっているのが見える。地上から見上げれば大きな流れ星に見えるはずだ。


『再突入シークエンスを終了。推進系、制御系、生命維持共に異常なし』


 冷たい機械音声がヘルメットの中に響く。技術の進歩によって高度な知識がなくとも弾道旅行バリスティックトラベルが可能になった。なにもしなくていい。ただ機械に全てを任せてただ落ちていく。


 お婆ちゃんの話を思い出す。


「もう一度だけ日本を見たかった。良い思い出なんてないのに」


 移民先で産まれた私の知らない国、日本。お婆ちゃんが産まれた時代は、飢えの時代だったらしい。急速に衰える国力の中で、もう国民全員に十分な食糧すら回らなくなっていた。

 全国民脱出計画に使う船を建造する企業にお母さんが勤めていたから、まだお婆ちゃんはマシだったらしいけれど。

 世界の人口は増えていくのに日本の人口は減っていく。それは食糧を輸入できなくなることを意味した。より望みより高く買う場所に物は流れる。買うお金のないなら買えない。それは食べ物も例外ではなかった。


「減ることは悪いことよ」


 それがお婆ちゃんの口癖。お婆ちゃんが子供の頃、日本は若返っていったらしい。弱い老人たちから先に死んでいくから。ネットで過去のデータを調べたら平均年齢はどんどん低くなっていた。


「命がこぼれるのよ。水を手で掬うと流れてしまうでしょ。そんな風に人の命がこぼれるの」


 そんな思い出しかない国をまた見たいって気持ちはわからない。でも私の知らない私の国、日本を知りたいと思った。


『まもなく日本の領空に侵入します』


 厚い雲を突き破ってカプセルは見えない境界線を越える。ここがお婆ちゃんの国。




『警告、警告。地上からレーザー照射をうけています』


 小型カプセルを使って超高速で宇宙を跨いで密入国する。一か八かの賭けだ。でもこの方法以外に日本の防空体制を突破する方法は思いつかなかった。


『迎撃ミサイルの発射を確認、真っ直ぐ向かってきます』


「貨物カプセルを分離して。その後すぐにエンジンを全開」


 本体から荷物を積んだ部分を分離する。一挙に加速したせいで長細いカプセルが大きく首を振る。手を強く握りしめて、歯を食いしばって、加速に耐える。


 大空に白い柱が伸びてくる。地上から発射されたミサイルだ。


『ミサイルが接近中です。回避します。回避します』


 カプセルのすぐ近くをミサイルを掠める。一瞬窓から灰色のミサイルが見えた気がした。錯覚だろうけど死が見えた。



『回避成功です。続いて二発目が接近中です。回避運動を行います』


 カプセルが大きくロールする。ミサイルが自分が通ったルートの2秒前と重なった。


『回避成功です。早期警戒網を突破しました』




「きたよ。お婆ちゃん。日本に」


 私はきた。

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