第12話 赤ちゃんと僕


 必要な赤ちゃんのミルクも食料も手に入れた。ついでにバイク用のマテリアルも揃って、あとは帰るだけなのに少年は来た廊下と違う方へと歩いていく。来た時から廊下も部屋も全部が嫌だったけどその部屋は違う。奥に見える空間がどこか懐かしい気がして。


「ばーぶ!あーう!」


 赤ちゃんが荷物で、こんもり大きくなったベビーカーから抗議してくる。赤ちゃんのミルクと少年の食料でいっぱいだ。早く帰りたいみたい。


「ごめんよ。でもあの場所知ってる気がするんだ」


 少年はその部屋へと歩いていく。背負った荷物の重みも忘れたように、向かっていく。その後をベビーカーがついていく。


「ここは……美術室?そんな気がする」


 目の前には観音開きの大きな扉、シンプルながらも上品な衣装が施されている。少年は扉に手をかけて中へと入る。扉の間には遮音用のゴムがつけられていて『ギュっ』と音がした。なんだかこの音がとても好きな気がする。


「ピアノ演奏に対応した美術室みたいだね」

 部屋の中心にはグランドピアノがある。


 大小さまざまな絵画が並んでいる。何枚かは金具が外れて床に落ちていた。少年は落ちた絵を拾い上げて一枚づつ掛けていく。舞い上がった誇りが照明にあたってひらひらと輝く。綺麗じゃないけど綺麗に見える。


「ほら、おいで。一緒に見よう」


 少年は荷物を下ろして赤ちゃんをベビーカーから抱き上げる。優しくゆっくりと。赤ちゃんが出て、ベビーカーはスリープモードに入った。4本の足は折れてしゃがむ様になった。つくづく便利なベビーカーだ。ここにあった物の最新型なんだろう、きっと。


「あう?」


「一緒に絵をみよう、君が気にいるものはあるかな」


 赤ちゃんを抱っこして絵画をゆっくり回っていく。一眼みて通りすぎる絵も有れば、立ち止まりじっくり見る絵もある。少年の足音以外に何も音がしない。赤ちゃんはいつのまにか腕の中で寝てしまった。


「この絵だ、見たことある。子どもの頃に、そんな気がするんだ。誰かに手を引かれて」


「んあ〜?」


「ごめん起こしたね。この絵が見たかったんだ」


 アンリ・ル・シダネルの『日曜日』縦に1メートル、横に2メートルある大きな絵だ。白い服を着た少女たちが何人も草地の上に立っている絵。見ていてとても落ち着く。


「たぶん別の一枚なんだ。でも、もう少し見ていいかな」


「ばーぶ」


 絵の前に立って鑑賞する。その絵は強く何かを想起させた。自分よりも少し大きな手。すべすべで若々しい手、大人の手を知らないけど、その手が大人のものじゃない事は分かる。少年もたしかに誰かに手を引かれて絵画を見て回った気がする。そんな確信が彼の中にできた。


「ごめん、ありがとう。帰ろうか」


 赤ちゃんの頬を撫でる。大切に、優しく。この子は僕で、僕はこの子。


「僕も君のとこから居なくなって、君は僕のことを大きくなったら忘れちゃうのかな?嫌だな。でも守るよ。それでも大きくなって欲しいから」


「バブ?」

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