ソロ日本人 ソロキャンプ

土蛇 尚

第1話 僕以外誰もいない

「皆さん〜観えてますか〜?僕は今、旧国道をリスナーさんからのスパチャで買えた4輪駆動車で走ってます〜」


 日本で最後の人間となった少年は、海外への動画配信で生計を立てていた。月に一回韓国からくる無人輸送船で必要なものを調達して日々を生き抜いているのだ。


「春も本番と言うこの季節。ドラマやアニメでよく見る桜の象徴ソメイヨシノですが…ほとんど絶滅しました〜ソメイヨシノは自家受粉が出来ないので日本から人間がいなくなって、その数を急速に減らしたんですね。まぁ絶滅しかけの日本人が言うのもなんですが〜」


 彼の配信を見るのは大半が外国人だ。滅びてなお日本の観光需要とコンテンツ人気には凄まじいものがあった。そして配信を見る人の中には旧日本人が少なからず居る。日本列島が少子化により文明が維持できなくなった時に海外へと800万人ほどが渡ったのだ。

 彼はそういったリスナー達のおかげで文明の滅びた日本列島で結構ぬくぬくな生活をしていた。


「と言うわけでソメイヨシノの代わりに梅を見に行きたいと思います〜」


 少年は4輪駆動車のアクセルを踏む。自動運転搭載の電気自動車なので静かに加速する。高出力RTGを搭載しているからバッテリーが持つ限り走り続ける事ができ、夜になれば車から電気をとる事ができる。ぬくぬくだ。バキバキに割れて植物に侵食された国道を一人走る。車窓から見える山々は土砂崩れが起きて大きく抉れている所を時々目にする。誰もいないのだから工事もされない。


「はい。目的地に到着しました。ここが梅の名所と呼ばれた場所です。インスタで見つけたんです。100年前の投稿でした笑。廃墟になった神社と梅の組み合わせがエモいですね〜」


 コメント欄には凄まじい勢いでイイねと梅の絵文字が流れて行く。

 彼はコメントから目を離してそのインスタを見る。綺麗な神社、多くの人、並び立つ出店、そして咲き誇る梅と…咲く前の桜。


「じゃあ今日はここでキャンプをしたいと思います。一旦配信をやめますね。また後で〜」


 そうして配信を切った少年は車に積んである汎用アンドロイドを起動、自分も軍手をする。繁茂してる雑草の一掃を命令、自分も境内を綺麗にする。

そうしたらテントとバックを取り出してキャンプの準備を始めた。

 テントを設営し終わると車を基準に8角形の結界ができる用にポールを立てて行く。

 このポールには各種センサーと照明そして電気ショック機能が搭載されており野生動物から彼を守ってくれる。半径15メートルほどの結界ができた。これもリスナーさんから貰った。

 その様子をスマホで写真を撮ってSNSにアップする。


『ここをキャンプ地と〜する!』


 コメントには

「なんか神社綺麗になってね?」

「それは言わない約束」

「推せるわ〜」

「車でねろや」と流れてゆく。


 夕食はレトルトの日本食で済ませた。調理動画は人気が高いがめんどくさいので彼はやらない。海外にはまだ日本人がいるのでクオリティの高い日本食が普通に手に入る。ご飯もおかずをチーンって。味噌汁も旨い。


「あぁ〜最高です。眠くなったので寝ますね。おやすみなさい〜」


コメントには「風呂に入れ」と「おやすみー」が流れていく。



 深夜2時、海外の配信を見ながらお菓子を食べてた彼の耳に警報音が入る。寝てなかったのが幸いした。


『危険な野生動物が接近中です。身を守って下さい。繰り返しま、、、』


 彼は頭にカメラをつけてライフルを握る。銃身にも小型のカメラが付けた。配信を始める。


「皆さん何か分かりませんが危険なモンスターみたいです。今から車に、、、」

その瞬間


(バチゥッン!!)

『電気ショックが作動しました。直ちに身を守って下さい。』


 もう彼にコメントを気にする余裕はない。車へと走る。間一髪で車に乗り込んだ次の瞬間、(ボコン!!)と大きな衝撃が走った。震える手でライフルを構える。銃身のカメラにはヒビが入った。


『冷静に狙いを定め安全を確保して下さい。スマート弾丸を使用します』


「ごめんよ」

引き金を引いた。


 ライフルから飛び出た弾丸は極小の羽を展開し軌道を自動修正、猪の眉間を一撃で貫いた。

少年はライフルを握りしめたまま気を失った。


『引き金を固定します。適切な管理を厳守して下さい。残弾6』



 朝が来た。車に伸し掛かる猪の骸。彼は首の痛みで目を覚ました。あれからずっと配信が続いていたみたいだ。一斉に「起きた!」「大丈夫?」とコメントが流れる。


「皆さん昨日はびっくりしました。死にかけました。でも目的地に急いで向かわないといけません」


 彼は猪に布をかけてテントを撤収しポールを回収、車に乗り込んだ。目的地へと向かう。着いたのは巨大な港。その規模は余りに大きい。水平線と平行にどこまでも伸びる埠頭。ここは人口減少時代末期、日本列島を捨てる総国民脱出計画の為に作られた港だ。800万人の輸送計画。それは人類史に残るエクソダスだった。


 12時きっかりに雲の向こうから無人ヘリコプターが見えて来た。埠頭の上に着陸、彼はヘリコプターの中から大きな車輪のついた箱を下ろす。それは超高性能なベビーカーだった。常時温度と湿度を管理、全自動で赤ちゃんのお世話をしてくれる。少年はベビーカーにミルクカートリッジや衛生フィルターの交換だけをすればいい様になっている。赤ちゃんがすやすやと寝ているのがスマートベビーカーのガラス越しに見える。

 


「この子が次の僕か」


 国家に必要なもの、領土 主権 そして『国民』 こうして日本は存続してきているのだ。


ソロ日本人


 無人の日本列島で動画配信者とワンオペ育児が始まる。

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