11章 傀儡師のオレンド


揺れる。

海の香りを含んだ風が強く、時には悲しみを乗せて通り過ぎていく。

そのたびに、揺れた。

さらさらという音は、愁いを帯びていたろうか。


誰もが感嘆を漏らすであろう見事な柳の森がそこにはあった。

いくつ、どれだけの、風が想いを伝えただろうか。

「あぁ、あぁ…」

想いに応える者があった。

「イトが死んだ、ベットラが死んだ、ジュゼットも死んだ…あぁ、おめぇら…」

男の声は震えていた…。



その数日より前


「それで、傀儡師は戦争を離脱したいと、そういうことですか?」

魔王城執務官のサラが問う。問われたのは傀儡の長を名乗る男。


「そうさ…俺たちの一族はもう半分も残っちゃいねぇからよー」

来賓室の長椅子に座る。

眼は虚ろ。四肢はだらしなく投げ出され、

その男の気力がいか程にもないことを表現している。


「そうですか。どの族長も苦しんでいます。それでも皆苦心して戦っていることをご存知ですか?…といっても、今のあなたには何も響かないでしょうが」

「…さぁな、俺は死んだらしい族長の代わりにここにいるだけだからよー」

「でしょうね」

「…」


男は無言。

窓に吊るされた巨大なカーテンの影が揺れる。


「ふん。傀儡師の長と聞いて呆れるわ」

「…好きにしてくれ…」

「あなたね…!」


その言葉は続かない。同族達が戦って散った。

それはそうだ。だが、族長である者が折れてしまえば。


「はぁ、いいわ。魔王様に離脱の可否を確認してきます」

「…」

「では、少々お待ちください。失礼します」


ぼんやりと壁を眺める男を残し、来賓室を出た。


その足で魔王の部屋へと向かう。


「失礼します」


巨大な扉を開け部屋に入ると、

いつも通り巨大な窓から大陸を眺めるヴォルカスの姿があった。


ヴォルカスが自分に気づいたか。

「ふむ。この度の戦いは大敗だったか」

「申し訳ございません。ヴォルカス様」


「…よい」


ギルディめ…。


と、ヴォルカスが小さな声で漏らす。

ここ最近、人族の技術発展は目覚ましく、戦争の雲行きが怪しくなってきている。

多数の魔族が散り、戦う度に数を減らす。その悔しさはサラであっても耐え難いこと。

その王となれば想像に難いほど思うところがあるだろう。


「して、どの程度やられたのか」

「此度の戦、海戦で3隻の戦艦、10頭の海龍族。陸上で2台の移動砲台、と、多数の傀儡師がやられました。次に同じ規模での侵攻があれば、この魔王城まで手が伸びるかもしれません」

「ふむ。…まさに、大敗だな」

「…そうですね」


戦艦や移動砲台といった巨大な兵器で人族は武装し、

鉄の塊で轢き、砲で撃ち殺す。


「それと、もう一つ。今回の大敗を受けて、傀儡師の長を名乗るオレンドという者より、戦争より離脱したいと申し入れがありました」

「ほう」

「どうしますか」

「…かまわぬ。が、一度顔を見ることはできるか」


ヴォルカスが部屋にかけてあるコートへ手のばし、コートを引き寄せる。

袖に腕を通しながら会話は続く。


「かしこまりました」

「して、そのオレンドとやらは、どこにおる」

「来賓室に通しております。こちらです、参りましょう」




場所は再び来賓室。


「失礼するわね」

「…。」


先ほどと変わらない。

机に置いた客向けの菓子にも手を付けた様子はない。


「お待たせしました。さて、ただ今魔王様に戦線離脱の件、伝えてまいりました」


ピクッと魔王という言葉に少し反応を示したか。

きっと何か思うことがあるのだろう。


「…そうかい、で、どうだったんだい」

「離脱を許可するとのことです」

「…そうかい」


やる気のない返事が続く。

「それと…魔王様が直接面会されると仰ってます」

「…そうかい」


全く…きっとこの男のこともヴォルカス様は気にかけて、

何か言葉をかけようとしているのだろう。

きっとあの部屋でこの男が訪れたことも、なんとなく、こうなっているだろうことも把握して。


直接面会に出ることなどあまりないのに…。


「…無礼のないように。ヴォルカス様、どうぞ」

そう言って来賓室の扉を開ける。


「ふむ」


普段の優しい雰囲気と全く異なり、ヴォルカスは魔王然としている。

荘黒に金色の刺繍を施したコートが荘厳に思える。

男のだらけた雰囲気が作り上げた夏の日の昼下がりのような空気感が、

ヴォルカスが姿を見せた途端、冬の早朝のような冷たさに変わる。


普段から共にあるサラですら、気圧され、息が詰まる。

「では、私はこれで。外に控えておりますので、ご用があればお呼びください」


そう一声かけ、扉から出た後に胸をなでおろし、サラはその脇に控えた。




なんでもいいや。

俺は心からそう思った。


誰だか知らないけど、魔王ってやつが戦争を始めたらしい。

らしいっていうのは、生まれた時から今日までずっとドンパチしてるから、

誰がはじめたかなんて、本当のことは知らない。


ただもう俺には関係ない。族長なんてお飾りだし。

そう思っていた。


カーテンが揺れ、一緒に部屋の影が揺れて。

ただそれの繰り返し。


「そなたが、オレンド、か」

「…そうさ」


声をかけてくるやつがいる。

魔王らしい。戦争を始めた張本人。

だが、関係ない。もう参加もしないし、同族を守ったりもしない。


「して、此度の戦は、大敗であったな」


そうだな、と適当な返事をしておく。


「私は、皆にすまない、と思っている。人族の老師が率いる侵攻において、私は頼りない王だ」


何で俺なんかに話しかけてるんだろうか。

めんどくせぇ。


「して、そなたに、仲間はおるか」


仲間ね…。


「いる、けど、いねぇ。名前しか知らねぇ」

「ほう」


仲間…ね…。


「私はそなたの求めに応じる。その見返りとして、話してはくれぬか」


何なんだよ…。


「…聞いてもなんも面白くねえぞ?」

「かまわん」


あぁ、うぜぇ。

さっさと解放してくれよ。もう戦争から離脱していいんだろ…。


「…傀儡師は、姿を持たない。その時に取り憑いた傀儡が俺たちの姿であり、人形にも、道具にもなることができる」


目の前の魔王が ふむ とうなずく。


「とりついて中から傀儡を操ることもできれば、優れた術者は、外からも操れる」


姿も形もない仲間。

本当のことなんて名前しか知らない。


「だから、俺たちは姿を持たない。バレりゃどろんして姿を変える。一つの場所にとどまることもなーい。互いに会うこともなーい」


それが傀儡師さ…。


「ふむ。して、なぜそなたがその見知らぬ傀儡師のため、ここへ来たのだ」


は…?


「…傀儡師がなぜ死んでいくか、魔王のあんたは知ってるか。」

「ほう。聞かせてみよ」


「力の弱い傀儡師は、大人数でやりあう戦争にはめっぽう向いてねぇ。いいとこ、他の力の強い魔族の武器に取り憑く程度さ。人族の大型魔導車が来たら、武器を放り出して逃げちまったあと、武器ごと踏み潰されてお陀仏さ」

「ふむ」


「もともと戦争には向かない力さ…」


はぁ…そう、向かない力さ…。


「同族の死が重いか」

「そうさ…。」


「ふむ。して、オレンドよ。そなたは確かに、族の中で最も優れた術者のようだが…その選択、私であればとらぬ。その術、他のものにくれたらどうだ。いらぬのだろう」


…!?

何にも知らねぇくせに、大口叩くんじゃ…ねぇよ…。

好きで族長やってるわけでもねぇ、たまたま強く生まれただけ。

好きで辞めたいわけでもねぇし。

戦えば戦うほど仲間が死んで。

俺が頑張ったって、何も変わらねぇ。

何も変わらねぇんだよ…。


「ふむ。では、好きに生きると良い。ただ、逃げるのならば死に物狂いで逃げることだ」


好き勝って言いやがって…。


「ヴォルカス様。ここに」

「この者を城の外まで、見送るのだ」

「わかりました」


なんだよ…くそが…なんなんだよ…

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