第9話 冒険者登録

 掲示板に書かれた文言を見た俺は、ある事を閃いた。

 何も出来ずグレンヴァに敗北したあの夜、やつが言った言葉。


【限られた者とは一部の人間だ。勇者やそれに値する者しかここを通ることはできない】


「勇者はあそこに入れるとして、それに値する者ってのは……、まぁその仲間だろうな。てことは、勇者と手を組んで魔王城に行けば、俺も入れるんじゃね?」


 俺は別に諦めてたんじゃない。

 そもそも、契約魔法とやらでグレンヴァ本人と戦うことが出来ないから諦めていたんだ。

 そう思ったら忘れかけていた鼓動が蘇ってきた。

 拳をギュッと握り、リベンジへの闘志を燃やす。


「よし、善は急げだ。まずは一番強い勇者を探そう」


 そうは言ったものの、何か情報があるわけではないのでどうしていいか分からなかった。

 とりあえず、隣にいたローブ姿の男性に聞いてみる。


「あのー、この辺で一番強い勇者はどこにいますかねー?」

「え?一番強い勇者?【英雄ひでお】さんの事?」

「ひでおさん?その人が一番強い勇者なのか?」

「そうそう。あんなに有名なのに知らない人もいるんだなぁ。英雄さんは今旅に出てるからここにはいないよ」

「そうか……」


 英雄さんが旅に出てるとなると、この広い地上の中から探すのは至難の業だな。

 見るからに落ち込んだ俺に続けて声をかけてくる。


「君、勇者を探してるの?それだったらすぐそこの【冒険者ギルド】に行きなよ。そこだったら強いかどうか分からないけど、勇者はいると思うよ。片っ端から声かけてみたら君でも仲間に入れてもらえると思うよ」

「ほう、冒険者ギルドか。よく分からないが、勇者がいるのならそこに行こう」


 俺はローブの男性に礼を告げ、冒険者ギルドに向かった。


 冒険者ギルドは予想以上に大きな建物で、ある者は群れをなし、ある者は一人で彷徨き、ある者は言い合いをし、多種多様な人々が集っていた。


「おー、これはすごい。でもどうやってこの中から勇者を探すんだ?」


 初めて入る冒険者ギルドに、右も左も分からない俺は戸惑っていた。

 するとそこに運営者と思われる一人の女が近付いてきた。


「冒険者ギルドは初めてですか?」

「そうだ。ここに勇者はいるのか?」

「はい。まずは冒険者として登録をしていただくことになります。ただし、勇者のパーティに入るにはこちらで募集条件に合った方を紹介するか、お客様自身で交渉をしていただくことになります」


 んー、なかなか面倒な仕組みだな。

 魔王として君臨していた時代は魔物は皆仲間であったため、登録はもちろんのこと紹介や交渉など無用の存在であった。


「そうか。じゃあとりあえず登録するわ」

「ではこちらへ」


 女に案内された先には、冒険者登録専用の窓口があった。

 受付の奥には男が座っていた。

 窓口の前に立つと受付の男に話しかけられた。


「冒険者登録だな。名は?」

「我が名はハーデス……あっ」


 途中まで口にして、過ちに気付いた。

 ハーデスなんて名乗ったら大変なことになりそうな気がしたから偽名を使い登録をしようと考えていたが、いつもの癖で本当の名前を言ってしまった。

 完全にやらかした。


「ハーか。珍しい名だな。異国の者か?」

「……あぁ、はい」


 ふぅ、危ないところだった。

 受付の男性が勝手に「ハーデス」と「ハーです」を勘違いしてくれたおかげで助かった。


「姓は?」

「え?セイとは?」


 また馴染みのない単語が出てきた。

 セイとは何ぞや。


「あぁそうか、異国の者だから姓と言っても分からないか。そっちの国だとファミリーネームとかラストネームとか言われてるはずだ。私の場合、姓は高野で名は耕二、合わせて高野耕二というのがちゃんとした名前だ」


 人間は名が二つあるのか。

 ドラゴンはドラゴンでも、レッドドラゴンとかブルードラゴンとかいるみたいな感じだな。

 でも人間らしい姓なんて分からないぞ。

 とりあえずタカノを基準に考えると……。


「姓はデスノだ」

「なんだかこっちの人みたいな姓ですね。もしかして漢字?漢字だとしたら出発の出と言う字に野原の野ですか?」

「んー、多分そうだ」


 完璧だ。

 言ってる内容がよく分からないが、適当にはいはい頷きこの窮地を乗り越えられた。


「何の職に就いてますか?」

「無職だ」

「そうでしたか。冒険者になるのでしたら今後の為にも何かしら職に就いたほうが良いですよ」


 タンナーブに入る時にいた大門の男もだが、この受付の男も俺に職に就くことを勧めてきた。

 大門の男に関しては、俺が冒険者になるとは思いもしなかったから勧めてきたのだと予想がつくが、こいつは頭がおかしいのか?

 職なんて就いていたら、冒険なんて出来なくないか?

 それとも俺が冒険者に向いてないと判断しての助言なのか?

 何故人間達はこんなにも職を勧めてくるのか答えが出なかった。


 その後もいくつか質問や注意事項を説明されたが、話が長くて退屈だった俺はあんまりちゃんと聞いていなかった。

 そして無事に登録が完了した。


「こちら冒険者の書です。では何かあればまた来てください。ご武運を」


 最後に冒険者の書という小さな本を渡された。

 最初のページを開くと左上に


 名前:出野 ハー(年齢?歳 性別 男)


 とだけ書かれていて、他は全て空白だった。

 んー、なんぞこれ?

 年齢に関しては曖昧に答えたから?歳ってことになってるけど、問題は名前だよな。

 【出野】って書いてるけど、これデスノって事でいいんだよな?


 話をちゃんと聞いていなかった俺はとりあえずこの冒険者の書を袋にしまって、勇者探しを始めた。

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