第4話 戦わずして敗北

 あれから何時間魔王城に向け魔法を放ったのだろう。

 あの手この手で結界を壊そうと攻撃を仕掛けるが尽く失敗に終わる。

 魔力も枯渇し、己の肉体一つで破壊を試みるがまったくもって傷一つ付く様子はない。

 盗られたであろう兜や大剣があれば、もっと魔力を練られ究極の一撃を放つことも出来たであろうが、この状況でのたられば理論は何の解決策にもならない。


「はぁ、はぁ、はぁ。おい、グレンヴァよ、この結界はよ、どんだけ強ぇんだよ」


 度重なる力の消費でさすがの俺も息切れを起こす。

 今まで破れなかった結界など存在しなかった。

 どれだけ強力な結界も、他を寄せ付けない力と魔力で打ち破ってきたからこそ理解が出来なかった。


「これは契約魔法の一種だ。他の魔法とは一線を画している。故に破られることはない」


 契約魔法……だと?

 初めて耳にする言葉に理解が追い付かないでいた。

 俺が黙っているとグレンヴァが続けた。


「お前はこれから生きながらえても決して私に届かない。静かに余生を過ごすにせよ暴れて人間を殺すにせよ、私にとっては有利に事が進むだけだ。さぁ立ち去るがよい、弱き魔物よ」


 完全なる敗北だった。

 ここまでの劣等感を味わうことなど、存在が消えるまで訪れないと自惚れていた。

 行く当てもないが気がついたら俺は魔王城に背を向け覚束無い足取りで歩き出していた。


「ハーデスよ、最後に良いことを教えてあげよう。我が軍の人間への侵攻はもう始まっている。気が向いたら是非参加してくれ。成果によってはこちら側に招き入れても良いぞ。はーっはっは」


 背中で受け止めた屈辱的な言葉に何かを返す気力もなく、ただひたすらに歩を進めることしか出来なかった。


◇◇◇◇◇


 どれだけ歩いただろう。

 正確には覚えてないが数日は寝ず食わずで歩いていた。

 もう疾うに体力も魔力も回復していた。

 しかし活力だけは一向に以前の状態に戻らなかった。

 止まることのなかった歩みがある場所で止まった。


「俺の城……」


 懐かしい匂いと共に脳が錯覚を起こし、かつての魔王城の姿を眼に映し出すが、それは次第に透明化され、最後には荒れ果てた地を映し出すことしか出来なくなっていた。

 俺は城の跡地に空いた大きな窪みの中心まで歩き、長い旅路が終わったかのように大の字に倒れ目を瞑った。

 負けたことなど忘れ、この場所での思い出に浸っているといつも忘れずに張る結界も張らず、自然と眠っていた。


◇◇◇◇◇


「……力なき弱き魔物よ」

「やめろ……」

「……仲間を守れぬ弱き魔物よ」

「やめろ……」

「……弱き魔物よ、弱き魔物よ、弱き魔物よ」

「やめろやめろやめろやめろー!」


 嫌な夢から覚め、目を開けると真っ青な空が広がっていた。

 奇しくも高鳴る鼓動が生きていることへの実感に繋がる。

 鼓動も徐々に落ち着きを取り戻し、青々とした空の風景が鮮明になってきた。

 どれだけ眠っていたのだろう。

 感覚的に一日二日ではないようだ。


「あー、これからどうすっかな」


 もうこの世界に相談相手がいない俺は自身と相談する。


「実質魔王でもなくなったし、やりたいこともないし。いっそのんびりと自由に余生を過ごすかー。時間はたっぷりあるし本を書くのもいいかもな」


 窪みの中心に穴を掘った後、傷付いた鎧とマントを外し肌着と腰掛けの状態になった。


「ここでお前とはお別れだ」


 魔王の象徴であった漆黒の鎧とマントに声をかけ、それを穴に入れ土をかける。

 魔王ではなくなった今、この装備は俺にとっては何の意味も成さない。

 むしろ無いことのほうが、これからのんびりと自由に過ごせるはずだ。


 土をかけ始めて間もなく、土の中にあった一際硬い何かに手が触れた。

 ふと気になった俺は、柔らかい土の中をまさぐりそれを取り出した。

 掌にすっぽり収まるような大きさのそれは、金でできた豚の置物だった。

 振るとチャリチャリ音が鳴る。


「はて?これは何ぞや?」


 古い記憶を呼び戻し、暫く考え込んだ。


「あっ!これは人間の娘から貰ったちょ……、ちょき……、貯金箱というものだ!」


 思い出した貯金箱という言葉に、かつての記憶が蘇る。

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