三月二十七日 1000 まえじまの除籍

 またもや崩れるかと思われた天気は持ち直し、雲は切れ、陽光がバースを照らす。暖かくてよかったなんて穏やかに誰かが言う。参列者の他にも、新聞社や雑誌のカメラマン、潜水艦の上には数人の見物者の姿が見えた。コンクリートの白いバースに厳つい制服の男達とスーツに礼服、そして灰色の艦艇。モノトーンな風景の中では、演台の横の明るい茶色の木箱がやたら目立って見えた。開式の言葉がマイクを通して伝えられれば、その場にいた人々の表情が変わる。これが【まえじま】に別れを告げる人々の顔かと、しみじみと噛み締める。

「自衛艦旗降下」

 司会の声とともに音楽隊の国歌演奏、そして艦尾の旗がそれに合わせてゆっくりゆっくりと下ろされる。それだけならば厳かな光景に見えただろう。しかし、この場にいる全てのカメラが自分の尻に大注目しているという事実はとても滑稽でむず痒い気がする。乗員が下ろされた旗を丁寧に三角に畳む、そして確かめるようにパタッパタッと鳥のように羽ばたかせ、巻上機の前の総監の元へと運ばれた。丁寧に旗が木箱に収められる。それを合図に総監の訓示が始まった。

「……歴代の艇長、伍長はじめ乗員が、まえじまを生あるものとして、慈しみ整備、維持してきた労をねぎらう……」

 簡単な艦歴と、今までの二十三年九ヶ月を労う言葉が訥々と紡がれ、やはりなんだか照れくさい。照れている間に訓示を終えた総監が木箱と共に退艦する。いよいよ次は乗員たちだ。勇ましい軍艦行進曲に合わせ、一定のリズムを刻み、ラッタルを上がり桟橋そうしてバースへと降りて行く。その様子を見つめる艇長の表情はここからではうかがい知ることができない。全ての乗員が降りると、艇長も桟橋を渡っていく。暖かい木の甲板から、硬いコンクリートの白いバースへ。今、【まえじま】から全ての人が降りていった。

 そうしてバースを去っていく。あっと言う間の出来事だった。

起工してから掃海艇になるのに、一年と六ヶ月かかった。掃海艇じゃなくなるのは、たった十分程度の出来事だった。

「はやいなー」

 足早に次の行事の準備に取り掛かる人、去っていく乗員たちの背を見ながら呟くが、きっと誰にも聞こえていない。それがたまらなく寂しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る