六月三日 元ちよだ(405)の曳航

 小さな一隻のタグボートが海を行く。ゆっくりゆっくりと自分よりも大きな船をいていく。

「あっ【ちよだ】……元か」

タグボートよりも少し大きいだけの掃海管制艇からも大きな船が曳かれていくのを見るのは、迫力があってなかなかに面白い。だが、もう自力で航行できない船という物に寂しさを感じるのもまた事実である。

「先いってもらおう」

艦橋からの号令で進路が変わる。自分は大きな船の後ろをしばらく追いかけるような形になる。そして、よく見れば飛行甲板の上にもう一隻、役目を終えた船が固定されていた。

「大きいと【艦霊ふなだま】がいなくても仕事があるんだなあ……」

船が最期の最後、解体場へ向かうのを見るのはこれが初めてではない。昨年は兄だった船を、その前にもたくさんの先達を岸壁から見送ってきた。

「今日はいい天気だ」

青い空に白い雲がよく映え、瀬戸内海は穏やか。ゆっくりと進む青いタグボートだけを切り取るならば、神戸かどこかの博物館に飾っても良いくらいだ。そして、そのタグボートが曳くのは灰色の船。タグボートが遠ざかれば、曳かれるその船も遠ざかる。灰色は海と空の間の色。目を離せばすぐに紛れて見えなくなってしまった。



別れの言葉は届かない。

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