アウトドア用品をそろえよう

 職場しょくば先輩せんぱいの家におじゃまする。


 これだけ聞くと、とてつもなく気をつかう、ハードルが高いイベントのように思われるだろう。

 しかし、私、宮崎萌みやざきもえにとって、滝本岳たきもとがく先輩――通称つうしょうがっくんの家に行けるのは、楽しみ一択いったくでしかなかった。


 ふたりであさごはんを食べたあと、車でがっくんを送る。


「つぎの信号を、左に曲がってください」

「はーい」

「そこの黒いマンションです。入口に来客用の駐車場があるので、そこに停めてください」

「りょうかいです」


 アスファルトに白文字で「来客用」と書かれた場所に駐車する。

 そういう設備せつびがある時点で予想はついていたが、がっくんと一緒にエントランスに入って、確信した。


  大理石だいりせきの床に、エアコンつき応接スペース。

 奥には自動販売機が4台もあるし、男女別のトイレまである。

 コンシェルジュがいるだろう受付は、土日のためか閉まっている。


 ひろいエントランスをぬけて、2基あるうちの、左側のエレベーターに乗りこんだ。


「がっくん……高級マンションじゃん……」


 うちの会社って、そんなに給料よかったっけ?


親戚しんせきが購入したんですけど、すぐに海外転勤になってしまって。管理をするかわりに格安で貸してもらっています」

「ありそうでなさそうな話のやつ!」


 そんなことを話しているうちに、エレベーターは8階についた。


最上階さいじょうかい!!」

「地上から、離れすぎていますよね」

「がっくん、高所恐怖症こうしょきょうふしょう?」

「ちがいますけど、バルコニーに出る用事はないです」


 長い通路を、つきあたりまで歩く。

 最上階の角部屋かどべやとか、ぜったいいい部屋じゃん……。


 鍵を開けたがっくんが、扉を開けてくれた。


「ちらかっていますけど、どうぞ」

「おじゃまします」


 内装までが高級感にあふれている。

 うながされるまま、ひろいリビングに通される。

 ブラウンのソファに座りながら、ついきょろきょろと見渡してしまう。

 部屋の角には、小上こあがりの座敷ざしきまであった。


 そんななか、キャンプ道具がリビングのすみにまれているのを見つけ、頬がゆるんだ。

 まえにキャンプ場で見た、車輪と取っ手がついた木の箱もある。


 がっくんがコーヒーを入れてくれたので、おれいをいって受けとる。


「あの箱の中、見てもいい?」

「いいですよ。俺、シャワー浴びてきますね」

「はーい、ごゆっくり」


 木箱を開け、まず目についたのはランタンだった。

 カンテラのような形で、かわいい。

 ボタンで点灯するので、光源こうげんは電気のようだ。


 つぎに、黒っぽいつつのようなものを出してみる。

 フタと本体に、それぞれ折りたたまれた取っ手がついている。

 取っ手を引きおこして、ならべてみる。

 

「フライパンとナベだ!」


 ナベの中には、ベージュのガス缶が入っていた。


「なるほど。調理用品が、ひとつにまとまっているのか」


 このガスバーナーは便利そうなので、あとでがっくんに使いかたを教えてもらおうと思った。


 そのとなりに、両手に乗る大きさの、真四角の黒いカバンがあった。

 コーヒーのイラストのロゴがついている。


「コーヒーセットかな」


 ジッパーの付きかたが独特どくとくだ。

 正面はまっすぐだけど、左右の面までくると、対角線のようにななめについている。

 ためしに、開けてみる。

 

「すごい! 長方形のトレーになるんだ!」


 おおきくひらくから、ものの出し入れがしやすい。

 よく考えてあるな。

 キャンプ用品をつくるひとは、頭がやわらかい。


「それにしても、本格的ほんかくてきだな」


 コーヒー豆に、コーヒーミル、ケトルにドリッパー、フィルターがそろったセットをしげしげとながめる。

 私だったら、どんなにがんばっても、ドリップパック止まりだ。


 そういえば、さっきがっくんがコーヒーを入れてくれたんだっけ。


 ソファにすわり、すこしさめたコーヒーを飲む。


「……おいしい」


 クセがない味は、とても飲みやすかった。

 





「おまたせしました」


 コーヒーを飲み終え、ふたたびキャンプ道具をさわっていると、がっくんが髪をふきながら出てきた。 

 キャンプにぴったりの、動きやすそうな服装だ。 


「キャンプ道具っておもしろいね」

「ええ」

「ちいさいフライパン」

「スキレットといいます。熱伝導性ねつでんどうせいが高いので、なんでもおいしくできますよ」

てつなべ」

「ダッチオーブンです。く・いためる・る・す・げるまでできる、アウトドアの万能鍋ばんのうなべです」

つきプリンカップ」

「ふふ、シエラカップです。直火じかびにかけられるので、便利ですよ」


 となりにすわるがっくんの髪から、まだしずくが落ちている。


「がっくん、髪ぬれてるよ」

「すぐに乾きます」

「もー」


 がっくんの首からタオルをとって、彼の頭をガシガシとふいた。


「も、もえさっ」


 頭が揺れるからか、がっくんがうまくしゃべれていない。


「今日はコンタクト?」

「は、はい」


 顔をのぞきこんで聞くと、彼がはげしくまたたいた。

 コンタクトは目が乾くといっていたから、ドライアイ気味なのかも、と同情した。






もえさん、キャンプ場は、前回とおなじ場所でだいじょうぶですか?」


 がっくんが、キャンプ用品をまとめながら聞いてくる。


「うん。そこしか知らないし」

「では、とちゅうにホームセンターとショッピングモールがありますので、そこでキャンプ用品を買いましょう」

「りょうかいです! あ、私の車、ナビがないから、がっくんの車に後ろからついていくね」


 パッキングを終えたがっくんが、私の方をふりむいた。


「……それなんですが、萌さん」

「はい」

「俺が運転をするので、助手席に乗ってもらえませんか?」

「どうして?」

時短じたんです」

「時短」


 くりかえすと、がっくんがうなずいた。


「萌さん。助手席でしたら、買ったものの説明書を読むことができます。わからなければ、俺に聞いてくれたらすぐに答えます。俺は運転するのが好きですが、萌さんは?」

「好きです!」

「う……セリフによろこんでいる場合じゃ……」

「がっくん?」


 呼ぶと、彼が軽いせきばらいをした。


「知らない道を運転して気力をけずるより、体力を温存してキャンプを満喫したほうが合理的ごうりてきだとはおもいませんか?」

「たしかに。でも、ソロキャン――」

「2区画、予約しましょう!」

「なるほど!」


 そんな会話ののち、がっくんのSUV車に、乗せてもらうことにした。

 つやのあるブラックのボディは、品格のあるフォルムをしている。 

 街乗りに適したオフロード、という感じだ。


 車内はひろく、足元もゆったりしている。


「エアコンの吹き出し口までかっこいい」

「あはは」

「マニュアル車? めずらしいね」


 助手席と運転席のあいだにMTシフトがある。

 さいきんAT車しか見ていないから、新鮮だ。


「運転、好きなので」

「いろいろなボタンがついてる。このイスのマークはなに?」

「シートヒーターと、シートベンチレーターです。シートが温かくなったり、涼しくなったりします」

「すごっ!!」


 そんな最先端さいせんたんの車は、発進はっしんもスムーズだった。

 揺れがすくなく、乗り心地がとてもいい。


「最初はホームセンターに行きましょう。萌さん、なにか気になっているキャンプ用品はありますか?」

「そうだなー。寝る時のマットは欲しいかな」


 マットの存在は、がっくんのテントで知った。

 ふつうに考えて、地面にテントだけじゃ痛そうだ。


「マットは、大きく分けて2種類。発泡はっぽうマットと、エアマットです」


 信号が赤になり、車が停まったので、くわしく聞いてみる。


「はっぽうって?」

「折りたたみ式の、銀マットです」

「ああ、見たことあるかも」

「かさばりますが、断熱性だんねつせいとコスパはいいです」

「断熱性が、ひつようなの?」

「はい。夜の地面は、底冷そこびえするので」

「そうなんだ」


 勉強になるな、と思いながら前をむく。

 信号が、青に変わった。


「前回はがっくんにひっついて寝たから、わからなかったな」


 ガクンッと車がエンストした。


「すっ、すみません! クラッチ操作を、まちがえて!」

 

 すぐさまエンジンをかけ直し、車が再発進した。


「……はずかしい」


 赤い顔でつぶやくがっくんは、かわいかった。

 でも、はずかしがっている人に言うことではないので、胸に秘めておくことにした。






 ホームセンターの一画いっかくに、キャンプコーナーができていた。


「おおきなテントが張ってある」

「コットもありますね」

「コットって?」

「これです」


 がっくんが指したのは、布でできたベンチだった。


「マットのかわりに、コットでかたもいます。寝心地はいいそうですよ」

「いわれてみると、簡易かんいベッドみたい」

「ベンチにもなるし、足の高さも変えられる。ただ」

「ただ?」

「かさばるし、重いし、設営せつえいに力がいるメーカーがほとんどです。軽量でかんたんに組みたてられるものもありますが、4万円ほどします」

「4万円!?」


 置いてあるコットの値札ねふだを見る。

 

「3,980円」

「これは、半分に折りたたむタイプですね。しかも、重い。5kg以上あるな」


 がっくんは、コットを床からすこし浮かせて、確認している。


「4万円のは、軽いの?」

「たしか、長辺が55cmぐらいで、重量も2kgほどです」


 がっくんが両手でしめした長さは、おもったよりも短い。


「一流のメーカー品がよければ、登山用品店か、ネット注文ですね。ちなみに萌さん。失礼しつれい承知しょうちでおうかがいしますが、ご予算は?」

「すくないのを承知でお教えしますが、1万円です」

「じゅうぶんですよ? では、そのなかで、マットをえらびましょう」


 ちかくに人はいなかったのに、内緒話ないしょばなしをするようにコソコソと話す。

 それがおかしくて、がっくんと小さくわらいあった。


「エアマットは、エアポンプが内蔵ないぞうされているものが、おすすめです」 

「どういうこと?」

「本体のすみにあるエアポンプをめば、空気が入ります」

「べんり!」

「しかも、さいきんのエアマットは、収納しゅうのうサイズがコンパクトで、軽いです」


 そういって、がっくんがたなにつりさげてある商品を手にとった。


「これです」

「これ!? 500mlのペットボトルぐらいじゃん!」

「重さも、それぐらいですよ」


 がっくんから受けとる。

 片手で楽々もてる軽さだ。

 しかも。


「2,980円」

「安いですね」

「これにします」


 即決した。


もえさん、夜は冷えるので、寝袋ねぶくろもあった方がいいですよ」

「あはは。毎回がっくんのとなりで寝れば、要らないけどね」

「そ……それは……その、どういう……」

「あ! がっくん寝袋あったよ!」

「萌さんっ……そうですよね! ちょっとわかってきました!」


 がっくんの、しぼりだすような声音こわねへの疑問は、寝袋の種類の多さへの疑問にすぐさま切りかわる。


「形も値段もいろいろだね」

「形は、マミーがた封筒型ふうとうがたがあります。保温性が高いのはマミー型で、ひろげて布団のようにも使えるのが、封筒型です」


 収納サイズは、どちらもおなじぐらいだった。


「おなじかたちでも、値段がちがうのはどうして?」

「対応している気温の差です。タグに書いてある温度は、快適に眠れる気温です」

「ほんとうだ。5℃、10℃、15℃」

「夏だけでしたら、10℃のもので充分だと思います」

「10℃は、3,480円! オレンジがいいから、封筒型にしようかな」


 でも、色で選んでいいのかな。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、がっくんが言い足す。


「性能に不足がなければ、見た目でえらぶのは正しいです」

「そうなの?」

「せっかくなら、ながめていて楽しい方がいいじゃないですか」


 そういって、本当にがっくんは、たのしそうに笑った。

 それを見て、私は、オレンジの寝袋を買うことに決めた。


「あとは、何があったら便利?」

「アウトドアチェアですね」

「あっちにならんでる!」


 チェアは、たくさんの商品が置いてあった。

 気になったものに、かたっぱしから座ってみる。


もえさん。収納サイズと、設営せつえいの手間だったら、どちらを重視じゅうししますか?」

「持ち運びしやすくて、楽なのがいい」

「まあ、そうですよね」


 がっくんが、笑ってうなずく。


「チェアは、りたたみ式と、みたて式があります」


 そういうと、彼は白いチェアに手をかける。


「うすくなるように折りたたむタイプと」


 座面と背面を、パタパタと折りたたむ。


「傘のように、閉じるタイプ」


 つぎは、青いチェアを、しぼるようにたたむ。


「どちらも、設営は楽ですが、かさばります」

「なるほど」


 そうして、赤いチェアを手にとった。


「こちらは、組みたて式です。骨組みと布にばらけます」


 力を入れて布をひっぱり、四隅よすみをはずしていく。

 骨組みと布が、かんたんに分かれた。


 骨組みの関節部をひっぱると、みじかい棒の束になった。

 それぞれゴムひものようなものでつながっているので、まよわず組みたてられそうだ。

 

「骨はアルミなので、軽いです。付属の収納袋に入るサイズになります」 

「2Lのペットボトルくらいだね」

「はい。ばらける方が、洗うときに楽ですね」

「しかも、2,480円。これにする!」

「デザインが5種類あります」

「どれにしよう」

「ゆっくり選んでください」


 そういいながら、がっくんは、たたんだチェアを、もとに戻していく。

 律儀りちぎだな、と感心かんしんしながら、チェアはナバホ柄のレッドをえらんだ。


「萌さんは、決断力けつだんりょくがありますね」

「がっくんの説明がわかりやすかったからだよ」

「お役に立てて、よかったです」


 ふたりでレジにならびながら、とりとめないことを話す。

 お会計も1万円以内におさまり、大満足だった。






 ショッピングモールで、食材を調達することにした。 


「お肉とお酒~♪」

「萌さん、これをスキレットで焼くとおいしいですよ」


 がっくんが手に取ったのは、肉コーナーにあった、成形されたハンバーグだ。


「チェダーチーズをのせて、ホイル焼きにしましょう」

「お酒に合いそう!」

「萌さんは、どんな肉が好きですか?」

「牛タンと骨付きカルビ。がっくんは?」

「俺は豚バラです」

「よし、ぜんぶ買おう。あ、ヒツジがある! 鶏せせりも!」


 がっくんが持ってくれるカゴに、ぽいぽい入れていく。 

 やさい売り場にさしかかり、がっくんが足を止めた。


「萌さん、じゃがバターとやきいも、どちらが好きですか?」

「どっちも!」

「ふふ、わかりました」


 カゴに、ジャガイモとサツマイモが追加された。


 酒コーナーでは、まよわずビールの6缶入りを手にとる。


「がっくんは、なに飲む?」

「調理器具の使いかたをお教えしたいので、きょうはやめておきます」


 苦笑するがっくんに、ひとつ提案ていあんをする。


「私に教えおわってから、いっしょに飲むのは? ふたりでいるのに、ひとりで飲むのはさびしいかも。まあ無理にとは言わな――」

「1缶だけですよ!」

「がっくん、男前!」

「う……でも、アルコール度数が低いやつにします」

「じゃあ、がっくん用に、お酒つくってあげるよ。ビールとジンジャーエールを1:1で割った、シャンディガフ!」

「なるほど。ビールの度数が5%だから、単純計算で2.5%ですね」


 ジンジャーエールと、ついでに気になっていた高アルコールビールをカゴに追加した。


「がっくん、重くない? カートもってこようか?」

「だいじょうぶです」


 ひょいとかごをかかげるから、その細い体のどこにそんな力があるのか、と驚く。

 そして、引き寄せられるように、がっくんの二の腕をつかんだ。


「けっこう、筋肉がある」

「萌さん、ちょ、萌さん」

「もしかして、着やせするタイプ?」


 彼の二の腕を撫でまわしていると、いきなり手首をつかまれた。


「萌さん。それ以上さわったら、俺もさわりますよ」


 ひとことずつ区切るように言われ、がっくんの顔を見ると、彼の目はわっていた。

 あ、これは本気でやばいやつ。


「ごめんなさい。セクハラでした。反省しています」

「わかればいいんです」


 彼はねたように言うと、私の手首をパッとはなした。


「もうレジに行ってもだいじょうぶですか?」

「はい」

「俺、いちおう先輩ですからね?」

「はい」

「というわけで、ここは俺が出します」

「はい?」


 がっくんと目が合い、彼がにやりとわらった。


「私も出す!」

「俺の方が給料が高いです。それに萌さん。アウトドア用の調理器具も、けっこういい値段しますよ」

「そうなんだ」

「きょう使ってみて、気に入ったものがあれば、またいっしょに買いに行きましょう」

 

 いつもどおりの、やわらかい口調に、ものすごく安堵あんどした。


「ありがとう」


 おれいを言うと、がっくんは優しい表情を浮かべて、うなずいた。






 買い物袋を、手分てわけして持つ。

 そうはいっても、いちばん軽い袋しか持たせてもらえなかった。


「キャンプ場の受付、何時までだっけ」

「17時までなので、じゅうぶん間にあいますよ」


「――がく?」


 うしろから掛けられた声に、がっくんが振りかえる。


知沙ちささん」

奇遇きぐうね」


 知沙と呼ばれた女性は、華やぐような笑顔で、がっくんに近寄った。

 色気のある美人で、彼女が動くたびに、いい香りがした。


「そのかっこ、またキャンプ? 本当に好きなんだから」


 彼女はくすくすと笑い、がっくんの二の腕に手をそえる。

 そして、私の方をみた。


「こちらは? 岳、紹介して?」


 彼女は、かわいらしく小首をかしげた。

 ネイルのきらめく指先が、ずっと、がっくんのうでれている。


「俺の後輩こうはいです」

「あら、じゃあ私の後輩でもあるのね。はじめまして。営業部の星野知沙ほしの ちさです」


 そういって彼女は、ゆるく巻いた髪を耳にかけた。


「はじめまして。 経理部けいりぶ宮崎萌みやざきもえです」

「あなたも、キャンプが趣味なの?」

「はい。はじめたばかりなので、滝本先輩に、ご教授きょうじゅいただいているところです」

「そう。野性的・・・で、ステキね」


 にっこりと笑う彼女に、ひかえめな笑顔を返す。

 苦手なタイプだ。


 彼女とがっくんは、また二、三言、会話を交わす。

 そのあいだも、彼女はがっくんに触れたままで、がっくんもそれを当たり前のように受けいれている。


 見ていたくなくて顔をさげると、色気もくそもない、欠けた自分のつめが目に入った。

 

「じゃ、岳。またね」


 その言葉に、ホッと顔をあげる。

 彼女は去りぎわ、勝ち誇ったかのような笑みを、私にむけた。 


 意味がわからず、立ちつくしたまま、彼女の背中を見送る。

 でも、あの顔をする時、彼女は。

 がっくんから見えない位置を、計算しやがった。


 その事実に、胸やけが起こった。


「萌さん?」

「がっくん。あのステキ女子は、どういった方なんでしょうか」


 ああいうタイプは、女子力の高さで人間のレベルが決まると思っているに違いない。

 わるかったな、野性的で。


「俺の同期どうきです」

「仲が、よろしいようで」

「ふつうですよ」


 ふつう。

 ふつうとは。


 どうしてあの人はがっくんにさわっても良くて、私はダメなの。


 そんな子供のわがままみたいなことを言いそうになって、あわてて唇を噛んだ。

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