第8話 帰り道はドキドキ

高明学院中等部の生徒会の集まりを終えた夕方の帰り道。


百日紅の並木道を一人歩く玲の耳にはまださっきの二人の甘ボイスが耳に響いていた。


……あの二人、ずっと強気だったくせに、いきなりあんな優しい事をいわれたら、誰だってドキってするじゃないのよ……



からかわれた事が悔しかった彼女はそんな事を考えていたら、急に前を歩いていた人の背にぶつかって転んでしまった。


「すみません!」


「君こそ、大丈夫?」


「だ、大丈夫です……」


振り返った男性はムスクの香りだった。



……ど、どうしよう!


「怪我は無い?鼻が赤いけど」

 

自分にぶつかって転んだ女の子が玲だと気付かない隼人は、彼女の腕を引き立ち上がらせてやった。




今日の玲は黒髪でおデコを出し眼鏡をかけ、さらに可愛いセーラー服の効果のおかげで、隼人はこれを玲とは気が付いていなかった。



「はい。平気です」


「どうしたの。泣いているようだけど」


……まずい。ばれる前に立ち去らないと……


体育会系の挨拶を決めた彼女はくるりと向きを変え、駅に向かってダッシュしようとしたが、背後から隼人に腕を掴まれた。


「……待ちなよ?そんな泣き顔で歩かれたら、俺が何かしたかと思われるだろう?少し、あそこのベンチで休んで行こうか、な?」



な、な?と隼人は慣れた様子で遠慮する玲を木陰のベンチまで連れてきた。


逃げ出す機を逸した玲は、仕方なくついて行った。



隼人は玲を座らせると自動販売機で冷たい紅茶を買い、これを彼女に渡した。




「ありがとうございます」


「落ち着いた?」


「はい……」


立ったままスポーツドリンクを飲む隼人の優しさに玲は感動していた。


……優しいな。お兄のお友達はみんな良い人ばっかりだ……


冷たい紅茶をありがたく飲んでいた彼女に、隼人は少しづつ真の力を発揮してきた。



「ん?その制服。高明か」


「そうです」


玲の着ている伝統のあるセーラー服はこの街では有名であり、昔はこの制服を着た人は道を譲られるくらい影響力の強いものだった。


現在はそれほどではないが、今でも商店街では割引や、信号待ちをしている時はおばちゃんに褒められるくらいの制服効果はあった。


「進学校は、夏休みも勉強するの?」


「いいえ。今日は別の用事です」


「へえ。大変だね」


いつも変人達とディベートで罵り合っている彼女は、隼人のスマートで女の子に警戒心を与えない話し方にうっとりしてきた。



「ところで。そろそろ話してくれないかな。泣いていた理由。他人に話せばすっきりするぞ」


彼はすっと玲の隣に座ると香りがふわと漂せてきた。


彼の優しさについ気を許した玲はペットボトルを両手で握りながら、話始めた。




「……同級生いや?赤の他人につまらない事でからかわれて、ちょっと悔しかっただけです。でも、おかげで落ち着いてきました」


「我慢するなよ。つまらない事じゃないだろう?」


「え?」


「君にとっては大切な事だから、傷付いたんだろう?そいつは最低野郎だな……まあ。そんな奴のことは早く忘れて、楽しい明日を考えようぜ」


そういって隼人はベンチの背に両腕を広げ、大きく足を組んだ。



「楽しい明日?フフッフ。面白いですね」


「ヒュー?よかった。君の笑顔に御兄さんも、ほっとしたぜ」



口笛を吹く彼の言葉に玲は立ち上がり、彼に向かった。



「ご馳走様です。これ、飲み物代」


「俺の好意を無駄にする気か?まあご馳走させてよ」


「ありがとうございます」


お辞儀をすると、隼人は軽くウインクをした。




「どういたしまして、家まで送るかい?」


「大丈夫です。本当にありがとうございました」


こうして玲は夕日の中、背後を警戒しながら自宅に帰った。



「ただいま……」


「つかれた!」


「もう!それ?私が言いたいセリフだから」


エオコンの効いたリビングのソファで寝転んでいる兄に、彼女は冷たく言い放った。



「隼人さん来たんでしょう?ご飯ちゃんと出してくれた?」


「美味いっていって。ぜーんぶ喰ってった」


「うわ。空っぽ」


炊飯ジャーを開けると五合の五目御飯は消えていた。



「お腹は大丈夫なのかな……。お兄。洗濯物、取り込んでくれたんだね。ありがと」


「あ、それやったの。隼人だから。飯のお礼とか言ってた」


「え。マジで」


さすがに外に下着は干していないけれど、Tシャツとか、バスタオルとか干してあったので玲は恥ずかしくてドキドキしてきた。



「うそ。勘弁してよ。恥ずかしいじゃない。」


「ん?何か連絡が来た……全く。俺は忙しいのに」


「……はいはい。そうですか?私は、先にお風呂入るから」




そして熱いお風呂から出た彼女は、自室にいる兄に声をかけた。



「お兄!お風呂でたよ。夕食が出来たら声かけるね」


すると彼の部屋のドアがバーンと開いた。


「おい、玲?翔からの連絡でさ。すみれちゃんがこの街の執事喫茶でお前の聞き込みしているってさ。だから町中の全部の執事喫茶には近寄るな、とさ」


「頼まれても行かないから!でも、そこまでしつこいと、尊敬するね」


シャンプーした髪は、また銀髪に戻っていた。


弟の振りをしてまだ一週間しか経っていない事に、ため息と疲れ混じりの笑みを浮かべた玲は、今夜も遅くまで机に向かったのだった。



つづく。

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