第28話 お昼休みの戦争
「今のは、そうね、確かに行儀としては最低だったわ。ただ、ほのかに高揚する部分もあったというか、好奇心に駆られたというか、やってみたかったからやった後悔はしていないというか」
「問題すぎるよ! わたし良くないと思う! すっごく危ないし! 飼育小屋に大量の餌を抱えて入るようなものだよ! 軽率なことしてると別の苦労まで抱え込んじゃうし、ヒナトも余計なこと考えちゃうし、わたしや心ちゃんだって――」
「軽挙妄動ではないわ。私は比位くんだからこうして――」
「それがだめだよ‼」
「ひぅ」
びっくりした。それに、あの斗乃片が怯んだ? 夏那の口から飛び出した二言で、華奢な肩と艶やかな銀髪は跳ねたように見えた。にわかには信じられないが。
「あ、またわたし、おっきな声出しちゃった……。ごめんなさい、斗乃片さん」
「気にしなくていいわ。私の方も昨日は好き放題言ったもの。これで対等よ」
「あれは、ついつい人を見てしまうことは、わたしの方が一方的に悪いっていうか……でも、治すのには時間がかかると思う……ごめんなさい」
「何度も謝らなくていいわ。癖や習慣になるほどならば、事情もあるでしょう。だから、深刻そうな顔をするのはやめなさい」
きっぱりと空気を押しのけていく力強くも柔らかな声が、夏那のスイッチを入れた。強い人間の存在が、弱い人間の存在を浮き彫りにした。
「わたし、他の人が何考えてるかとかわかんなくて、どう振舞えばいいかとか理解できなくて、相手の嫌なことしないようにって、相手の喜ぶことをできるようにってしてたの。とにかく人を観察して、相手のことを事前にできるだけたくさん知って、それでやっと、それでようやくわたしは、人並みになれるから……」
「それは、夏那の努力と技能と才能の賜物だろ。相手を分析して、気分を害さないように接することは重要だし。別に申し訳なさそうにしなくていいし、むしろ誇ってもいいんじゃないか。俺なら、憧れるし尊敬するけどな」
言いたかったし、言わなきゃよかった。心が二つ、俺の中で渦巻いて激突している。
理性と恥ずかしさが、沸き上がった感情にあっさりと負けたのが悪い。そのため俺の理性と羞恥心が悪くて、俺のせいじゃない。
見慣れた幼馴染の顔を正視できず、転校生の方をつい見てしまうのもきっとそう。
「――そう、相手のために見ると……そういう意図だったのね……」
斗乃片は二度三度と首肯し、夏那の瞳を散々じっと覗き込んでから、最後に頭を下げるような、もしくは深く頷くような所作を見せた。
「私の方こそ、驕りがあったかもしれないわ。人の目に晒されることには相当慣れていたから視線に伴う意図はすべて読み取れると、自己を過大評価していたかしら」
「斗乃片、さん……」
「私は、嫌な行為は嫌だと言うわ。やめてほしかったら止めなさいと告げるわ。だから、私の様子なんていちいち伺わなくても構わない。貴女が先ほど私のひどい振る舞いを窘めてくれたように、私だって注意するから」
それでおあいこでしょう、と付け足して、少女は美しく微笑んだ。
「で、でも……」
「『でも』も『しかし』もないわ。そうね、では練習しましょう」
細い指に操られ、箸が一膳、斗乃片の小さなお弁当箱からエビフライを拾い上げる。
「さて、この行為はどうかしら?」
尻尾のないフライがひとつそっと、幼馴染の口元へと運ばれて、ポカンと開いた口に放り込まれた。
「どう、かしら?」
「……ダメ。そういうことしちゃダメ。わたしにはしていいけど、他はダメ。でも、とっても……おいしいから、許す」
「そう。それはよかったわ」
優しい曲線を描いた唇を見て、夏那も脱力感を思わせる笑顔を作った。緊張が解けたのか無駄な力みがなくなり、ずっとその顔で傍にいてほしいような自然体。惹かれてしまいそうだ、という感想をすぐに脳内から追い払わねばならないくらい。
「斗乃片さんは、優しいね」
「そうね。私は優しいわ。だけど、今この時に限っては面倒ごとを嫌っているだけよ」
普段通りにそんなことは当然だと胸を張り、銀の長髪が軽く揺れる。輝く毛先は手指で弄ばれ、それでも気は紛れないのか間もなく言葉は紡がれる。
「それで、今後は私を凝視せずにすみそうかしら?」
「正直に言うと、難しいよ。でも頑張る。だから代わりに、もうひとつ言いたいことを言わせて?」
「もちろん、構わないわ」
どんな発言であっても受け止めてみせると、そんな感じの意気込みを無言のまま姿勢で示すも、
「さっき口つけたヒナトの唐揚げ、斗乃片さんが食べよっか」
「え?」
「えじゃなくて、食べて? 食べろ――じゃなくて食べよう」
「……はい……」
打って変わった圧のある七都名夏那に敗北していた。
だが負けてもただでは起きない完璧不敗超人の斗乃片透華、即座に瞳へとやる気を宿し直すも、
「比位くん、さっきの唐揚げ取ってくれるかしら。とても今の位置からは――」
「ちょっと動くだけで取れるっすよ。てかあたしが取ってあげるっすよ」
後輩に俺の唐揚げを運搬され、おとなしく少女は鳥からを再度口にした。
「これ、おいしいけれど……脂っこいわね」
何故か不機嫌そうに食レポまでしている。
「そんなもんだよ。俺が愛用している販売所で買ってきたもので、大量生産・人工部位畜産の化身だし」
でも美味いのだから、仕方ない。
「そんなものを口にしていてはいけないわ。明日から私が作ってきてあげましょう。大丈夫、料理は趣味だから」
「いや、わたしが作ってきてあげるよ。ヒナトの好みは知ってるし」
「いやいや、あたしだって先輩の好みは知ってるっすよ。この数か月、いくら無言と話題に困って好き嫌いの話をしたことか――」
「あら、二人とも料理できるのね。どんなものを作ってくるのか気になるし、食べてみたいと言ったら我がままかしら?」
「いいよ、全員分作ることにしてローテーションしよ。心ちゃんもそれでいい?」
「いいっすよ。やってやりましょう」
「あの、俺はこの焼肉弁当-唐揚げ入り 肉スペシャル-を愛しているのだけど」
「捨てなさい、そんな愛」
転校生がばっさりと人の好みを切り捨て、真剣な顔をして言った。
「明日の担当は私。この順だけは譲れないわ。昨日にセールだからと買いすぎた結果、食材を余らせてしまいそうなの」
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