第14話 ナーフされた転校生 vs バフされた幼馴染

「製菓の徒ってなんだ……? もう少し分かりやすく頼む」


 ナーフによりテンションが上がりすぎた影響か、斗乃片の言葉遣いと声色がおかしな方向に変質していた。全体的に力が入っていて圧がある。

 これは夏那が怯えるのも納得だ。


「何か不名誉な扱いをされているような……執行するわよ」

「何をだ……勘違いだから、早く続けてくれ」


 美少女は不満げに口を尖らせると、


「七都名さんのお菓子は美味であるのに、自信を喪失して貴方に手渡せないのは世界の損失と思ったから――背を押しに来ただけよ」


 やけに早口で続けた。

 しかしこの回答では、謎が解決されていない。


「調理実習、同じ班じゃないって俺の幼馴染が言ってる件については?」

「同じ班でないと、成果物を味わってはいけない――なんてルールはないでしょう?」

「いやあると思う」


 成文化されていないだけで、きっと暗黙の了解がある。友達同士なら食べさせあうということもあり得るかもしれないが、きっと斗乃片と夏那は、友達じゃない。

 となれば、どうやって七都名印のクッキーを食べたのか。

 答えは一つだ。


「斗乃片、お前……盗み食いを……!」

「…………」


 嘘だと思いたかった。今も信じたくないが、慌ててあちらが否定する。


「だって、チョコクッキーが見えたから……一班だけ勝手にチョコクッキーなんてずるいと思って、割れた一かけらを……」


 途切れ途切れの弁明の後、被疑者は慌てて口を働かす。


「――でも、期待のチョコではなかっただけど、少し焦がされた分、香ばしくて大変美味しかったわ! 確かに見た目が良くないかもしれないけれど、味の面は――」


 転校生の弁解は、的を外していた。

 そして俺の心配事だって筋違いもいいとこだと――夏那の一言で思い知らされる。


「――てかさ、仲、いいんだね。ヒナトと、斗乃片さんは、さ……」


 ずっと聞いてきた、クラスでの声色とズレていく。

 彼女の声付きからいつもの体温が抜けていく。


「はは、わたし、なんでだろ、わかってたはずなのに、でも、あれ……?」


 落ちていく幼馴染の言葉は、鼓膜から侵入する遅行毒だ。耳元に染み込み脳に浸透し、聞き手の全身を蝕んで熱を奪う、病にも似た吐露。

 とても同級生の呟きに抱く感想ではない。

 とっさに生まれ出た思いを押さえつけると、舌が連動して回り始める。何はともあれ、夏那の誤解を解かなければ。


「俺と斗乃片が初めて喋ったのは昨日の朝のことで、だから特別仲が良いわけ――」

「良いわ」


 は? 今なんて?


「私たちは大変なかよし、よく喋る、互いに秘密打ち明けあって問題を共有した仲、古代語で言うとずっ友――正確な言葉を並べると。こんなところになるかしら」


 自信満々に畳み掛けるは、コスプレ美少女こと斗乃片透華。

 無駄な美声でひどく流暢に、虚偽と過大をひたすら並べ立てた。仮面は完全に外れていて、リミッターの存在なんて欠片も感じさせない。

 思いっきり暴走している。どうしてそんなことを。気恥ずかしさで俺を殺したいとか?


「ね、そうでしょう、ひい――ヒナくん?」

「そうじゃない。あとヒナくんって一体誰だ。俺は一度もそんな呼び方されたことないぞ」

「――わたし、呼んだけど……昔、ヒナくんって……」


 幼馴染から思い出の槍が飛んできて、俺の良心に思い切り突き刺さる。

 冷や汗をかくほどに心が痛む。鋭い痛覚に急かされて記憶内を検索するも、該当するものは出てこない。


「比位く――ヒナくんをよく見なさいな。『一ミリたりともそんな覚えがない』って盛んに主張しているわよ――彼の顔は」

「か、『彼』……? そんな呼び方、うそ……」

「反応するところそこかしら……ただの代名詞だけれど……まあいいわ。こちらとしては、冷静さを失ってくれればなんでもよいから」


 挑発する気満々の方が、煽っておいて何故か少々引いている。


「ていうかまず煽るなよ」

「だって」

「だってじゃない。子供か」

「……私は子どもよ。幼女よ。すぐにでもわんわん泣き出して、他者に甘えたいくらいにね。比位くんは甘えさせてくれる?」

「いきなりそっち方面の熱量をぶつけるな。俺には受け止めきれないから。指向を色々と解放するのはまだ早すぎるだろ」

「『まだ』ということは、いつかはいいのかしら?」


 ああもう、クラスメイトの急激な変化に目を回しそうだ。

 こういう時は呼吸を遅く。落ち着け、自分。いきなり問題が山積みになった時は、優先して解決する方を決めるしかない。

 幼馴染と転校生、どちらを優先するべきか。 

 諦めの色に染まった目をして気落ちしている七都名夏那と、いきなり同級生を煽り始めた斗乃片透華のどちらを対処するか。

 ――元凶が先だ。


「斗乃片、どうして急にひねくれたんだ。今日の午後に突発性後期反抗期を迎えたとかじゃああるまいし」

「その場合、七都名さんが私の保護者ということになるかしら。想像した先から全て破棄したい、不快な空想ね」


 自称幼女は露骨に眉をひそめて見せつけるように表情を変える。声音も聞かせることを意識して低く尖らせ、


「私がこんなことする理由はひとつ。最悪の瞳で監視されたからには、お返しの一つでもしてあげたくなったの――貴女にね」


 目の前の少女を残酷に睨みつけた。

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