第4話 藤崎圭のキャンパスライフ2



 最後に残った一切れのカツを口に入れて、カツ定食を完食する。

 ご馳走様でした。


「行く日が近づいてきたら、ラインで連絡するわ」

「了解」

「おし! じゃ、そろそろ行くか!」

「……この手はなに」


 高田は筋肉質な手で、立ち上がった俺の腕を掴んだ。

 身長は余裕で180センチを超えており、鍛えられてがっしりとした身体を持つこの男の手は、容易には振り解けない程である。

 

「一緒にサークル行こうぜ!」

「練習時間はまだ早いだろ」

「しばらく俺とボール蹴っていればいいじゃねえか」

「何でお前と二人で蹴らないといけないんだよ」


 罰ゲームか何かだろうか。


「じゃあ女の子でもいれば良いんだな」

「それならまだマシかもな」

「言質は取ったぞ」

「マシとしか言っていない」


 高田はにやりと笑う。


「そもそも、サークルに行かないのなら何をするつもりだったんだ?」

「図書館で自習かな」

「真面目かよ」

「お前が不真面目なんだよ」


 高田はフットサルサークルにも入っているがサッカー部にも入っており、大学生活のほとんどが部活動に費やされているという。

 単位を落として留年しそうだな。


「とりあえず行こうぜ」


 高田はそう言って歩き出す。

 図書館とフットサルサークルが使っている人工芝のグランドは同じ方向にあるから、どちらに行くとしても途中まで一緒になる。


「そこで飲み物買うから待って」

 

 自動販売機を指差す。


「奢りあざす!」

「奢らないよ」


 スポーツ飲料を買った。









「暖かくなってきた」

「今が部活するのにちょうど良いぐらいの気温だよなぁ」

 

 五月初旬。

 大学二年生になった俺たちは夏の兆しを感じていた。

 蒼く晴れ渡った空はとても気持ちがいい。


「高田はどれぐらいサークルの方には顔出してんの?」

「最近は全然練習に参加してねえよ。飲み会にはもちろん毎回出席だぜ」

「まあ、サッカー部に入ってるのに行く必要ないしな」


 高田は高い身長を活かして、センターバックをやっている。

 一年の時からレギュラーなので実力はあるらしい。

 フットサルサークルは初心者も多いから、高田が参加するには物足りないのだろう。


「藤崎もサッカー部に入れよー。お試しでいいからさ、な?」

「嫌」

「ケチ」


 高田には会うたびに勧誘されているが、その度に断っている。

 部活に所属すると、部活動で長い時間が拘束されてしまうのが断る大きな理由だ。

 

「せっかく上手いのになぁー。損してるなぁー。サッカー部に入ったらモテるのになぁー」

「でも、お前彼女居ないじゃん」

「ぐ……! それは言わない約束だ」

「どういう約束だよ」

「けどな、女の子の友達は居るからな」

「へー」


 くだらない会話をしているうちに、図書館とグランドへ行く道に別れる分岐点にまで歩いてきていた。

 

「それじゃあ、またな」

「おい、待て」

「なに」

「女の子がいたらサッカーするんだろ? 居るから一緒にやろうぜ」

「どうせ嘘だろ」

「いや、本当だって」

「また今度誘ってくれ」



 そう言って、高田を振り払って歩き出そうとした時だった。


 

「あ! 高田先輩、こんにちは!」

「おー! 彩菜ちゃんじゃん!」


 スポーツをするような格好をした女の子が高田に声を掛けてきた。

 綺麗な濃いブラウンの長髪がよく似合う、かわいい女の子だ。


 タイミングが最悪だ、と俺は思った。


「彩菜ちゃん、今時間ある?」

「はい、あります。今日は午後からは授業を入れてないのでちょうど暇なんです!」

「それならちょうどよかった! 良かったらなんだけさ、俺たちと一緒にサッカーしない? 今からボールを蹴ろうと思うんだけど、人数が多い方が楽しいじゃん? ちなみに、こいつはめっちゃ上手いぜ」

「そうなんですか!?」


 その女の子は期待した目線を俺に向けてきた。


「いや、高田が盛ってるだけで普通だよ」

「謙遜するなよー」


 俺の肩をぱんぱんと叩いてくる。うざい。


「それより、高田の知り合い?」

「そうそう、一年生で女子フットサル部の彩菜ちゃん。エース候補らしいぜ」


「初めまして、森彩奈もりあやなです。好きなチームはマンチェスター・シティーです」


 にこりと柔らかい笑みを浮かべる森さん。どうやら相当サッカーが好きらしい。

 というか、もしかして高田がさっき言ってた女の子の友達ってこの子か?

 後輩じゃん。


「それでこっちはフットサルサークルのエース、藤崎圭。好きなチームは何だっけ?」

「……Jリーグはヴィッセル神戸で、海外は同じくマンCのファンだよ。森さん、よろしくね」

「はい、お願いします! 好きなクラブ一緒なんですね!」

「運命的だ、とか勘違いすんなよ藤崎」 

「しねえよ」


 さっきからこいつは何を言っているのだろう。

 俺への嫉妬かな?

 

「で、彩菜ちゃんも一緒にサッカーする?」

「はい! お邪魔でなければご一緒したいです」

「よし! ということで、藤崎も決定だな」

「は? 俺はまだ行くって言ってないけど」

「言質は取ってるぞ。彩菜ちゃん、さっき藤崎は女の子がいたら行くって言ってたんだよ」

「えー! そうなんですか?」

「全部嘘だから誤解しないでね」

「嘘じゃないけどな」


 面倒なやり取りになってきた。


 しかし、これはどうやら断れない展開だな。

 今日はしたいことがあったのだが、運動するのも大事ではある。

 まあ、最近はあまり身体も動かしていなかったし、良い機会か。

 

 

「分かった分かった。やるよ」

「よし、とりあえずPK対決しようぜ!」

「私はフリーキック対決がしたいです!」

「……俺は何でもいいよ」



 なし崩し的にボールを蹴ることになった。

 意気揚々と歩き出す二人を後ろから付いていくことに。


 体育会系の人たちって、みんな元気だよね。

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