災害

 多少森の奥に入ったところで、たいして変化はなかった。以前の依頼では、この辺りはすぐに通り過ぎたから、あまり印象が残っていなかった。少し大きいだけのスライムや、食虫植物に毛の生えたような魔物しかいないから、積極的な駆除が必要なかったんだろう。

「ん~、やっぱり退屈」

 リリィは早々に今の地区にも飽きたようだ。

「ハハハ……」

 リリィほど強いわけでもない僕はそんなことを口にできないけど、似たようなことを考えていた。このレベルの戦闘は、慣れれば単純作業としか思えない。

「もうちょっと奥に行こうかな~」

 リリィがわざとらしく、大きな声で呟いた。

「…………」

 聞こえているけど、気にしていないフリして目の前のスライムを斬った。

 というわけで、僕たちはさらに奥に進んだ。



「ちょっと奥に入り過ぎたかもね~」

 リリィが冗談めかして、大きな声で呟いた。

「…………」

 聞こえているけど、返事をする余裕がない。

ガルルルルルル

 代わりに、獣の呻き声が響いた。

 今の状況を整理しよう。

 僕、剣を構えて敵を睨む。リリィ、杖を構えて魔力を高めている(らしい)。狼のような魔物、若くてうまそうな大きい獲物二体を見つけて牙をむき出しにしている。

 調子に乗って奥へ奥へと歩いていたら、獣系の魔物に遭遇してしまった。さっきまで遊び半分だったリリィも、減らず口以外は真剣そのものになっている。

 獣系の魔物は、スライムや植物系とは比べ物にならない強さだ。それは、以前の依頼でもよく知った。正直、今の僕が敵う相手じゃないだろう。

 だから、まずリリィが魔法ですぐに倒そうとした。「駄目ね、火の耐性が強いわ」一発撃ったあとにそう呟いて、後ろに下がった。いつも通りの火魔法が通じなかったのが、気に食わなかったようだ。どうすればいいのか尋ねようと後ろを見たら、むっとした顔で時間を稼ぐように命令された。

 時間を稼ぐといっても、相手はなぜか動かない。僕も剣は抜いているけど、自分から斬りかかる度胸はない。睨み合いが始まって、数分は経ってしまった。

「何してるの。早くやっちゃいなさいよ」

 後ろから、リリィが急かしてくる。

「無理だよ、下手に動いたら噛み殺されそうだ。それより、時間は稼げてるだろ?早く大きい魔法でも撃って倒してよ」

 魔物から目を離さずに、リリィに抗議した。

「いやよ。今、魔法を撃っても仕留めきれないじゃない。魔力の無駄遣いはしたくないわ。もう魔力は十分高まってるから、良い感じに隙が出るように戦って」

 無茶なことを言う。それができたら苦労はしないのに。

ガルルルルルルルルルルル

 敵さんも、かなり不機嫌になっている。前門の虎後門の狼の気持ちだった。狼は前にいるし、後ろに控えているのは人間の女の子だけど。

「雷魔法『スパーク』」

 後ろに変な気配を感じた。聞こえた声からすると、リリィがようやく魔法を使ってくれたらしい。よかった、これで………………。

「って、痛ァアア」

 背中に激痛が走った。懐かしい、静電気のような痛みだった。僕が知っているそれよりも、遥かに痛かったけど。もしかして、リリィが魔法を使った相手って、僕?

 思わず、数歩前に進んでしまった。当然、相手の魔物は隙だらけの僕に飛び掛かる。大迫力の光景に恐怖を感じた。でも、手元の剣を振り回すことで何とか事なきを得た。当たらないように魔物が身を引いたから。

 敵を見るというよりも、危ないものを眺めるというような目で魔物から一瞥される。お互いに一旦距離を置いたけど、もう止まれない。

「ウォォオオオオオ」

ガアアアァァァァァ

 雄叫びを上げながら、今度は自分から斬りかかる。狼も、力強く襲い来る。

「しまった!!」

 恐怖のせいで、本来のタイミングより早く剣を振り下ろしてしまった。これではまた、隙を晒してしまう。

「アレ?」

 なぜか、狼が剣の下に飛びこんできた。というか、剣を振り下ろしたのが丁度いいタイミングだったようだ。僕が本来の呼吸で斬ろうとしていたら、遅かったのか。危ない危ない。

ガアッ

 残念なことに、僕のビギナーズラックが狼を半分に切り分けることはなく、すんでのところで横っ飛びで逃げられた。でも、かすり傷はつけられたようだ。僕の剣と狼の右前足に、赤い雫が流れた。魔物の血も赤いんだな。前の時に見たはずなのに、初めての発見のように思った。

「いいよー、その調子でガンバレ~」

 後ろからリリィの気の抜けた応援が聞こえた。随分余裕そうだけど、彼女の魔法も効かなかったんだよね?

 ふと剣を見ると、魔物の血が付いた以上に濡れていた。何かの水だろうか。

「ちょっと!戦闘中に相手から目を離すとか正気⁉」

 さっきとは打って変わった怒号に驚いて顔を上げると、狼がすぐそこまで迫っていた。僕が油断しているのを理解し、足音を潜めて近づいてきていた。思っていた以上に知能が高い。

「うわああああ⁉⁉⁉」

 折角それらしい戦いができかけていたのに、またブンブンと剣を振り回す。みっともなかろうが、命の危機には代えられない。

 狼が、またか、という目で後ろに跳んだ。僕が未熟なせいで、相手にも迷惑をかけていて申し訳ない。今まさに殺し合いをしているというのに、何故だかそんなことを思った。

「油断してんじゃないわよー!」

 また後ろから、リリィのヤジが飛んできた。そっちを向くというような油断はもうしないけど、それでも一言は言い返したくなる。

「うるさいなぁ。君の魔法が効かないやつの相手をしているんだ。せめてもう少し応援してよ!」

 そう考えると、さっきからの茶々に苛立ってきた。

「あら、ちゃんと準備したら簡単に倒せるわよ。その魔物って、毛皮とか濡れているでしょ?それがそいつの魔物としての特性ね。だから火魔法の通りが悪かったのよ。雷魔法を使うとか、大掛かりな火魔法なら一発。いざとなったらすぐに助けるから、良い特訓になるでしょ?」

 倍にして言い返された。言われてみれば、狼の毛皮は確かに濡れている。かなりしっかりと。剣が濡れたのも、あの毛皮を斬りつけたからか。

 さて、ここまで戦った感じ、ぼくとアイツでは、アイツの方が強いようだ。今は幸運や相手の慎重さのおかげで拮抗しているけど、それももう限界だ。また剣を振り回しても、今度はかすり傷覚悟で突っ込まれるだろう。そうなれば、あっさり喰い殺されて終わりだ。リリィが助けてくれるそうだけど、それが間に合ってくれるかどうか。

 相手の虚を突いた攻撃を…………。力量で劣っているのだったら、それしかない。僕の手札は、拙い剣術だけ。いや、そういえば違うものがあった。神から渡された文房具。出先ではあまり使わないから、意識の外にあった。何が使えるだろう?シャーペンならすぐに取り出せる。右手だけで剣を持って、左手でペンを取った。ポケットに突っ込んでいた雑な性格が功を奏したな。得体のしれないものを持ち出した僕に警戒して、魔物は様子見を始めた。いつ気が変わるか知れず、すぐに行動を始める。剣はいつでも使えるように、左手だけで。服の下までシャーペンを入れて、素早く腹に書き込む。左手の文字でも効果があるのは、実験済みだ。‟敏捷”と‟剛力”。この二つで十分だろう。

 これで今までの僕の体とは違う。そのせいで、いつも以上にうまく剣を使えないだろう。でもその方が都合が良い。より大きな効果を得るために、相手が動くのを待とう。最小の動きで、相手が慣れる前に倒さないといけない。



 わざと油断したフリして、剣を持った右手をダラリと下げる。

ガアアア!!

 今までで一番大きな叫びで、魔物が襲い来る。

「ハアッ!」

 迎え撃つつもりで斬り上げた。早すぎた。思いっきり空振りだ。でも、まだ間に合う。再度斬り返す。‟敏捷”のおかげで、むしろ最適なタイミングになった。

 目論見は当たり、魔物は僕の今のスピードに対応しきれなかった。刃が魔物の顔に触れる。‟剛力”のおかげで簡単に刃が進む。

 肉塊となった魔物が、慣性で僕にぶつかった。血と水で体がびしょぬれになる。

「ヒュ~~。やるじゃん。助けなきゃいけないと思ってたのに、一人でやっちゃうなんて」

 リリィが駆け寄って、褒めてくれた。嬉しくなってハイタッチする。動物(のようなもの)を斬ったのは初めてだけど、達成感ばかりが胸を占めた。喜びを二人で共有する。


パキッ


 とても軽い、何かが割れたような音がした。とてもとても軽くて、枝か何かを踏んだような音だった。

 そのとき。ふと、最初に見つけた女神像の魔物はエレメンタルと呼ばれるものだったと、図鑑で読んだ知識を思い出した。

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