続戦闘

「そっち行ったぞー、Fー」

「はいっ。こいつぐらいなら……ヤア!!」

 掛け声とともに、僕の目の前に飛びこんできた大きめのスライムを切り伏せた。かなりしっかりとした手応えがあった。

「おー、ナイスナイス」

 スライム自身の勢いもあって、うまく核ごと斬れたようだ。近くに寄ってきてくれたBさんにも褒められた。

「普通に青色だけど、さっきの大群のやつらと比べると緑っぽいね。もうこのレベルのやつがいるのか。F君は、無理しないようにね」

 中の核が真っ二つに割れて、でろでろの物体になってしまったスライムの残骸を見て、Bさんはそう言った。色に何か意味があるのだろうか。

「緑色の方が強いんですか?」

「ん~、緑が、ってより青以外の色が、って言った方が正しいかな。青が基本の色で、それ以外の色のときは生まれたところのマナ濃度が一定値を超えていたってことになるんだ。濃いマナの中でほど、モンスターは強くなるからね」

「なるほどー」

 ということは、ここら辺はさっきまでの場所よりもマナとやらが濃いのだろうか。確かに、この森に入ってから感じていたずっしりとした空気が、さらに重くなったようにも感じる。

「あ、来ました?」

 その重い空気が、揺らいだような気がした。右手の方向から、何か来る。

「そうだね、そこそこ大きそうだ」



「F君は下がりな」

 木の陰から出てきたのは、鹿のような魔物だった。いかにも強い雄であると言わんばかりの大きな角は、僕が知っているよりもはるかに鋭い。美しく引き締まった足の先には、尖った爪がある。威嚇するかのような口元から覗くのは、明らかに牙とわかるそれだった。

「今回の仕事で、君が強くなったのは確かだ。誇りに思っていい。でも、獣系はまだ早いから。ここは先輩の僕に、花を持たせてくれ」

 他の人たちは、視認できる距離とはいえ少し離れた場所を歩いている。みんなが揃うより早く、目の前の魔物が襲ってくるだろう。僕も自分が戦力になるとは考えられない。Bさんだけで大丈夫なのだろうか。

 一応剣を構えたまま、Bさんの数歩後ろに控える。

「もっと下がって」

 …………、さらに下がる。

 Bさんは剣を抜いたが、どうもいつもの構えと違うように思う。体の正中線に沿った構えでなく、なんというか、横向きに斬ろうとする意志がそのまま表れたような構えだった。高さは、丁度魔物の首と同じ。そこを斬るつもりだろうか。スラッとした筋肉でできた首は、そうやすやすと斬れそうにないけど、何か策があるのかな。

 ケェェェェァェ―――

 何とも言えないような鳴き声とともに、その魔物は襲い掛かってきた。あちこちから殺意を感じるその体が走る様は、それだけで恐怖の対象だった。Bさんは、一切動じない。

「ん、その程度か」

 ぼそっと、Bさんが呟いた。うまく聞き取れなかったけど、それがどんな意味だったのかを吟味する前に、魔物がBさんの剣に触れた。

「あれ?」

 僕がそんな風に簡単な疑問の声を漏らす間に、全てが終わった。

 まず、Bさんの体がいつの間にかズレていた。後ろから見ていたところ、真正面からぶつかりそうだったのに。魔物も、想定していた感触が角の先にやってこないのを不思議に思って、頭を上げた。Bさんは、それを狙っていたようだ。

『横薙ぎ』

 その言葉もまた小さく、かすかに聞こえるかどうかというような声だったが、何故かよく聞き取れた。そして、その言葉の持つ力を、僕は知らされた。

 普段のBさんの太刀筋も流れるようで美しいのだが、それとも違う次元。まるで空気ごと切り裂くかのような、恐ろしい迫力。

 言葉の通り、横に薙ぎ斬った剣は、軌道上の魔物の首も意に介さず一周して元の位置に戻った。首だけと首なしになった体が、僕がさっきまでいた位置に倒れ込む。あまりにスムーズな斬り方のせいで、勢いが全く殺されていない。あの場所にいたままでは、随分間抜けな怪我をしていたと思う。



「おーい、大丈夫か―?」

 騒ぎを聞きつけたAさんが走ってやってきた。

「もう終わったよ」

 剣を鞘に納めながら、BさんがAさんに応えた。

「いやー、これまた綺麗に終わらせたね」

 いつの間にか近くにいたCさんが、解体を始めた。さっきの狼よりもやり易そうだ。

  「やあっ!!」

  「『ファイア』」

 リリィとDさんは、遠くの方で戦っているようだ。二人とも戦っている間に声が大きくなるから、どんな様子かよくわかる。

「お前は、昔から剣技とスキルがうまいからな。この森に出てくる程度の魔物だったら、一人でどうにかできるよな」

「まあね、でも、F君以外ならみんなどうにかなるでしょ?」

「それもそうか」

 AさんとBさんの会話が聞こえてくる。ハハハ、ちょっと口を挟みにくい内容だ……。

「この角とか、爪とか、あと牙もいいな。うん、良い素材でいっぱいだ。でも、持ち歩くのはな~。やっぱり邪魔だし、燃やそうか」

 Cさんはマイペースに解体してる。結局持って歩けないのは薄々わかっていたのに、素材になりそうなのは綺麗に切り分けたのはなぜだろう。

「練習になるし、細かく分けといた方が後で燃やしやすいからね」

 Cさんの答えは簡潔だった。勉強になるし、見せてもらおう。



「なんだお前ら、ここにいたのか」

 暫く待っていたら、Dさんたちも集まった。二人とも肩がわずかに上下している。どんな敵だったのだろうか。

「植物系だったので、燃やしました。あ、その死体も燃やしましょうか?」

 リリィも疲れている様子なのに、ちょっとテンションが高い。燃やす燃やすと連呼していて、杖も揺らしている。正直怖い。

「あー、Eチャン、魔力を使い過ぎてハイになっているね。ちょっと怖い感じになってるよー。魔力回復用の薬とか持ってる?そういうのは早めに飲んどきなー」

 Cさんが顔を上げて、リリィに声を掛けた。魔法ってそういう一面もあるんだ。不思議なものだ。

「はーい、でもその前に、燃やしちゃいますね」

 止める間もなく、『ファイア』が撃たれた。いつもより炎の揺らぎが大きくて、ちょっと危うい。薬でも何でもいいから、早く飲んでほしい。



「すみませんでした。不安定な状態で魔法使っちゃって」

 鞄の中から取り出した、以前の魔道具店とやらで買った薬を飲むと、テンションが戻った。地面の焦げ付きを見て、口元がひくついている。

「いいっていいって。魔法なんてとんでもないものを使っていると、大変なことがあるよな。出来る範囲セーブしてくれたら、俺たちでカバーするよ」

 Aさんが軽くフォローを入れてから、前に歩き出した。

「んじゃ、進むぞ。ただし、こっから先は強い魔物が多いから、今までよりは固まって動くぞ」

 Aさんの言葉に合わせて、森に入ったばかりのときのように編成を組んで僕たちは進みだした。




 例えば、足首を食いちぎろうとする大きなハエトリグサの群生。

 例えば、核が二個あるスライム。

 例えば、キツネとリスの頭を持つウサギ。

 例えば、ただただ大きいクマ。

 例えば、眠気を誘う匂いを放つ花。

 などなど。


「いろんな魔物がいるなあ」

「普段より、バリエーション豊かだったね」

「燃やします?何か燃やしていいですか?取り敢えずそこら辺の木でも」

 連戦が続いた後、またスライムの大群が襲ってきたから、リリィがおかしくなってしまった。前のやつらよりも強くて、今度は辺りが緑色に染まった。

「ファイア……えーと、ボールだっけ。すごい威力だけど、使い手に負担が大きいんですね」

 前の襲撃と同じように、リリィが魔法で一掃した。大量の魔力を使ったのか、さっきよりもテンションが高い。今度は何体か撃ち漏らしがいたが、問題なく対処できた。

「ボール系の魔法ね。溜めと魔力の量が、威力に最も比例するタイプの魔法だったかな。だから、こういう使い方をするには隙が大きいんだけど、決まれば強いよね」

 Cさんは色々教えてくれる。今日の一日の間で、たくさん教えてもらった。

「あー、ねーえー、なんか燃やせるものない?ないならあんたでいいわよ、ほらー、出しなさいよー」

「Eは早く薬飲んでね」

 本気で杖の先を向けてきて、冷や汗が流れた。



「またしてもごめんなさい」

 薬を再度飲んで落ち着いたリリィが頭を下げた。髪の先っぽが縮れたけど、これ以上は何も言わないでおこう。

 ふと、辺り一面が赤く染まったことに気付いた。

 今度はスライムの襲撃じゃない。

「もう夕方だな」

「ですねー」

 夕日が、木の間から森全体に差し込む。

「そろそろ帰るぞー」

「わかった」

「はーい」

「うーっす」

「わかりました」

「はい」

 こうして僕たちは、来た道を引き返すことにした。

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