森へ

 翌日、朝。

「起きてるわよね。ホラ、もう行くわよ」

 寝起きに、そんな声が部屋の外から聞こえてきた。もうそんな時間?まだ外は薄暗いのに。

「グレイさんから、朝食と昼食のお弁当貰っていくわよ」

 昨日の内に用意したものを持って、一階に降りた。弁当というか、幾つかのパンを貰った。あと、水の入った水筒。プラスチックではないけど、これなんなんだろう?

「ほい、強化魔法『フィジカルアップ:レッグ』」

 覚えのある感覚が、足を包んだ。

「ちょっと遠いから、さっさと行くわよ」

「わかった」

「では、気を付けて」

 道の少しだけ色が濃い部分を走る。前のリリィから目を離さず、後ろへと飛んでいく景色の速さに驚く。陸上に詳しくないからわかんないけど、かなりの好記録なスピードの気がする。それをランニング感覚でできるから、魔法ってすごいな。元の世界の科学の代替技術と捉えているけど、それ以上だと思ってしまうぐらい便利だ。



 しばらく走っていると、門が見えてきた。初めてこの町に来た時のと似ているけど、ちょっと違う。以前のは東門で、今日のは南門のはずだ。

「これからどうするの?」

 着いたはいいものの、その先のことがわからなかったから、とりあえず聞く。

「一緒に仕事する人たちと合流。ほら、あっちにいかにもな人がいるでしょ」

 リリィが指差した先には、確かにそういう感じな人たちが四人いた。

「挨拶、行こっか」

「わかった」



 全員が腰に剣を帯びたその四人は、固まって集まっていたが、誰も何もしゃべっていなかった。集中しているって感じで、目まで閉じている人が二人いた。

「ど~も~。えっと、森の駆除依頼の方たちですよね。私たち、福音荘の者なんです。今日はよろしくお願いします」

 普段より若干トーンの高くなった声で、リリィが話しかけた。屈強な男の目が四対、一斉にこっちを向く。正直怖い。

「あ~、あんたたちか。よろしくな。ま、今日の依頼の範囲じゃ危ないこともないだろうし、気楽にいこうや」

 一番ガタイの良く、持っている剣も大きい男性が応えた。この四人のリーダーなのだろうか。

 あ、この人、肌が黒い。自然体でいるから気付かなかったけど、前の世界だと黒人と呼ばれていた人のようだ。人種は前の世界と同じなのかな。こっちに来て、初めて見た気がするけど。

「ん、俺の姿が珍しいか?ここらじゃ見かけない肌かもな。違う国じゃ、俺らのような人間の方が多いとこもあるんだが」

 僕の視線に気づいたらしい。幸いこの人は気にしないようだけど、人種問題がこっちだとどんな扱いかわからないから、これからは気を付けよう。


「初めまして、今日はよろしくお願いします。えーと、自己紹介でもしたらいいのかな?僕の名前は……」

「ストップ」

 挨拶をしようとしていたら、リリィに止められた。

「名前は言わないの。こういうときは」

 急に言われて何のことかと驚いたが、そういえばそんなのがあった。確か、名前を教えたら、魔法の威力が上がるとか、何とか。普通の市民だと、むしろ教えることで信頼を表すらしいけど、戦いを生業にする人は滅多に教えないらしい。この人達とは今日限りの共闘だから、教えない方がお互いのためなのか。

「だからな、ちょっとしたニックネームみたいなのを先に決めておくのが、スタンダードなやり方なんだ」

 僕が完全な初心者だとわかったのか、優しく教えるようにリーダーらしき人が言ってくれた。

「簡単かつ、覚えやすいのが良い。俺たちはA・B・C・Dって言う風によく呼んでいるだが、それでいけるか?」

 リーダーの人が続けて、自分をはじめに右回りに指差しながらそう言った。そんなに簡単な名前だったら、すぐに覚えられそうだ。

「じゃあ僕たちは、わかりやすく区別するために、1・2とかにしますか?」

 リリィと自分を指差しながらそう聞いたら、リーダーもといAさんと、リリィに両方から否定された。

「E・Fって呼ぶようにした方が良いわ」

 そうなの?

「今回の仕事だとその心配はまずないが、街の外に行くと盗賊に襲われる可能性があるんだ。そういうときに明らかに違う呼び名のグループが二つあったら、即席チームってのがバレてしまう。そうなると連携の甘さを突かれるから、危ない。だから、全員同じ法則で名前を付けた方が良い」

 成程。

「あと、A・B・C……って、無個性な名前の付け方にも理由があってね。例えば私で言うところの赤髪とか、他人からもすぐにわかるような呼び名だと、指示が敵にも伝わるでしょ。『赤髪、火魔法で相手を燃やせ!』みたいなこと言ったら、誰が何をするか、見極めるまでもなく、わかるじゃん」

 リリィが、自分の燃えるような赤髪を触りながら言った。僕に諭すように言っておきながら、視線がちらちらと四人組の方に行っている。何か四人に伝えたいことがあるのだろうか。

「ま、そういうことだ。用意はいいか?それじゃ、行くぞ、F」

 そう言いながら、Aさんに肩を叩かれた。今の会話で上下関係がバレたのか、僕が一番最後のFらしい。別にいいけど。



「さて、と。嬢ちゃんは知っているだろうが、今から行く森はただ歩いていくにはちょっと遠い。初めの予定では足屋を使う予定だったんだが……」

「はい、私が掛けます」

 Aさんの話を遮って、リリィが手を挙げた。

「お、やっぱり魔法が使えるのか。俺たちは馬鹿四人の近接だけだから、そういうのはちょっとうらやましいぜ。森に行くたびに足屋を使ってると、出費もかさむしな」

 Aさんの言葉に、他の三人も小さく頷いた。自家用車と電車通勤の違いみたいなものだろうか。自転車で登校している同級生を羨ましく思うのと、似てるのかも。

「それでは、いきますよ~」

 既に効果が切れていた僕たちの分も含めて、六回の魔法をリリィが使った後、門をくぐった。

 門の外には、こっちに来たばかりの時に嫌というほど見た草原が広がっていた。相変わらずただただ広くて、どこまでも続いているように見える。

「俺が先頭を行くから、ついてきな」

 Aさんがそう言って、土が露わになっている道を走り始めた。人が通っていくうちに自然にできたような道で、ほとんど舗装されていないが走るには十分だろう。

 誰が何を言ったわけでもないが、割り振られたアルファベット順に並んで走った。




 おそらく一時間もしないうちに、その森に着いた。

 いずれ自分だけで行くことになるだろうから、途中の道もよく覚えておきたかったのだが、集中力が続かなかった。初めのうちは、久しぶりの野原やどんどん後ろに流れる景色の物珍しさに辺りを見渡していたけど、いかんせん単調過ぎてあくびが出るほどだった。あまり疲れるようなことでもなかったし。


 その森は、生物学に明るくない僕が見ても、かなり違和感のある森だった。

 地形的な何かがあるわけでもないのに、急に森になっている。それまではどちらかというと背の低い草ばかりなのに、誰かが定規で引っ張ったかのように、ある境界線から鬱蒼とした森になっているのだ。

 他の人たちに倣って踏み入ったが、本当に森だ。前の世界で偶に行った自然公園と、さして変わらない。舗装されていない分、歩きにくいけど。

 ただ、なにやらどんよりとした空気は感じた。粘つくような、圧し掛かるような、雨の日の湿気にも似ているけど、どこか違った、変な感じ。

「マナが先か、生命が先か。今でも学者の間だと議論に上がるような疑問だが、少なくともここに関しては、マナが先だな。空気中の魔力溜まりが偶発的に近くに集まって、結果としてこの森ができた。だから、唐突に森が生えたかのような場所になっている」

 見通しが悪くなり、自然とさっきまでより近くを歩くことになったAさんが、そう教えてくれた。

「魔力溜まり?」

「それも知らねえのか」

「あー、帰ったら教えるわね」

 町を出るまでの緊張はどこへやら、意外にも、森の中に入ってからも雑談が続いた。



 ふと、何かの違和感を感じた。

 気付けば、Aさんが前に立ち、B・Cさんも腰元の武器に手を掛け、Dさんもボクシングか何かの構えをしていた。

 リリィは杖を構えながら二、三歩下がろうとしていたが、自分よりも後ろに僕を下がらせた。



 それが僕の、”初めて”だった。

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