怪しげな店

「よし」

 走り出すために、グッと膝に力を込めて軽く跳ぶ。好調好調。気持ちが良い。

「あ、ちょっと待って」

 いきなり制止されて、肩透かしを食らったけど。

「えっとね、道をしっかり見てくれない?」

 リリィはそう言って目の前の地面指さした。今では少し慣れたが、石畳の道はまだ新鮮な光景に思える。

「道がどうかした?」

 忠告通り見たはいいものの、彼女の言いたいことはわからなかったから、直接聞く。リリィも、伝わり辛いことをわかっていたのかすぐに説明してくれた。

「よく見てね、色がちょっと違うでしょ。光の加減とかでわかりにくいけど。その色の違いで、どんな人が通る場所なのか表してるの」

 答えを出されてからもう一度道を見ると、簡単にわかった。成程確かに、道の色が所々変わっている。

 具体的には、真ん中あたりが薄い色合いで白い。その左右は少しだけ濃くなって、薄橙に近い。さらにその端はそれなりに濃くて茶色と言ってしまえる程。それぞれの境界線に、足は引っかからないけど目ではわかりやすいような配慮された溝があるから、気付いてしまえば判別はし易い。

「真ん中が、馬車とか荷車用。広いでしょ。端っこの濃いところが普通に歩く人用。建物にも近いから便利な配置よね。で、その間が強化魔法使った人用。他の歩行者と分けるのよ。ぶつかったら危ない程度にはスピード出るしね」

 リリィはそう解説した。歩道と車道を分けるのとエスカレーターで片側を開ける文化が融合したような感じだろうか。言われてみれば当然な整備だけど、初めて触れる文化は新鮮で面白い。

 街中を、運動目的ではなく移動目的で走っている人なんて滅多にいなかったから、そう考えれば不思議なことだ。走って移動なんて、いつぶりだろう。感慨深いような、面映ゆいような。

「あら、そうなの?この街じゃ、足屋を使ってでも走っている人は結構いるから、そんなに珍しく感じないんだけど」

 リリィは意外そうに僕の感想を聞いた。まあ、交通機関が全く発達してないようなこの世界だと、走るのも立派な移動手段なんだろう。こんな便利な魔法があるんだから、特に。

「足屋って何?」

 どこかの地名だった気もするけど、そんなわけない。この世界特有の店な気がするけど。

「ああ、言ってなかったっけ。今の私みたいに人に強化魔法をかけるのを、ちゃんとした生業にしてる人たちのことよ。この街みたいな広いとこだと、バフなしで移動はしんどいからね。結構需要あるのよ。多分グレイさんも使ったんじゃないかしら。戦闘学問生産の分類には入らない、その他の魔導士って感じ」

 そんな職業もあるのか。かなり便利な魔法のように感じるし、確かに需要はありそうだ。魔法の使い手というか、魔法を使う難易度がわからないから供給とのバランスは不明だけど。


「ま、いつまでも話していても仕方ないし、そろそろ行きましょ」

 リリィのその言葉をきっかけに、僕たちは走り出した。きちんと、走行者用の道を使って。走行者って言葉があるのかはわからないけど、なんとなく意味が分かるからいいや。


 体力があるうちに、と行く予定の店では一番遠いらしい店に初めに行った。

 そこには、旅の間に使うようなアイテムが揃っていた。携帯○○といった類の物から、大容量のリュックまで、ただ旅に出たいだけならこの店だけで必要なものは全部買えそうだ。実際、かなりの数の商品を買うことになった。

 リリィと知り合いらしい若い男の店員が、僕のことを珍しそうに見ていた。曰く、「この子が人を連れてるなんて、めったに見ない」とのこと。リリィの性格的に一人が落ち着くってのもあるかもしれないけど、やっぱりかつて孤立していたのが関係しているのだろうか。


 次に行った店は、最初の店とそう遠くなかった。つまり、福音荘からはかなり遠い位置の店。

 防具、と言えばいいのだろうか。雑多に置かれた盾やら鎧やらが、狭い店内を更に圧迫感のある雰囲気に仕立て上げていた。全部金属でできたものから、木製や革製のものまで様々だった。

 本人も職人だという、小柄ながら鍛え上げられた肉体の壮年の店長が応対してくれた。が、この店で何を買うのかはグレイさんと要相談らしいから、冷やかしだけになってしまった。申し訳なく思ったが、店長さんは、そうした方が良い、と笑って許してくれた。

 店を出るとき、店長さんは僕に、「ギレンのやつ、一度こっちに顔見せるように伝えてくれねえか?俺はもう気にしてねえってさ」と小声で頼んできた。断る理由もないので、引き受ける。


 その後は服屋に行った。この店は前の二軒と結構離れてるように感じたが、地理感覚がないため福音荘に近付いたのかはわからない。

 昨日行った店とは違い、機能性重視という印象を受けた。かなり動き易そうな服ばかりだから、スポーツ用品店の服のコーナーみたいにも思える。ただ、柄やお洒落さからこっちの方が数段落ちる気がするが。

 いかにも雇われな若い店員が接客してくれる中、手頃な服を幾つか見繕った。旅や戦闘の間は、昨日買った服より今日のやつの方が良いらしい。それぐらいは生活力のない僕にもわかる。


 最後の店は、なんだか寂れた路地の一角に佇んでいた。福音荘から遠いのか近いのか、もう知る術もない。

 その店は、怪しげな液体の入った瓶、見たこともないような植物、明らかに生物の一部だった何かが、所狭しと並べられていた。二番目に行った防具屋よりも広いはずだが、散らかり具合も上だった。惹き込まれそうな魔性の魅力を感じるが、それよりも恐怖が強い。リリィは慣れた風だったが、僕が彼女のように堂々と歩けるようになるには、かなりの時間が必要だろう。

 奥の方から呻き声が聞こえた。恐る恐る覗いてみると、高く積まれた本の山の後ろで何かが蠢いていた。くすんだ茶色の髪が、隙間から見える。

「まぁた寝てる。ほら、お客さんよ、起きなさい」

 いつの間にか本の山の奥まで行っていたリリィが、乱暴に後ろの人影を揺り動かす。この店の店員が寝ているのだろうか。

「ふあぁあ、あれ、赤毛の子じゃん。どしたの?何か用?」

 気の抜けたような女性の声が聞こえた。寝ぼけているのか、張りがない。

「あのね、ここは店なんだから買い物しに来たに決まってるでしょ。全く、もう少しまじめに仕事をしたらどうなの?」

「大丈夫大丈夫。盗まれて困るようなものはないし、そもそもうちの商品を盗む馬鹿なんかいないから」

「そういうことを言ってるんじゃないわよ」

 なんだか楽しそうに話している。リリィがあんな風に人と話すのは、福音荘の住人以外だと珍しいな。

「お、何々、彼氏クン?やあ、あんたも隅に置けないね。ちょっと~、そんなとこにいないで君も奥に来な~」

 一度もこっちを確認していないはずなのに、何故かいることがバレた。音とかも出してないつもりなんだけどな。

 床にさえ積まれた商品に、なるべく触れないようにしながら店の中に踏み入る。外からは足の置き場がないように見えたが、意外に歩けるようにはなっている。慣れたらそこまで不便に感じない。

「そんなんじゃないって。ほら、私が住んでるとこの新しい同居人。こいつも戦闘職志望だから、必要最低限分ぐらいは買っておこうと思って。ここだと色々揃うでしょ?」

「ふぅん、ま、今はそういうことでいいや。ま、ね、薬品薬草マジックアイテム生体材料、ちょっとアレな感じの商品ならなんでもござれ。エーファ魔道具店で間違いはないよ」

 何か含みのあるような顔をしていたが、そのことを言及する前に話が進んだ。自分の店の商品を、ちょっとアレ、というのはどうかと思うが、正しい呼び方にも思える。薬品の瓶、珍しい薬草、使える遺骸。よくよく見れば、そこまでおかしなものではない、のかもしれない。

「よぉし、じゃあ、いりそうなもの見繕ってくるね。待ってって~」

 女性店員がようやく立ち上がった。初めてその姿を見れたが、特に予想を裏切るものではない。くすんでいてボサボサの茶髪、じんわり澱んだ眼、張りのない肌、白衣のような服を着ていて、疲れた研究者のようだ。

「ああ、あれあったかなぁ?」

 ぼそぼそと呟きながら、商品の影に消えていった。その足取りは、さっきの僕のよりも遥かにしっかりしたものだった。

「さて、待ってましょうか」

 そう言って、リリィは女性店員の座っていた椅子に腰を下ろした。僕も、手頃な位置の椅子を寄せてきて座った。

 どれほど待つかな。

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