決意

 豆知識とやらを見るために右ページへ。



『ノートの知恵袋 その一


 ”写実嗚呼一献のペイン”を自分の頭に押し付けて”理解”って文字を書いてみな。


 ※この文具は24時間で効果が切れるよ』




 ”写実~”ってのはシャーペンだったよな。

 よくわからないけど試してみよう。



 シャーペンをどっち向きにすればいいかわからなかったけど、なんとなくそれっぽく感じたから、シャー芯が出てくる方を頭につける。



 理・解っと。




 おお。



 よくわからないけど”スッキリ”した。

 今までどこかズレていた感じだったのがなくなった。

 ピントが合ったって言えばいいのかな。



 思わず、次のページを捲った。



『正解~。


 この世界は君のいた世界とかなり似ているけど、やっぱり別物だからね。


 地味なところで色々違うんだよ。


 魔法とかを除いても。


 君にとっては、違和感が大きかっただろう。


 その道具を使えば、こうやって人間の体や脳にも影響を与えることができるんだ。

 

 毎日書くことをお勧めするよ。


 書いとけば、この世界の言葉を勉強しなくていいしね』





 ああ、それでこんなにすっきりしたのか。

 確かに、どこか違和感があった体が軽い。

 風邪が治った後みたいな爽快感。

 気持ちが良い。






 ……、ただ気がかりなのは、最後の一文がちょっと不穏だった。

 この世界の言語は、元の世界と違うのか。

 当然といえば当然だったけど、そんなことは考えていなかった。

 

 まあでも、対処法が先にわかったんだし良いか。



 その一、ってことはまだあるのかな。

 右のページに目を落とす。







『ノートの知恵袋 その二


 ”ステータスオープン”と言って、”叡智の宿る愚者を滅しし暗澹と残痕”の次のページを見てみな。


 面白いよ』




 特に何も思わず、素直に従う。


「ステータスオープン」




 久方ぶりの発声に、ほんの少し何かが気にかかったけど、どうでもいいと思った。


 素直にノートを捲る。









『名前:緑川一心(みどりかわいっしん)


 年齢:15歳


 性別:男


 種族:ホモサピエンス


 生命力:300

 魔法力:200

 攻撃力:11

 防御力:13

 魔法耐性力:24

 速力:18

 知力:87

 権力:0

 財力:0

 努力:45


 将来性:66

 戦闘技術:12

 魔法技術:16

 人望:0

 容姿:36

 良心:33

 幸福:54

 欲:9

 神の寵愛:10000

 運:28


 備考:精神的外傷あり 精神状態が平静→怒りに移行        』








ボーダーを破られたわけでも、トリガーを引かれたわけでもなく。





それは、起爆スイッチが押された。





としか言いようがなかった。











!”#$%&’()=~|


 天高く、哄笑が響いた。

 あまりにも高かったため、聞くものはほとんどいなかった。

 高い存在の幾つかは、耳を震わした。


|~=)(’&%$#”!







 これが誘拐だったら、犯人はクズだ。

 これが夢だったら、悪夢だ。

 これが何かの映像なら、作者は最低だ。

 これが死後の世界なら、地獄だ。




 そして、ここが異世界なら。





 狂っている。







「質問一つ、この世界全ての人に、このシステムは適用されるのか?」



 怒髪天を衝く。

 二度目の発声は、嫌にどすの利いた声だった。





 ずっと持っていたノートが、手から離れた。

 何らかの不思議な力が働いているのか、ふわふわと浮いている。

 ペラペラとページが捲れる。




 なんだ、そんなこともできたのか。

 とことん舐めていたんだな。




 数秒ののち、開かれたページには


”YES”


 と書かれていた。


 その文字は、嫌味のように輝いていた。




「質問二つ、そもそもお前は誰だ。この世界の神か何かか?」



 ”YES”の文字が、殊更輝いた。


 成程な。



「一つ確認しとく、このシステムはお前が考えたんだよな?」



 確認という言葉がよかったのか、特別強く光らずに、肯定の意味だけ表す程度に文字が輝いた。




「質問三つ、僕をこの世界に呼んだのはお前だな?」



 ”YES”の文字はそのまま光っていたが、何か言いたげにさっきまでよりは控えめだった。




 トリガーの話は本当で、僕はあの世界にいるままではいられなかった。

 でも、必ずしもこの世界に来る理由はなかった。

 そこに無理を通して、僕がこの世界に来るように仕向けたってことかな。

 


 怒り心頭でありながらも、なんとなく想像する。




「詰問一つ、この世界の住人はこのシステムを理解しているのか?」



 相も変わらず、輝く文字。

 これには何の申し開きもないのか、堂々とした輝きぶりだった。




 ん?いや、そういえば、先に聞いておかないといけないことがあったな。

 もしかしたら、こちら側の勘違いかもしれないし。

 

 


 一度深呼吸をして、落ち着いてから、


「質問四つ、この世界の人々は、このシステムに支配されていると言えるか?」




 あるいは、ここで歩み寄りもあったのだが。







 一瞬困ったように点滅しても、すぐにまた光り輝いた。





 もう一度深呼吸をして、更に怒りがたまってから、


「詰問二つ、こうなることをわかっていてお前は、僕を呼んだのか?」



 嘲笑うかのような光に、僕はもう理性を捨てていいと判断した。




「罵倒一つ、こんな世界を創るなんてお前バカだろ」



 流石にこれには”YES”の文字は光らなかった。


 関係ない。





「罵倒二つ、こんな世界を僕は認めない」



 再び輝く文字が、火に油を注ぐ。

 お前の考えなんかお見通しだよ、と言われたように感じた。






「決意一つ、こんな世界、僕が変えてやる」



 ノートの文字が書き換わった。

 

 ”YES”から”NO”に。

 

 当然光る。

 

 馬鹿にしたように、チカチカと点滅する。


 関係ない。




「決意二つ、お前を殴る」



 ”NO”の文字すら消えた。


 ただの浮いているノートに、僕は笑いかけた。






!”#$%&’()=~|


 心底楽しそうな笑い声がいつまでも響く。

 大気の震えが止まらない。

 

|~=)(’&%$#”!






 もう何の反応もしなくなったノートを強引に掴み取り、何も考えずまっすぐ前に歩いた。

 西に行けと言われたが、素直に従う気もない。

 結果として今歩いている向きが西向きかもしれないが、とにかく自分の勘だけを頼りに歩きたかった。




 方角を知りたければ、方法自体は思いつくが……。

 癪だったから試さない。























 テクテクテク、と。

 数十分歩いてから、ようやく落ち着きを取り戻した自分に気付く。


 はい、深呼吸。


 吸って~


 吐いて~


 吸って~

 

 吐いて~



 OKOK、落ち着いた。




 メンタルケア入りまーす。


なんであんなに怒ったのですか?

 人の価値を数値化することがダメなことだと思ったからです。



どうしてダメだと思ったのですか?

 人を、モノとしか見てないからです。



そうとは限らないのでは?

 あの項目を見て本当にそう思いますか?



通知表を許していたのに?

 あれは”客観性を持った評価”が目的で、今回のは”誰かの気分で変えられる人間の意義”だからです。





 ……、実際、あの後確認したら、神の寵愛が100に減っていた。

 他の欄もあれから変わってはいなかったものの、明らかに適当な数字だった。

 あれは”その人に対する正当な評価”ではなく、神とやらが気紛れに弄ぶ”人間の運命”を表していたのだろう。

 努力、とかいう項目があった時点でお察しだ。


 あの欄こそが、僕の逆鱗に触れたし。




どうしても許せませんか?

 本能的に忌避します。ゴキブリと同じです。耐えられるとは思いません。



では、これからどうしましょうか?

 とりあえず、生活の基盤を築きましょう。





 メンタルケア、終わり。

 だいぶん落ち着いた。

 あんな自問自答、傍から見たらひどい光景だったと思うけど、しないと怒りが抑えることができなかったから、仕方ない。










 言語化は大事だと思うけど、数値化は嫌い。




 異世界転生しても、どうやら僕は、もう一度通知表を破らないといけないらしい。




 いいだろう。こうなったら精々楽しんでやろう。




 机の外でも学ぶことは多いだろうしな。

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