第6話 図書室で

「そこで待っていてくださいね? 絶対ですよ!」


「はいはい。待ってるから早くしてくれ」


 今俺は付き添いに来てくれたメイドの子のトイレを待っているのだが……。『もっと早く来てくださいよ』って自分が行きたかったからなのか? 


 一先ずあいつはまだ付き添いがいるらしいと後でローズに伝えておこう。


 流石に夜ともなると少し肌寒い。体を手でこすりながら、時間を潰す。





「あいつって何しにどこに行ったんだ」


 帰り道に先ほどのローズとすれ違った一件を振り返る。


「あれは図書室に勉強しに行っていらっしゃるんですよ」


「うわ! 急に出てくんな!」


 突然の声に驚かされたが、こちらの不満はどこ吹く風。


 恋する少女のような、尊敬の眼差し。ただ夜に勉強を行っているというだけのことにここまでの狂信的に肯定する姿は少し恐ろしい。


 正直ここまで心酔してることはすごく心配だ。洗脳でもされているのかもしれない。まさか、ローズのような性格の女性に限ってないと思うが。


 先に廊下を進み始めた、背を追うように駆けだす。


「……ここ図書室もあるのかすごいな」


 それにしても、図書室まであるとは……。貴族の屋敷というのはただ広いだけではないらしい。


「いえいえここの図書室もすごいですが何といっても王城にある図書館もすごいんですよ。料理本から禁書まで何でもあるんですよ。まあ立ち入るのに専用の許可がいるとかで私も行ったことがないんですけどね」


「禁書ってそんなものまであるのか……怖いけどなんか読んでみたくなる響きだな」


 禁書。禁断の本。その響きを聞いて漢心をくすぐられない男子高校生は存在しない。


 本当に見てはいけないようなものがあるなら本にしなければいいのにといつも思うのだが、駄目なのだろうか。それに、あからさまに禁書とか、逆に読んでもらいたいようにも聞こえてしまう。


「だめですよ入るだけでも大変なんですから。読むなんて……あなたみたいな不審人物触れることさえ出来ずに爆発します」


「触れる前に爆発すんの!?」


 衝撃の事実にに怯えつつ国にある図書館について知ることができた。禁書の事は置いておいて、本とは情報の塊だ一度行ってみたい気はするがまずはこの家の図書がメインだ。


「でさ、そのここの図書室って俺も使っちゃダメか? この国の事とか調べたいんだけど……」


「いいですよ、けどローズ様の勉強の邪魔だけはしないでくださいね」


 ジト目で訴えかけてくる。誠に心外だ。


「しない、しない――と言うか俺にいろいろ教えてくれるような話をしたし、ローズの方から誘ってくれるかもしれないな。いや、流石にあいつが直接俺を教えるなんてことしないか、王女らしいし」


「王女らしいではなく、王女ですから。あとそんななれなれしく呼ばないでください。様を付けてください」


「分かってる。分かってる。それで、どこにあるんだ。その図書室は」


 つい先ほどのことを思い出す。彼女は確かに言っていた。その話で言うとあいつを頼ってもいいんだろうが、どこまで頼っていいのか……。


 だが、わざわざ言ってくれたのだ、とことん頼っても怒られはしないだろう。けどそんな立派な図書館があるにもかかわらずこの屋敷で勉強しているのも変だな。何かわけでもありそうだが、こちらからわざわざ聞く必要もない。


「ここを真っすぐ進んで右に曲がったところの突き当りが図書室ですからね。くれぐれも邪魔はしないでくださいね、……ではおやすみなさい」


 そうして念入りに注意をした後に、あくびをしながら去っていったのだった。見張りはどうなったんだよ……。


 代わり映えのしない廊下を進んむとまたどこのところとも同じ扉が現れる。突き当りといっていたことが嘘でないならば、ここであっている筈だ。


「失礼しまーす」


 お邪魔にならない程度の声量で静かに入る。


 そして部屋を見回すとなかなかの大きさの図書室だった。壁に埋め込まれた本棚は、一面に広がり、そこに収まらないものは木製の本棚に綺麗に配列されてる。


 窓からは月明かりが差し込んでいた。明かりはついているが、一つ一つの明るさが小さく、部屋全体を照らすには足りていない。それが、雰囲気を出していて、おしゃれに感じなくもない。


 ここは古い本が醸し出す香りに包まれていてその明るさも相まって落ち着く。ジャズのBGMでもあれば、よりムードを作れるのだが、あるはずもない。


 入り口で突っ立ってるのよかったが、本来の目的を思い出してしまった。直ぐ近くの本棚に手を伸ばす。


 文字を学ぶための本は文字が読めない人でも分かるように表紙や背表紙から見分けられるのではという希望的考えで、探し始めた。


 しかしそんな都合よく見つかるとも思えない。よって起こす行動は一つだ。それを実行しようとした時だった。


「こんな時間に何しに来たの?」


 いいタイミングでお目当ての人が出てきてくれた。長く美しい紅髪を揺らめかせ、手には小さめのランタン。それに、見るからに寒そうなネグリジェ。


「こんな時間にっていうとお前も当てはまるんだが……。図書室に来る理由は一つしかないと思うぞ」


「本? アンタ文字読めないんでしょ? それでどうやって読むのよ」


 至極当然な理由だ。


「教えてくれそうな人が偶然目の前にいるんだ。その人に手を借りようと思ってな」


「え、その人忙しくて、手かしてくれないんじゃないかしら」


 明らかにめんどくさがられているが、ここで引き下がってしまうと、あのちびっこメイドに頼む羽目になる。それだけは阻止したい。


「それじゃあ、子供向けの本を貸してくれ、それで少しずつ読めるようにするよ」


「それならいい本があるわ」


 自分が教えなくて済んだことに安堵したのか意気揚々と歩きだしたローズの後ろをついて回るとある本棚の前で止まった。


「えっと、私が子供の頃に読んでた本ならこの辺りにあった気がするんだけど。……っと、あった、あったこれよ」


 ひょいっとわたされた本にはいびつな文字で題名らしき文字と人が三人が描かれた絵が描かれていた。なかかな年季が入り、何度も読み返した跡がみられる。


「へー面白そうな本だな」


 その後なぜか気をよくした彼女に文字の読み方を少し教わりそれをメモに取って自室に戻るのであった。

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