アナザーデイズ 1977

杉内 健二

プロローグ

 プロローグ

                  

               

「だるい、学校なんか行くのやめた!」

 最初、素直にそう思った。

 眩しい光を感じて、タオルケットを顔まで引っ張り上げる。そうしてすぐに、なんとも言えない〝ダルさ〟を覚えて、彼はさっさとそう決め込んだ。 

 ほんの一瞬、風邪か? 

 そんなことを思ったが、すぐにもっとおかしなことに気が付いた。

 ――あれ? 俺って、ベッドに寝てない?

 いつものベッドの感じじゃなかった。

 慌てて右腕を伸ばしてみると、

 ――え? 畳? どうしてここに畳があるんだ? 

 そう思うと同時にタオルケットを跳ね除けて、彼は一気に飛び起きた。

 身体を起こして辺りを見れば、やはりベッドには寝ておらず、畳の上にせんべい布団が敷かれている。タオルケットと思っていたのも、色の抜け落ちたなんとも安っぽいバスタオルだった。

 さらに驚くことに、そこはどう見たって自分の部屋じゃない。見事に見たこともない空間で、彼は慌てて立ち上がるのだ。

 その瞬間、グランと身体が大きく揺れて、思わず壁に手をついた。

 その手を見つめて、

 ――嘘!

 彼はそこで初めて、自分に起きている異常を知った。

 たった十七年しか生きちゃいない。だからシワなんてそうないし、手の甲だって綺麗なもんだった。

 それが今、目にしているその手は〝しわくちゃ〟で、まるで年老いてしまった高齢者のようなのだ。

 ――鏡はどこだ? どこにある? 

 続いてそう思った時だった。どこからか、聴き慣れない電子音が鳴り響いた。音のする方に目をやると、枕元に置かれた黒い何かが光を放ちながら鳴っている。

 大きさで言えば、ハンディサイズの手帳ってところだ。

 恐る恐る手にしてみれば、思った以上にずっしりと重い。

 目覚まし時計かな? などと思って裏っ側を見ようとした時、思わず指を滑らせ、それを落としてしまうのだった。あっと思った時には畳に落ちて、それはパタンとひっくり返る……と、同時にだった。

「翔太さん、吉崎です! 大丈夫ですか?」

 ――翔太さん?

「翔太さん! どうしたんです? もうとっくに時間、過ぎちゃってますよ!」

 ――翔太さんって、誰だよ! てか、これっていったいなに!?

 見れば、裏っ側ぜんぶが明るくなって、そこから声が響くのだ。

「なんとか言ってくださいよ! 具合悪いんですか? 大丈夫ですか!?」

 その後もなんだかんだと言葉が続いて、「また電話しますから」というのを最後にプツッと途切れる。

「また電話しますから」

 となれば、これはかなりちっちゃな電話だってことだろう。

 映画なんかで出てくる無線機を思えば、こんな形があったって不思議じゃない。

 しかし、そんなことよりだ!

 ――翔太って、誰だよ!

 間違いなく自分は〝翔太〟じゃないし、しわくちゃになってしまったこの手は いったい……なんなのか?

 ――とにかく、次に何か起きる前に、ここから出よう! 

 そう決めて、正面に見える玄関らしい空間へ足速に向かった。

 すると、そこへと続く短い廊下の片側に、薄汚れた扉があるのに気が付いた。

 トイレか? そんなふうに思った途端、彼は下腹部の痛みを初めて知った。驚きの連続で今の今まで気付かずにいたが、まさに限界、はち切れそうな圧迫感だ。

 ここで寝ていたってことからすれば、一度くらいトイレを借りたって怒られはしまい。即行そう決めつけて、彼は慌てて扉の取っ手を掴むのだ。

 ところがいくら引いても扉が開かない。 

なんだよ! どうして開かないんだよ!! なんて気持ちのままガチャガチャ揺 すると、「ガリ」という音と一緒に扉が少しだけ奥に動いた。

 ――なんだよ、押すんかい……。

 慌てて扉を押し開き、すぐに息をするのも忘れてしまった。

 トイレ正面に、これまた古ぼけた鏡があった。

 そこに映っていたのは十七歳の自分ではなくて、

「お前、誰……?」

 思わず言葉になったその声も、シワがれるだけシワがれて、どう考えたって自分じゃない。そして鏡に映っているのは、どうひいき目に見たって年寄りだ。ランニングシャツにパンツ姿で、シワだらけの顔がポカンと口を開けている。

「おい、どうなってんだよ……」

 思わずそう呟くと、鏡越しの口も小さく動き、そのままグニャッと一気に歪んだ。

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