D⇔R:SYNDROME (読み切り)

龍威ユウ

序章:下克上

第0話:イケメンは死すべし

 魔法学園【ヴァルハラ】の円形実技場は、生徒のみならず外部の人間も招けるように大きく設計されている。

 戦うのはもちろん生徒同士であり、それを多くの人の前で披露するのは、自らの強さを証明するためはもちろんのこと、名声を得る足掛かりを得るために彼らは日々自己を高めることに余念がない。


 今宵の仕合は、未だかつてないほど大いに盛り上がっていた。

 組まれた対戦カードとなる二人は、まったく対極の位置にいるからである。そのことについて、観客達の声は片や期待、片や疑問の声があちこちで飛び交っていた。


「おいおい聞いたか? 今日の対戦カード、どうやら片方はあのヴォルト家の長男らしいぞ?」

「え? あの魔法の名家に生まれでありながら魔法がまったく使えないっていう、あの?」

「そうだよ。いやな、噂によるとあそこの長男坊、例の奇病を患って回復してからめっきり人が変わってしまったって有名でな。そこから急にめきめきと実力を身に付けたらしいんだわ」

「は~。あの例の? よく精神崩壊しなかったな……」

「どちらにせよ、以前の長男坊と思ったら大間違いってのは確かだな。この仕合、どうなるかわからねーぞ」


 大人達が盛り上がる横、この【ヴァルハラ】に通う女子生徒の一人がふんと鼻を鳴らした。

 彼らのやり取りを見やるその目は、軽蔑の意が込められている。


「バッカじゃないの。相手はこの学園一の魔法使い、リューシュン様なのよ? あんな魔法も使えない、家柄だけしか取り柄がない雑魚が叶う訳ないじゃない」

「そーそー。リューシュン様もな~んであんな出来損ないと仕合をするのはわからないわよね」

「まぁいいんじゃない。私達はリューシュン様のかっこいいところが見られるし」

「それもそっか! ライシの奴にはリューシュン様の偉大さを広めるためにも盛大にやられてもらいましょ!」


 女性生徒の言うリューシュンとライシ。この二人はまるで対極の位置にある。

 リューシュン・バンライト――異世界より使い魔を召喚し使役するサマナーの名門である彼は一族の最高傑作と謳われている。

 事実、学園においては知識も実技もトップクラスであり、将来は有望であるとして注目度が極めて高い。また彼の人望も厚く、同級生のみならず大人達からの信頼も厚い。

 一方で、ライシ・ヴォルトはまるで人望がない。これはただただ彼が落ちこぼれであるからに他ならない。

 彼自身の人柄としては、どんなことがあっても諦めない強い精神力を持つ少年である。

 事実、魔法の名家の生まれでありながら魔法が使えないことで酷いいじめをライシは受けていた。通常ならば心が折れてしまいそうなほどのものであっても、ライシは逃げ出そうとしなかった。何故なら彼には立派な魔法使いになるという夢があったからだ。

 才能がなくとも、人は努力次第で天才をも超越する、と。いつもこの言葉を口にして、自らを奮い立たせてきた。

 そんなライシが休学せざるを得ない事態が、彼のみに起きたのである。

 オルトリンデにて今流行りつつある奇病――夢現症候群むげんしょうこうぐん。原因も治療法も定かになっていないこの奇病に、ライシも患ってしまった。一か月という期間を用して彼は目覚めたのである。

 いわば今回の仕合は、ライシ・ヴォルトの復帰戦でもある。

 中央に設けられたリングに、一人の女性生徒がひょっこりを姿を現した。今回の仕合の審判を務めるよう任命された。

 一瞬会場が静まり返り――「それではただいまより! 仕合を行います‼」、の一言によって再び周りの興奮度は最大にまで達した。

 円形実技場の悠遠くにも及ぶほどの耳を劈く歓声が巻き上がる中、女子生徒は自らの役目を全うする。


「それでは選手入場です‼ まずは東門――ヴァルハラ学園において最強の座に未だ君臨し続ける絶対王者! 実力も人気も頂点! リューシュン・バンライト様‼」


 東の方角――好青年という言葉が大変よく似合う、すらりと伸びた身長と整った顔立ちを持つ男子生徒がリューシュン・バンライトである。

 彼がリングへと現れた瞬間、女子生徒からは先の歓声よりも高い黄色い声が上がった。

 リューシュンが彼女らに答えんと手を振ったことで、歓声はより一層高くなる。

 周りにいる男性陣はというと、その様子を実に疎ましそうに冷ややかな横目を送っていた。


「続きまして、西門――魔法の名家に生まれながら魔法がまったく使えない落ちこぼれ。今流行りの奇病から奇跡的な回復をした彼が学園一の実力者に今宵喧嘩を売る‼ 自殺行為? 身の程をわきまえろ? だがそれがいい――ライシ・ヴォルト!」

「はい、どーもどーもっと」


 手をひらひらと振りながら愛想笑いを振りまく彼。意外なことに、男子生徒達から彼を支持する声はとても高い。


「行け―ライシー! そんなキザな野郎ぶっ飛ばしてやれー!」

「今だけは応援してやるからなライシー! 落ちこぼれの意地ってやつを見せてやれ‼」

「顔だ顔を狙え‼ 甘いマスクを潰れたアミュンみたいにしろー‼」

「あはは……皆ありがとうな――ってかアミュンってなんやねんそんなん知らんし!」


 小さく手を振って応えるライシに、今度は女子生徒達から罵声が彼へと投げられる。


「ちょっとリューシュン様にさっさとやられなさいよね!」

「リューシュン様のかっこいいお姿を見たいからせいぜい派手にやられないさいよ~!」

「なんでアンタみたいな落ちこぼれがリューシュン様の前に立ってるのよ! 調子に乗んな!」

「ははは……めっちゃ言われてるやん俺。てか俺が何したんやっちゅーねんホンマ」


 苦笑いを浮かべつつも、ライシの目は笑っていない。

 飛び交う怒声に見かねた女子生徒が高らかに声を上げた。


「えーっと! 仕合が始まる前から既に観客達のテンションは最高潮に達している模様! このテンションが失われる前に仕合を始めたいと思います――それでは両社とも、リング中央へ!」


 促されてライシとリューシュンは前に出る。

 凡そ七メートルの間隔をあけて、彼らは対峙した。必死にルール説明をしている間も二人はこれより一戦を交える対戦相手をただ眼中に収めているのみ。ライシとリューシュン、二人の耳に周りの声は届いていない。


「――それでは、よろしいですね⁉」

「僕は何度も説明を聞いているから大丈夫だよ小猫ちゃん」

「……悪い、殆ど聞いとらへんかったわ。でもまぁ、とりあえずわかったわ」

「いや全然大丈夫じゃないですよねそれ‼」

「大丈夫やって。要はあれやろ? 殺さんかったらオーケーってことやろ?」

「ま、まぁ端的に言えば……」

「ほな大丈夫やな。そろそろ始めよか」

「で、では――両者構えて!!」


 その言葉に先に動いたのはリューシュンだった。背中に控えていた長杖を手に取る、とまたしても女子生徒達から黄色い歓声が上がった。

 彼の長杖――デュランダルはバンライト家に代々伝えられる魔道具であり、この杖を手にすることは当主として認められた証でもある。

 齢にして十六歳、若き天才たる由縁はここにある。

 一方で、ライシが取り出した杖に――周りが突然どよめいた。


「何あれ……杖?」

「あんな杖見たことないんだけど」

「自前? でも魔法使えないのに?」


 生徒達の疑問は当然であった。リューシュンのように名家であれば専用の杖を用いるが、一般から【ヴァルハラ】の門を叩いた者には等しく杖が与えられる。

 もっとも、安さと生産性に重きを置いてあるがために耐久性はおろか、所持者の精神干渉力も極めて低い。

 ライシは、名家でありながら出来損ないの烙印が押されているために与えられるべき杖を手に入れられなかった。

 従って彼にも一般生徒と同じ杖が与えられている。

 今、彼が手にしているのはその杖とはまったく違っていた。柄は太目で短い、片手持ちであることが窺える。先端は鋭利ではなく白い球体が埋め込まれている。


「……それが君が新しく用意した杖かい?」


 怪訝な眼差しを向けていたリューシュンがライシに尋ねた。


「ん~、まぁこれを果たして杖って言うていいんか微妙なところやけど。まぁ杖ってことで」

「……君は本当に僕に勝つつもりかい?」

「そりゃ、な。こっちから売った喧嘩なわけやし、負けたらカッコ悪いやん。それにな、俺は言っとくけど負ける気は更々あらへんで?」

「何?」

「富と名声……それがある奴はそらすごいって俺も思う。けどな、それを利用して好き勝手にする奴が俺は一番嫌いなんや。お前のその仮面の下にあるゲスい顔、今日ここで晒したるわ!」

「それじゃあ、やってみなよ」

「――仕合、開始ッッッ‼」


 開戦を告げる鐘が円形実技場に響き渡った。


「――ほな、ぼちぼち行きますか。リリカ、いけるか?」

《うん、大丈夫だよ》

「なっ⁉ 使い魔……だと⁉」


 ライシの隣――白と黒が入り混じる魔法陣より現れた使い魔に、まずリューシュンが驚きの声を上げた。遅れて会場からも困惑と驚愕の声が次々と上がる。それもそのはず、今の今までどんな魔法でさえも使えなかった少年が使い魔の使役に成功しているのだから。

 だがリューシュンの驚きは他にあった。


「君は……ヴォルト家の人間だろう! 本来であれば雷属性の魔法を行使するはず……それなのに、使い魔だって? しかも人型の使い魔なんて僕は聞いたことがないぞ!」

「仕合始まっとるのにぺらぺらとよぉ喋るやっちゃな……。お前がそれを知る必要はない。必要あるんは、今から俺らにボコボコにされるってことや!」


 不敵な笑みと共に、ライシは杖を構えた。

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