浄火〜冷酷な王と醜い娘〜

藤ともみ

第1話

 むかしむかし、火の神の加護を受ける『砂と黄金の国』に、サラという名前の、全身に火傷の痕がある醜い娘がおりました。

 この娘は、幼い頃に家で起きた火事のために、家族をすべて亡くし、自らは全身に大火傷を負って、命だけをなんとか取り止めたのでした。

 しかし、身体中に火傷の痕が残ってしまったサラの風貌は気味悪がられ、嫌われました。

 渋々サラを引き取った伯父夫婦とその娘は、サラが学校に通うことも、外で働くことも許さず、年頃になっても嫁にも出さずに、奴隷としてこき使っておりました。家を飛び出したくとも、自分で生きていく為に必要な力を身につけずに十七歳になってしまったので、家出したところで野垂れ死んでしまうことでしょう。娼婦になっても、物乞いになっても、自分を相手にしてくれる人がいるとは思えませんでした。

 サラのただひとりの友達は、伯父夫婦の家で飼われている子犬のクミンでした。クミンの母犬は番犬として飼われていたのですが、出産の際に死んでしまい、まだ子犬のクミンは番犬として役立たずだと罵られ、腐りかけの残飯ばかり食わされていました。それが、サラには他人事には思えなかったのです。クミンの方も、サラのことは好きなようでした。


 ある日のこと、王の行列がこの町にやってくるという知らせが町に届きました。

 人々は皆震え上がりました。この王は、即位前には妃を斬り殺し、更にその後、都中から集めた乙女百人を殺したという、残忍な人物として有名だったのです。

 町の視察に来るというのですが、人々にとっては堪ったものではありません。王がやってくる、その日。人々は家中の扉や窓を締め切り、物音を立てることすら恐れて、家の中に引きこもりました。町中の店はいっせいに臨時休業になりました。

 サラも、伯父夫婦に、とにかく決して外に出るなと命じられました。サラも、これには逆らうつもりはありませんでした。

 クミンと一緒にボロに包まって寝ようとしたとき、この犬の姿が見当たらないことに気がつきました。慌てて探すと、なんと、クミンが表通りに走っていって、王の行列を歩いている家来の男に吠えたてているではありませんか。

「うるさい犬め、王の御前であるぞ!」

 家来の男は怒って鞭を振るおうとします。サラは間一髪のところで、クミンと男の間に割って入りました。鞭がサラの腕に当たり、鋭い痛みが走りましたが、サラはぐっと悲鳴を堪えて男を睨みつけました。

「たかが犬一匹に、大の男がムキになっちゃって恥ずかしくないのかい」

「ええい、無礼者め。ならばお前が責任を持って鞭うちを受けるのだ」

 男が鞭をサラに振るおうとしたその時です。

「待て」と、静かな、しかしよく響く声が象の上から聞こえました。サラが思わず顔を上げると、象に積んだ豪華な屋根付きの輿からその声は聞こえてくるようでした。

「申し訳ございません。汚らしい犬めが飛び出してきまして……鞭打ちの上、すぐに追い払います」

 家来の声は震えていて、ひどく恐れているようでした。輿に乗っているのが王に違いありません。

「人の声も聞こえたようだが。そこにいるのは女か?」

「ええ、れっきとした女でございますよ。醜い姿で申し訳ございませんね」

 サラは自嘲するように言いました。

「貴様! 誰が口をきいて良いと言った!」

「待てと言っているのだ。鞭をしまえ」

 輿の中の王がいさめると、男は地にひれ伏しました。

 輿の天蓋が、内側から少し開いて、中の王とサラの目線が一瞬交わりました。王の瞳は、晴れ渡る空のように澄み切った、吸い込まれそうな青色をしていました。

 王は、サラに言いました。

「娘よ。神託に従い、貴様を私の妻とする。私と共に王宮に来い」

「…………は?」

「陛下! 本気でおっしゃっているのですか?」

 平伏していた家来は驚いて尋ねました。

「今日、王宮の外に出て初めて出会った女を、王の妻とする……それが今日の神託であった。身分や美醜、年齢を一切問わずにな。娘よ、貴様に夫はあるか」

「…………いえ」

「ならば問題ないな。私と共に来い」

「ちょ、ちょっと!」

 サラは抵抗しようとしましたが、馬から降りてきた別の家来に取り押さえられてなす術もありません。サラが居なくなって困る人など居ませんでしたから、誰にも引き止められることもなく、あっという間に王宮へと連れて行かれてしまったのでした。ただ一匹、犬のクミンだけが、悲しそうにクンクンと鳴いて、行列を見送っておりました。

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