第8話

 村人達にも聞き込みを行い、再び現地へ戻る途中。

 うんうんと唸るラフィを隣に、情報を整理する。

 とは言え、まとめるほどの情報を得られたとは言い難いが。


「どう思う? ただの魔物の被害とはなにか違う気がしてならないんだが」


「まぁ、それは同感かなぁ。確かに魔物の仕業とは少し毛色が違うよねぇ。村人達からもっと詳しく聞ければよかったんだけど」


 本来であれば、目的の魔物を討伐した時点で依頼は完了となる。

 しかしこの依頼は魔物を討伐すれば全てが解決すると言った、簡単な物ではない。

 少女が俺に頼んだのは村を救う事であり、少なくとも今回の元凶を見つけ出して対処する必要がある。


 その点に関して言えば、村人達は俺達に最大限の協力してくれたと言えるだろう。

 隠し事もなく、大勢に聞いたが話の中に齟齬が生じる事もなかった。

 つまり村人達は今回の魔物の被害について、本当に心当たりが無いのだろう。

 俺達が魔物を討伐できなければ、村どころかこの土地を捨てる事になるのだから当然と言えば当然だが。


 だが協力してくれた人々には申し訳ないが、冒険者として有用な情報を得られたとは言い難かった。

 分かったのはノキアの冒険者達が全滅した直後から、森の異変が始まったということ。

 そして徐々に浸食をされたのではなく、雪崩の様な勢いで村が森に飲み込まれたということだけだ。


「なにか思い当たる魔物はいないのか? 最上位の冒険者なら、こういう強力な魔物の情報も持ってるだろ」


「うーん、どうだろう。植物を操るだけじゃなくて、地形まで変えてしまう魔物でしょ? そんな魔物は……思いつかないなぁ。ハルートはなにか気になる事とかないの?」


「気になる点と言えば、やっぱり冒険者達の大規模作戦が失敗した直後から、森に異変が出始めたってところだな。まさかとは思うが、討伐対象だった魔物となにか関係があったりするのか?」


 詳しい話は聞かされていないが、ノキアの冒険者達を壊滅させた魔物が普通の魔物だとは考えにくい。

 強力な魔物であれば多少の移動であって周囲の環境に大きな影響を与える事もあり、異変が始まった時期を考慮すれば何かしらの関係があるのではないかと考えていた。

 ただラフィは俺の考えを聞いて、小さく首を横に振った。


「それは無いと思うなぁ。確かその魔物は西の未開拓地域にいるはずだからね。この地域とは真逆だよ」 


 ◆


 森の中に入る事はせず、荒れ果てた地域の調査を続けたが、得られる物は何もなかった。

 翌日に備えて荷馬車へと戻ってきていた。

 焚き火を囲みながら、一冊の本を取り出す。

 向かい側で食事をしていたラフィは、興味ありげに俺の隣に移動してきた。


「それなに? 日記?」


「いいや。魔物の研究結果をまとめた手帳だ。少し古いが、魔物の特徴や対処法が書き込んである」


「へぇ。しばらく見ないうちに、便利な物も出来たんだね。私も買おうかな」


「いや、これは知り合いから譲り受けた物だ。類似品なら、探せば見つかるかもしれないけどな」


 何度も修復して、継ぎ接ぎだらけになった背表紙を撫でる。


「ずいぶんと親切な人もいたんだね。そんな便利な手帳、冒険者なら誰でも欲しがると思うけど」


「そうだな。その冒険者もこの手帳だけは肌身離さず持ち歩いてたからな」


 ひとえに、最弱と呼ばれる魔剣士の俺が今まで生き残れたのは、この手帳の存在が大きかった。

 魔物との戦い方や生態の知識を得る事で、少しでも生存率と勝率を上げる事が出来る。

 依頼の目標となる魔物の脅威をあらかじめ知る事で、仲間達が対処できるかを判断していたのだ。

 俺の実力や知識の不足をこの手帳で補うことで、『明星』を導く事が出来たのだ。

 

 その意味で言えば、この手記が俺にとって最大の武器ともいえるだろう。

 とはいえ、今回の依頼に関して言えばこの手帳に頼る事はできない、

 元々、ロカから話を聞いた時点で、トレントが村を襲ったのではないかと目星をつけていた。

 しかし実際に村人達から話を聞き、現場を見たことで確信は揺らぎ始めていた。


「トレントは森の中に生息する樹木の魔物だが、人々を襲う為に地形そのものを変えてしまうなんて聞いた事が無い」


「私もトレントにそんな性質があるなんて聞いたことは無いかな。少なくとも、今回ほど積極的に人間を襲いに来るのは、初めて見たよ」

 

 くたびれた手帳の、目的の項目。

 そこには魔力の濃い地域で出現する樹木の魔物、トレントの情報が事細かに記されている。

 そもそも、魔物と呼ばれていはいるが、トレントは人間に対して中立の立場を貫いている。

 森の益になる事や、木々の手入れを行う人間には無害であり、それどころか狂暴な魔物から守ってくれることすらある。

 だが森に害をなす者には容赦がなく、即座に木々の養分へと変えられてしまう。

 今回の件に関しても、村人達がトレントを刺激したことが原因ではないかと考えていたのだ。


 しかし村の代表を務める男は、長年森との共存を続けてきたと語った。

 これまでも同じような被害が出ているのであれば、ロカもそれを知っていただろう。

 なによりトレントの仕業だというには、余りに被害が大きすぎるのだ。

 トレントが樹木の魔物であろうとも、地形ごと変化させてしまうのは不可能だ。

 根本的な要因が別にあるのか、それともトレントの襲撃とはまた別の何かが地形を変化させてしまったのか。


「危険だが一度森に入って確かめる必要があるな。本当なら原因を特定してから、対処にあたりたかったんだが」


「君も細かい事にこだわるね。さっさと森に入って魔物を倒せば全部解決でしょ?」


「魔物だけ倒して、また被害が出たらどうするつもりだ。村人達の今後の人生がかかってるんだぞ」


「そんな後のことまで考えてるなんて、律義だねぇ。今時の冒険者とは思えないよ」  


 ラフィは肩をすくめて、焚き火に新しい薪を投げ入れる。

 確かに一般的な冒険者であれば、目的である魔物を討伐して報酬を受け取るだけだ。

 だが俺はロカと村を救うという約束をしている。いや、してしまった。

 だからこそ中途半端な対応は取りたくなかったのだ。

 しかし詳しい情報が得られなかった以上、現地での対応を迫られている。

 少なくともこれで森の異変が収束すればいいのだが。


 夜闇に轟く地鳴りが、更に不安を掻き立てる。

 開かれたトレントの項目の端に小さく記された、追記の情報。

 そこに記された今は滅んだはずの魔物の名前が、なぜか目に留まる。

 

「まさか、な」


 突拍子のない考えを振り払うように、手帳を閉じる。

 そして不安と焦燥感を抱きながら、瞳を瞑る。

 ありえないと分かっている。

 その魔物はとうの昔に絶滅しているのだから。 

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