(14)



「カーラさん」


どうやってレオンに会うための口実を作るか考えながら歩く私を、ロベルト先生が呼び止める。


「はい、先生」

「ちょうどよかった。探していたんですよ」


大きい眼鏡をかけて微笑む先生に、私は首を捻る。何かしてしまっただろうか、と思案するが思い浮かばない。幼い頃のおてんばの私とはもう違うのだ。品行方正、麗しいご令嬢へと成長したのだから!


「えっとですね、今まで生徒同士で同室になったことがないので何か困ったことがないか殿下が気にされておいででして。是非お話を伺いたいようなんです」

「王太子殿下が、ですか?」

「えぇ」


これはナイスタイミング。わざわざ口実を作らなくてもレオンがいい感じに呼び出してくれた。さすがレオンだ。伊達に長いこと幼馴染をしていない。


「ありがとうございます」

「いいえ」


先生に頭を下げてその場を後にする。レオンが呼び出したということは、彼専用の部屋にいるはずだ。普段の授業はみんなと一緒に受けるが、それ以外はその部屋にいるのだ。防犯とかその他にも何か意味があるのだろうが、私にはよくわからないのでふわっとしている。

彼の部屋へと続く廊下の角から盗み見る。口実はあるものの、万が一ということがある。だから人影があるかないか確認する必要があった。まぁこの国の王太子殿下がいる部屋の前をうろつく人間なんてあまりいないので誰もいないのだけれども(何か企んでいるのではないかと疑われたくないから)。


(よし、行くぞ!)


無駄に気合を入れてドアへと近づき、いざノックを! と手を構えた瞬間、ドアが勢いよく開けられた。そのせいで顔面をぶつけ、特に鼻と額がものすごく痛い。


「も、申し訳ございません!」

「いえ、大丈夫です……ん?」


何やら聞き慣れた声。ゆっくりと顔をあげるとそこにいたのはここにいるはずもない人物。


「アゼル!?」

「姉様!?」


愛しい我が弟だったのだ。何故アゼルがここに、そう聞こうとするよりも早くアゼルによってレオンの部屋に引っ張られ、そして魔法で程よく濡らしたハンカチを額に当てられた。


「ごめんね姉様。まさか外にいるなんて思わなくて」

「ううん、いいのよ。というか何故アゼルが?」

「それは……」

「ジェド殿の仕事の付き添いで来てもらったんだ」


いつの間にか近づいてきたレオンに手を取られ、そのままソファーに座らされた。


「そのお父様はどこに行ったの?」

「変装した陛下と街の視察に出掛けたよ」

「まぁ、そうだったの」


どうせなら事前に手紙が欲しかった。そうすれば一緒に街を歩けたかもしれないのに。あのパンケーキだって一緒に食べられたかもしれないのに。


「姉様はなんでレオン様の所に?」

「呼び出されたのよ」

「レオン様……姉様がまた何か粗相をしたのですね?」

「アゼル? 決めつけるのはよくないわ?」

「だってレオン様との初対面で木から落ちたし花瓶を割ったことを隠そうとして部屋に運んでるところをスチュアートにバレて怒られてたし私はもう立派な大人よとか言いながら母上のドレスを着ようとして破いてものすごく怒られてたし……」

「アゼル、ちょっと、黙りなさい」


いつまでも閉じないその口を無理やり押さえつけてそれ以上私の痴態をレオンにバレないようにする。そんな私たちのやりとりをレオンが微笑ましく見ているとは露知らず。ジタバタと暴れたアゼルの口から手を離してやれば、彼は肩で息をしていた。


「まったく姉様は……じゃあそろそろ僕は帰ろうかな」

「え? もう帰るの?」

「一応この学園の部外者だしね」

「そう……」


せっかく久しぶりに会えたというのにもう帰ってしまうのかと悲しくなる。しかしアゼルも遊びで来ているわけではないのだから仕方ないか、と諦めていると、レオンが私の代わりに口を開いた。


「アゼル。カーラも来たのだからもう少しゆっくりしていきなさい」

「ですがレオン様の邪魔になるのでは」

「ぼくなら気にしないよ。それにぼくももっとアゼルと話がしたいな」


私とレオンが仲の良い幼なじみなのはもちろんだが、アゼルとも仲が良かった。もちろん昔から一緒にいるのだからアゼルにとっては本当のお兄ちゃんのような気がしているのかもしれない。


「レオン様がそこまで仰るなら……」

「では、お茶をどうぞ」


いつの間にか準備していたらしいオリバーがテーブルにお茶の入ったカップとクッキーを並べてくれた。紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐる。


「それでカーラ、昨日は大丈夫だった?」

「やっぱり姉様……」

「違うわよ。転入生と同室になっただけ」

「え!? もしかしてそれって」


ちらり、アゼルがレオンを見やる。彼は小さく頷いて、そして私へと視線を向けた。


「魔力の暴走。やっぱり噂にはなってるみたいだね」

「そうね。今朝もそのことでクラスメイトから質問攻めにあったわ」


撃退してくれたアドリエンヌを思い出して、私はふっと笑みをこぼす。そんな私を不思議そうにレオンが見ていたが、頭を振ってにやける顔を必死に押し隠した。


「それで君たちには詳細を話しておこうと思うんだ」

「殿下」

「いいんだよオリバー。特にカーラはあの子と同室なんだ。知って然るべきだろう?」

「……殿下がそう仰るなら」


何か言いたそうなオリバーは口をつぐむ。そりゃそうか。こんな平凡貴族の令嬢と子息が、この国の王太子殿下直々に話を聞くのだから。


「先日のことなんだけど」


レオンが話してくれた内容は、私がゲームで知っているものとほぼ同じだった。そう、ある点を除いて。


「聖女と、認められた」


物語が、大きく変わってしまった。

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