(30)



「それ、付けてくれているんだね」


レオンの視線が私の手首に落とされる。なんだか気恥ずかしいと思いつつも手を退けてレオンに見せた。


「今日のダンスパーティーに付けてきてって言ったのはあなたでしょ?」

「うん。でも本当に付けてきてくれるなんて思わなかったから嬉しい」


にこにことレオンが微笑む。あ、分かった。私はこの笑顔に弱いんだ。だから言葉が詰まってしまうんだ。と納得しつつ、その手を隠すように後ろへと持って行った。


(そんなに見られたら恥ずかしいじゃない)


という気持ちを込めて口を尖らせると、観念したとでもいうようにレオンが両手を小さく上げた。


「ごめんね、君を怒らせたいわけじゃないんだ」

「別に怒ったわけじゃないわ。ただ私のことを見すぎだから」

「つい、ね」


ついって何よ、と心の中で突っ込む。私を見たところで何も面白いことなどない。むしろじっと見るならアドリエンヌの方が見ごたえというものがあるだろう。だってめちゃめちゃ可愛いと思うんだもの。


「それで、どうして中庭に呼んだの?」

「どうしても君とお話しがしたくて」

「いつも手紙でやり取りしているのに」

「それはそうなんだけどね」


とか言いつつも私だってレオンとお話ししたかった。しかし面と向かって言うのはなんだか恥ずかしので、心の中に留めておくことにする。


「カーラに見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの?」

「うん」


レオンが指をさした先にあるのは、ここからそんなに離れていない場所にあるガラス張りでできた建物で。彼曰く、温室のようだった。


「行こう、カーラ」


差し出された手に自分のそれを重ねるべきか一瞬迷う。しかし私は彼に手を伸ばして立ち上がった。せっかくのお誘いを断るのも悪いし、何より私があの建物に興味を持ったのだ。

触れたレオンの手は温かい。そして、少し私より小さかった。きっとこれから成長して、いつの間にか身長が抜かされるんだろうなとぼんやり考える。ゲームの中の彼はすらりとして、男性の中でも細身だったな、なんて思い出した。そんなレオンの隣に並ぶシルヴィアも細身で、まさにお似合いのカップルになることだろう。


(私はどうだったかしら)


ゲームの中のカーラを思い出してみるがこれといって特徴があるわけでもないので、まぁ普通なんだろうなという結論に至った。しかし体型というものは気を付けていなければ維持は出来ないので、なるべくゲーム内の姿でいたい私は食べすぎには注意しようと心に決めた。

それからレオンと他愛もない話をして、気が付けばガラス張りの建物の入り口に到着していた。どうやらここは温室のようで、中にはたくさんの植物がきれいに並んでいた。


「うわぁ! すごい!」


見たことがない植物に思わず興奮した私は、手をつないでいることも忘れてその場ではしゃいでしまう。さすがはお城の温室だ。ここでお茶をしたらいつも以上に美味しいに違いない。羨ましい。もしも私がお城に自由に出入りが出来てレオンとお友達だと公言出来たのならここにも自由に出入り出来たかもしれない。まぁ無理だけど。


「でもこれだけあるとお手入れが大変そうだね」

「魔法を使っちゃうから、そこまで大変ではないよ」

「へぇ……え、レニーがあげてるの?」

「うん」


レオンはにっこりと微笑んでからパチンッと指を鳴らした。その瞬間、指先から出た水が植物の上に広がって、適度な量の水が降り注いだのだった。


「こんな感じで」

「……レニー、あなたもうそこまで出来るの?」

「属性が違うから少しコツがいるけれど、カーラも出来るようになると思うよ」


本来なら水属性であるはずの私だが、風属性で開花した私に水を扱うことが出来なかった。レオンの言う通り、コツを覚えてしまえばもしかしたら出来るのかもしれないけれど、今の私には難しい。


「……頑張る」

「うん、頑張って」


レオンがもう一度指を鳴らすと水は止まり、そして水を浴びた植物はキラキラと輝いていた。そのきれいな光景に思わず見入っていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「カーラ、楽しそうだね」

「楽しいというか、単純にすごいなって」

「すごい?」

「うん。同い年なのに、こんなにも簡単に魔法を使っちゃうあなたがすごいなって」

「少し早く開花しただけだよ」

「ううん、そんなことない。ここまでやるのに練習したんでしょ? 前にアレクおじさまがこっそり教えてくれたもの」


以前、アレクおじさまだけで遊びにいらした時『レオンはやりたいことがあるようで、魔法を早く使いこなせるように頑張っている』と教えてくれたことがあった。そのやりたいことがなんなのか分からないけれど、努力をしていることは分かったので、私も負けていられないと勉強をしているのだが、なかなかうまくいかない。才能がないのかと落ち込む日もあるが、その間も頑張っているであろうレオンを思い出しては勉強に打ち込んでいるのだ。


「……あれほどカーラには秘密にしておいてくださいとお願いしたのに」

「どうして?」

「だって、恥ずかしいでしょ。いつかカーラに見せるために練習したとか」


最後はもごもごとしていて聞き取れなかったが、恥ずかしそうに耳を赤くしているレオンは貴重なので、それだけでも得をしたような気分だった。


「って、その姿でここに入ってるのはまずくない?」


今の彼はレニーだ。どこかの貴族という設定なのに、王家の温室に入っている姿をもし誰かに見られてしまったら、その変装の意味がないんじゃないかと心配になる。しかしレオンはゆっくりと首を振って『一応、特別解放しているから』と述べた。なるほど。それならお城の方以外の人が温室にいてもおかしくはないというわけか。


「招待状に書いていたはずだけど」

「……ちゃんと読んでいなかったわ」

「ふふ、そっか」


まるで想定内だと言いたげなレオンに、私は頬を膨らませた。レオンばっかりが私の事を知っている気がする。友達でいる期間は同じなはずなのに、なんだか悔しい。


「そんな顔してもだめだよ。可愛いだけなんだから」

「……バカにしてる」

「バカになんてしてないよ」

「してる」


私の一体どこが可愛いというんだ。私よりもシルヴィアとかアドリエンヌとか、他にも可愛い子はいっぱいいるというのに。いや、ゲームのカーラは可愛いと思うけれど、自分がとなると話は変わってきて……あれ、何が何だか分からなくなってきた。

ううん、と唸る私を横目に、レオンはとある花へ近づいていった。私も彼の後を追って近寄ってみると、そこには見慣れた可愛らしい花がたくさん咲いていた。


「スノーフレークだ!」


レオンと話すきっかけになったスノーフレーク。小さな白い花がいくつも並び、しかし健気にも咲き誇っていた。指先で軽くつつけば可愛らしく揺れる。思わず微笑んでいると、隣にいたレオンの視線を感じた。ゆっくり顔を動かしてみるとやっぱり彼はこちらを見ていて。その彼の表情に思考が停止してしまった。


「カーラ?」

「……っ、な、なんでこっち見てるの?」

「え? なんとなく?」

「なんとなくって……」


それで私の顔を見ないでいただきたい。どうすればいいのか、何を話したらいいのか、分からなくなってしまうから。


「今日のレオンはなんだかおかしい!」

「おかしい? いつも通りだと思うけど……」

「おかしいの!」


なんだか調子が狂う。10歳ってもっと子供っぽくなかった? 私が10歳の頃はこうじゃなかったし(前世はもちろん今も違う)、同級生の男子だってこんな落ち着いていなかった。それなのにレオンは違う。違いすぎて戸惑ってしまう。


「そろそろ戻ろう!」

「まだ大丈夫だよ」

「だめ! 戻るの!」


このままレオンと二人でいたらなんだか自分じゃなくなってしまいそうで。一刻も早くこの場を立ち去りたかった。彼は不満そうな表情をしていたのだが、私はそれを見ないフリしてレオンにくるりと背を向けた。

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