(27)



「カーラ・マルサスでございます」


例のごとくドレスの裾を持って腰を落とす。今日はあと何回これをやればいいんだろうかと頭の隅で考える私に、ラインハルトは胸に手を当てて頭を軽く下げた。


「ラインハルト・ブランズです。以後お見知りおきを」


さらりとした茶色い髪が揺れる。私のふわふわなと言えば聞こえのいい髪質とは雲泥の差があるその髪を羨ましそうに見つめていると、頭を上げた彼がにっこりと微笑んだ。


「あなたは今日が初めてのダンスパーティーですか?」

「えぇ。なので少し緊張しております」

「そのようにはとても見えませんよ」

「隠せているのなら良かったです」


笑顔を絶やさないラインハルトにどう対応しようか悩んでしまう。彼はブランズ公爵のご子息。そのブランズ公爵とは、アレクシス国王陛下の従弟で、つまりは貴族の最高位なわけで。そんな彼と私が話しているのは注目の的でもあった。あまり彼と話していると、あることないことを周りから言われそうなので、適当な場面で切り上げようと思っていると『ラインハルト様!』という声と共に、私は誰かに押しのけられてしまった。


「こちらにいらっしゃったのですね!」

「これはアドリエンヌ様。お久しぶりです」


私を押しのけた彼女の名前を聞いた瞬間、私は反射的に『げっ』と顔を歪ませた。アドリエンヌと呼ばれた彼女は、オルドフィールドでのラインハルトファンクラブの中心的人物でもあり、シルヴィアを目の敵にしているキャラだったからだ。まぁ主人公に対して嫌がらせをしたりはしないのだけど、それでも何かと突っかかっては『ラインハルト様は渡しませんわっ!』が口癖でもある。そんな彼女に目をつけられたら困る。なので私はこっそりとその場をあとにしようと思ったのに『ところで』と低い声が私に向けられたのだ。


「あなた、どちら様ですの?」

「……失礼いたしました。私はカーラ・マルサスと申します」

「あぁ、マルサス家の」


ふんっと鼻を鳴らし、そして私を頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見て、そして今度は嘲笑した。


「私はアドリエンヌ・バシュロですわ。あのバシュロ家の娘ですの」


えぇ、えぇ、ご存知ですとも。バシュロ侯爵は国境を守る重要な仕事をしており、近年その功績が国王陛下に称えられていた。いくつもの領地を持ち、つまりは私と比べ物にならないほどの大金持ちということだ。

それが彼女の着ているドレスにも反映されている。濃い目のピンクにスパンコールが散りばめられ、常にキラキラと光を反射していた。派手好きな彼女は将来も変わらずに似たようなドレスを着るのだが、まぁそれは別にいい。とりあえずその睨みつける目をやめていただけませんかね。


「それで?」

「え?」

「あなたのような方がラインハルト様にどのようなご用件が?」


探るような視線に、私は視線を逸らした。ゲームではそう感じなかったのに、実際に目の当たりにするととても怖い。怖い!


「いえ、私は別に……」

「用事もないのにお話されていたと?」


ずいっと詰められた距離に一歩下がる。なんだかんだでアドリエンヌは可愛い顔してるなぁ、なんて一瞬考えたけれど、これ以上は本当に怖いのでこの場を立ち去ることにした。


「で、ではそろそろ失礼いたしますわ。ラインハルト様、アドリエンヌ様、ごきげんよう」

「あ、ちょっと!」


くるりと背を向けて大股で歩き出す。背中に掛けられたアドリエンヌの声は聞こえないフリをさせていただき、私は彼女の視線がなるべく届かない場所を目指して足を動かした。











「これはこっそりレオンに会うのは難しそうね」


招待状には『こっそりお話しようね』なんて書いてあったから楽しみにしていたのだけれど、よく考えれば私の身分がレオンと話しているところを見られてしまったら大変だ。私が何か言われるのは構わないけど、レオンが悪く言われてしまうのは嫌だった。

ただでさえ一部の大人達に言われているレオンだ。それが原因となって更に何か言われてしまったらと考えるだけで胸の奥が締め付けられる思いだった。


「お父様はまだ戻ってこなさそうね」


この場にいないということは、どこかで重要なお話をなさっているのかもしれない。ということは私はまだ一人でいなければならないということで。とりあえず外の空気でも吸おうかとバルコニーへ向かった。途中、使用人と思わしき方にドリンクを頂いて、喉の渇きを潤そうと考える。グラスに入っているのはオレンジジュース。芳醇な香りの中にある酸っぱさに、少し耳の下が痛くなった。


「……あら?」


バルコニーへ足を踏み入れた私は、先客がいたことに気が付いた。思わず漏れた声が聞こえたのか、その人物がゆっくりと振り返る。


「……何か?」


黒髪に銀縁眼鏡をかけた少年は、ぎゅっと眉根を寄せていた。どこかで見たような顔だと食い入るように見つめてしまう。そんな私に彼は深く息を吐きだした。


「僕の顔に何か?」

「あ、い、いいえ。なんでもございませんわ」


しまった、失礼なことをしてしまった。初対面の人物に対してそんなことをするなんて、と反省をする。しかし困った。完全にバルコニーから出ていくタイミングを失ってしまった。


「……そこに突っ立っていられるのも逆に迷惑なので座ったらいかがですか?」

「は、はい。そういたします」


やけにつっけんどんな言い方に背筋が伸びる。まさかこの感じ、と呟いたのはどうやら聞こえなかったようで。とりあえず彼の言うとおりに椅子へ座った。バルコニーで休憩できるようにと置いてある椅子だが座り心地は良いもので。さすがお城の物だ、なんて納得していると、彼がこちらを見ているのに気が付いた。何かやらかしてしまっただろうかと一気に不安になったが、彼は何も言わず視線を逸らした。


(やっぱり、彼よね?)


指先にキスに出てくる攻略キャラのクロード・モルメック。魔族と契約しそうになる、あのクロードだ。やはり彼もこのダンスパーティーに参加していたのか、とグラスを傾ける。オレンジのさわやかな酸味が喉を潤してくれた。

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