(7)



カチャカチャと茶器の音が部屋に響き渡る。隣に座るお父様は目を閉じて紅茶を楽しみ、アレクおじさま……もとい、アレクシス国王陛下も同じように目を閉じていた。


(ダメだわ、落ち着かない)


今までの私ならば紅茶を普通に飲めていたし、アレクシス国王陛下にも話しかけていた。しかしそれはもう出来ない。何故なら相手は王族で、私とはまるで違うのだから。


(私もアゼルと一緒に部屋を出たかったわ……)


遊び疲れてしまったアゼルは眠そうに目を擦り、後からやってきたお母様が挨拶をそこそこにアゼルを連れて部屋を出ていってしまったのだ。

私も、と出て行きたかったのにタイミングを見失ってしまい今に至る。

紅茶を口へと運び、一口飲んでみる。うん、味が分からない。そりゃそうだ。こんな状況で紅茶なんて味わっていられない、と考えていると、レオン様と目が合った。一瞬驚いてしまったが目を逸らすのも失礼なので笑いかけてみる。口元が引き攣りそうになるのをなんとか堪えながら。


「……っ」


ふいっと、レオン様は視線を逸らした。態度悪くというわけではなく、恥ずかしくてどうしたらいいのか分からず困ったように逸らしたというのが分かったので、別に気を悪くしたなんてことはない。


(それにしてもあのレオン様が目の前にいるなんてね)


ゲームの中の彼しか知らないので幼少期のお姿は今日が初めてなのだが、やはり面影がある。何よりその金髪に目を奪われた。キラキラでさらさらな金髪は、つい手を伸ばしたくなる程だ。琥珀色の瞳だってそう。この琥珀色、というのがポイントで、国民にはおろか、王族の中でも2人しかいない。それはもちろん、国王陛下と王太子殿下のレオン様のみ。それ故に危険な目に遭うことも多かった。


(それが原因で、魔法で瞳の色を変えていたはずだけれど)


今はまだ変えていないということは、これから “危険な目” に遭うということか。教えてあげた方がいいのかもしれないけれど、下手に話して私が変な風に思われてしまっても困る。しかしだからといって目の前のレオン様を危険な目になんて遭わせたくなかった。


「驚かせてすまなかったね、カーラ」


しんとした室内で最初に口を開いたのは国王陛下だった。私は急に話を振られたため反応が遅れたが、なんとか首を横に振った。


「いいえ、国王陛下。気づかない私が悪いのです」

「だめだよカーラ。今日は “アレク” としてお忍びで遊びに来てるんだから。いつもの様に “アレクおじさま” と呼んでくれないと」

「ですが……」


ちらりとお父様を盗み見る。お父様は持っていたカップをテーブルに置いて短く息を吐き出す。


「アレクがそう言っているんだ。今までのようにしてやれ」

「…………かしこまりました」


本来ならば許されないことだけれど、国王陛下直々のお願いとあってはそれを否定するのも気が引けた。なのでお父様の言う通り今まで通りでいくことにした。


「あの、アレクおじさま」

「なんだい?」

「おじさまは何故お忍びでいらっしゃるほどお父様と仲が良いのですか?」


わざわざ身分を隠してまでここまでやってくるアレクおじさま。何か大層な理由でもあるのかと思ったが、おじさまはただ笑っていた。


「私が学生の時、ジェドに助けてもらったことがあってね。そこから仲良くなって今現在に至る、という感じかな」

「それだけで、ですか?」

「それだけではないよ。ジェドは私の命の恩人だからね」


詳しくは話してくれなかったが、どうやらお父様達が学生の頃から反対勢力が徐々に現れていたらしい。その時に襲われたアレクおじさまを助けたのがお父様で、以来身分を越えての仲らしい。ゲームではそんな話出てこなかった気がするけれど……。


「本当ならばジェド達を城に招待したいのだが、うるさい連中もいてね。お忍びで領地の視察、という名目で毎回遊びに来てたんだよ」

「な、なるほど」


だから頻繁には来ていなかったというわけか。たまにしかいらっしゃらないアレクおじさまの謎が一つ解決した。


「今日は私だけで遊びに来る予定だったんだけどね、久しぶりにレオンをカーラに会わせようと思って連れてきたんだよ」

「え? 私、レオン様にお会いしたことがあるんですか?」

「うん。でも4年も前だから覚えていないだろうけど」


4年前、ということは4歳の頃か。うん、記憶がない。それはレオン様も同じなようで、不思議そうに首を傾げていた。

そんな私達をアレクおじさまは楽しそうに眺めていた。そこで私はまたもや、とあることに気づいてしまった。


(もしかしてカーラの幼馴染みって、レオン様……?)


嘘でしょ、と呟いた言葉は誰に聞かれることなく宙に舞って消えたのだった。

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