第17話

「おーいリリー、起きてるか?」

「寝ちゃってますので叩き起こしてください。鍵は開けてありますので」


 翌日、リリーが中々起きてこないので呼びに行くと、どうやら寝坊をしているようだった。


「それじゃ入るぞー……おう」


 部屋の中は散らかっており、汚いというほどではないのだが脱ぎ捨てた服がそこら辺に落ちている。

 リリーは布団に包まって寝ているようで、布団の中心あたりが規則正しく浮き沈みをしている。


「起きろっ!」


 勢いよく布団を引っぺがし、リリーを起こしたのだが――そこにいたリリーはパンツ一丁だった。


「ぬおおおおおお!」

「んん……ンブフッ!?」


 引っぺがした布団を勢いよくリリーへとぶつける。

 何か見てはいけないものを見たような気がするがきっと気のせいだろう。体を起こそうとしたリリーは布団に再び包まれ、もがもがと何かを言いながらもがいている。


「服を着たら出発! 外で待ってるからな!」


 変な気が起きる前に急ぎ足で部屋から立ち去る。

 アテナとアマテラスが何やらクスクスと笑っていたような気がするが、きっとそれも気のせいだろう。


 しばらく時間がかかると思っていたが、リリーは5分ほどすると部屋から顔を覗かせた。


「別にそんなに慌てなくてもいいのに、減るもんでもないしさあ」

「色々と問題なんだよ! 色々と!」

「さては童貞クンだな?」

「ほっとけ!」


 下から挑発するように覗き込む彼女を無視して1階へと降りる。

 酒場とは言っても冒険者ギルド。朝は仕事を受ける冒険者達で賑わっており、テーブルもチラホラとしか空きがないような状態だ。


「寝坊してゴメンって、朝ごはんも奢るからさあ」

「人の経験不足を煽るのもどうかと思うけどな……」

「いやあ、まさか本当にって思わなかったし」


 火の玉ストレートでデッドボールをぶつけないといけない契約でもしているのだろうか、急に自分がみじめに見え始めて虚しくなってくる。

 とは言え、そこで萎れていても仕方がない。切り替える為にも話題をこちらから切り出す。


「ところで、ゴブリンの巣がどの辺かの予想くらいは立てていかないか?」

「そうだね、ゲームとかで定番って場所はある?」

「洞窟かな、でっかい廃墟の屋敷とかあったらそれも定番ってところか」

「でっかい廃墟か」


 受付から周辺の地図を借り、机の上に広げて地形と建物を把握しようとするが、リリーが待ったをかける。


「これって一番新しい地図?」

「そうだけど?」

「なら後何枚か借りてくるね」


 そう言うと彼女は席を立ち、同じ場所の地図を3枚ほど追加で持って戻ってきた。


「廃墟も調べるなら過去の地図も必要だからね、建物は残ってても地図からは消えてるって事もあるしさ」

「へえ、何か慣れてるんだな」

「まあ……ね」


 それぞれの地図を見比べながら情報を整理していく。

 どうやら付近の山が過去に鉱山として使われていたらしく、今となっては廃坑になっているものの坑道があるという事が分かった。


「いかにもって感じのがあるな、コレじゃないか?」

「まだ決めつけるのは早計だよ。まだ1枚目なんだしさ」

「それもそうか、さて……次に気になるものはっと」

「廃坑があるって事は……やっぱりあった。ホラここ」


 リリーが見ていた地図に指をさす。

 その地図はかなり古いもので、坑道から少し離れた森の中に1軒の建物があるようだ。

 今の地図にはその建物は描かれておらず、ブラウンさんに話を聞いてもリリーと同じようにもう使われていないからではないか、という事だった。


「廃坑に廃屋。どっちもあるってわけか」

「まあ開けた場所にテントとか張って拠点にしてるかもだし、言い出しちゃったらキリはないけどね」

「まあ今見つかった二つを中心に探索ってのが無難そうだな」

「だね、結構派手にやり合う事になるかもしれないし、回復アイテムとかは多めに持って行っておいた方がいいかも」


 リリーは持ち物を確認しながら地図を丸めて席を立つ。


「そういえばリリー、馬は持ってるのか?」

「一応はね、流れで貰っちゃう形になったような子だけど」

「なら馬で行こうか、時間をかけても仕方ないだろうし」


 地図をカウンターへと返却してから厩舎へと向かう。

 厩舎には多くの馬がおり、中には同じような顔の馬もいる為に正直あまり見分けがつかないところもあるものの、不思議の自分の馬がどれなのかだけは分かった。

 ハヤテの手綱を握り、厩舎から出る。


「それじゃあ行こっか!」

「あぁ……てか、綺麗な馬だな」


 リリーの馬は全身が明るい茶色をしており、栗毛と呼ばれるもののようだ。


「チェスナットちゃんだよ。よろしくしてあげてね」

「こっちはハヤテだ。日本語で疾風とかそういう意味だ」

「エルも自分の母国語で名前を付けたんだね。チェスナットの意味は分かるかな?」


 どうやらリリーも俺と同じように意味が通じなくてもいいように名前を付けたのか、イマイチ彼女の馬の名前にピンとこない。


「分かんないな……どういう意味なんだ?」

「英語で栗だよ。栗」

「また安直な……って、マロンじゃなくてか」

「マロンはフランス語だよ。ちなみに英語だとザリガニって意味になるから注意しようね!」

「まあ英語で話す機会とか案外無いと思うんだけどな」

「この世界に無い言語だし、使えると便利だとは思うよ? 日本語よりは簡単だしさ!」


 門の外へと出て馬に跨る。

 馬上で暇を持て余したリリーによって英語講座が開講され、渋々俺は英語を覚える流れとなってしまった。

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