第32話 奇妙な戦いと嫌な予感

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。



一九七五年、八月:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上


 存在しないはずの武器を仮想上で形成して戦う。傍から見れば奇行だ、というのも存在しない何かを存在しているという前提で二人の大男がどたばたしているからだ。

 だがそれらは火花を散らした。恐らく倫理的な理由によって、火花が散るよう現実そのものにそうさせた。

 架空vs架空、白熱の戦いであるとは言えた。地面代わりの金属コンテナの屋根に傷が付いて塗料が剥がれ、耳をつんざくような聴くに堪えない音さえ響いた。

 異次元法則の恣意的引用、ある一定まで到達した達人らが可能とするもの。メタソルジャーとローグ・エージェントは互いに上を目指そうとしていた。

 相手を本物の脅威と見做し、それを打倒するための武を構築しようとした。

 高速で打ち合う両者はシミュレートされた武器同士を打ち合わせ、鍔迫り合いをしながら頭突きや肘打ちの応酬をして、相手の心の抵抗を破壊しようとしていた。

 ケインは相手のガードがとても頑強になるのを感じていた。理論上は、ケインの未知の痛みをもらいたく無ければケインの打撃に当たらなければよいという事になる。

 シミュレートされたシャーシュカを巧みに使って被撃を抑える相手の技量にケインは驚いていた。相手が上ならば、こちらも上に行く必要がある。

 シミュレートされたクォータースタッフによる打撃を相手がその刃で受けたり逸らしたりするなら、それ以外の直接的な打撃に痛みを乗せねばならない。


 そのようにして一時間以上戦ったように思われた。ケインは頭がぼうっとするような感覚に襲われていた。時間の感覚さえ曖昧な、奇妙な状況。

 自動的に最適を目指して打ち合う両者という現状について、ケインは何かがおかしいと感じ始めていた。

 左右様々に迫り来る連続の斬撃を存在しない棒で捌いて、それから棒の先端で相手の胴を突いた。予想通り相手は可能な限り痛みを受け流すために後退して離れた。

「何かがおかしい…」とケインは呟いた。照り付ける太陽が沈み始め、やや空が染まり始めた。蒼穹はその色合いをよりはっきりとしたものへと変えた。

 一体何が。何かを見落としているのか。ケインはじっと相手を睨め付けながら、この奇妙な闘争の裏にある何かを察知しようと集中した。

 何も持っていないはずの両手で保持したクォータースタッフを相手に向けたまま、やがて何かが見え始めたように思った。

 そもそもの問題として、彼がこの巨漢と戦っているのは相手を追っていたからだ。

 先日のようにギャリソンから情報を得たのではなく己で追跡した。そして相手は、恐らくわざと現れた。だがそれにどのような意味合いがあるのか。

「お前は…純粋に面白がっていたな。だがそれは何かと兼ねていた…時間稼ぎか?」

 すると相手はぼうっと見えていた架空の刃を消して、両手をわざとらしくぱちぱちと打ち合わせた。巨人が拍手するかのような威圧感。

「よくわかったな。楽しかったから教えてやる、実はそろそろニューヨーク、この無駄に大きいだけの街を核爆弾で吹き飛ばす事になっている」

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