第26話 組み合い

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士、ヒーローチーム「ネイバーフッズ」の臨時リーダー。

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。



一九七五年、八月:ニューヨーク州、マンハッタン、停泊中の貨物船上


 照り付けつつも衰退に向かう太陽の下で、貨物船の並べられたコンテナの上で対峙する大男達は持てる力や技を競う事となった。

 ケインは相手の突進を受け止めた。脚を後ろに伸ばしてブレーキを掛けたが、それでもポンティアックのグランダムにでも衝突されたかのような気分であった。

 先日の戦闘における内臓損傷は既に完治していたが、またかような激闘に巻き込まれたのかと内心苦笑した。

 信じられないような力によってずるずると後退しつつも、密着したコンテナとコンテナの間の僅かな隙間に踵を当てるようにしてそこで踏ん張った。

 両者は互いにぐっと握力を発揮し、全身の筋肉が強張り、耳を澄ませば人体が発する凄まじい、ある種の執念じみた音が聴こえそうですらあった。

 体型で完全に負けているが、それでも腕力では対抗できた。まあ当然ながら相手の方が体重があるが。

 ムエタイの首相撲のような塩梅で、しかしその平均よりも腰を落として両者は取っ組み合い、互いの躰を掴んで隙を見ていた。

 徐々に態勢が高くなり、それと共に戦いは次の段階へと移った。

 ローグ・エージェントのパンチを、ケインは躰を振るう事で妨害した。打撃は完全には成立せず、言う程は痛くなかった。

 胴の痛みを認識しながら咄嗟に片腕を相手の首に食い込ませた。これは苦しいはずであった。相手は更に打撃を見舞ってこれを妨害した。

 何発かもらってケインの体勢が崩れたところで相手は背負投げのような形で即座に彼を投げ飛ばした。やはり見掛けよりも速い。

 しかし投げはそのままであり、投げた後に組み付いて寝技に持って行くでも無かったので、ケインは痛みに耐えながら受け身を取って勢いを活かしながら立ち上がった。 

 もしかすると相手は組み合った際に、腕力で対抗される事をやや嫌ったのかも知れない。相手は怪力だが、ケインとて超人兵士であった。苦手意識が芽生えたのかも知れなかった。

 ケインはジェームズ・フィグのように高いスタンスで構えた。相手はそれに対して右腕のみを差し出し、手刀のようにそれを構えた。

 下向きの弓形を描く太い腕を半身の態勢で差し出す巨漢は軽く手招きしてきた。罠であるらしかった。

 さて、どう反応してくるか。ケインはじりじりと距離を詰めた。埒が明かないと思ったので踏み込んでその腕を横合いから殴ろうとした。

 相手はその腕力を活かしてケインの打撃を弾き、一瞬低く腰を落としたかと思うと次の瞬間には間合いが狭まっていた。

 相手はそれから両肘を使って連撃を見舞った。ケインもそれについてはある程度読んでいたので捌いたりしながら打撃を返した。

 そのように打ち合っていると、ケインのパンチの一つが相手に裁かれ、空振って間合いが狭まったケインの顔面を相手は肘で殴打した。

 間合いを離そうにも腕を掴まれており、相手は片手でケインの顔面を様々な方向から、様々な手の形で殴った。

 やはりどこか詠春拳的な要素を感じた。相手の武術のバックボーンの一つかも知れなかった。殴られながらもケインは痛みに耐えて思考した。

 相手の高速連撃のタイミングを読んでいた。ソ連の超人兵士はその腕力とスピードに自信があるようであったが、それはケインとて同じであった。

 相手の不思議な指のポーズが見え、それが向かって来たところ目掛けて頭突きで迎撃した。二発、三発、首から上の硬い箇所で相手の打撃を迎え撃った。

 皮膚の下に金属板でも仕込んでいるのかも知れないが、それがどうした事か。そちらが殴るなら迎え撃つまで。

 ケインの迎撃は相手の金属で補強された指にすら負荷を掛けた。相手は痛みを払うように指を動かしたが、その隙にケインは胸に肘打ちを放ち、同じ箇所を殴り、相手がそれに反応して彼の腕を離したところで今度は喉を掴むようにして殴打した。

 やや後退ったところへとジャンプして後ろ蹴りを放ち、それで距離を離した。

 ケインは相手の不思議な構えについて少し考え、それから低く腰を落とした。サルバトーア・ファブリスの構えを無手で実施した。

 へっぴり腰の構えは、その実東洋武術にもケインと同等以上に詳しい眼前の巨漢の目にも奇異のものとして写った。これはなんだ?

「ふん、面白い構えだな。そういうカンフーか?」

 相手はわざと『カンフー』という曖昧表現を使って鼻で笑いつつ、警戒していた。

「多分違うな。イタリアの剣豪サルバトーア・ファブリス、私なりに彼の技を学び、無手に応用しただけだ」

「ほう、イタリアか…」と言いながら、またあの片手を突き出す直立の構えを取った。

 スタンスの高さという差はあったが、しかし奇しくも両者共にその片腕のみを長く付き出す形となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る