第14話 普通ならナイフを持つ方が勝つ、普通ならば…

登場人物

―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞めた超人兵士。

―謎の忍者…ローグ・エージェントが放った刺客

―ローグ・エージェント…暗躍するソ連の軍人。


一九七五年、八月:ニューヨーク州、ブルックリン、ウィリアムズバーグ


 そろそろ終わらせておくかとケインは考えた。阿呆の低レベルな争いもここまでだ。別に長々と、大雨のニューヨークの片隅で戦い続ける必要などどこにもない。早くこの街の人々に安全を確約しなければならない。

 治安そのものの改善は己には難しく、また専門外故に本気でやりたいなら長い事学ぶ必要があろう。だが得体の知れない連中が銃や刃物を持って暴れているというのであれば、その解決には己のようなドロップアウトした超人兵士の出番だ。

 ケインは朝鮮戦争で重傷を負った己が知らぬ間に改造を受けて数十年後に目覚めたという事実を、人々のために役立てる事を名誉に思っていた。様々なルーツを持つ人々よ、アメリカにようこそ。私は可能な範囲で狂った凶悪犯罪と戦おう。

 ケインはしばらくの間脚を封印した。上半身だけでできる戦い方に努めた。相手の意識を時折強烈なカウンター等で『上』に向けておいた。超人的な身体能力と反射速度、及び集中力である種機械的に相手の匕首じみたナイフを逸らし続けた。

 相手の手首や上腕を掴むような具合で手を当てて斬撃や刺突が成立しないようにしていた。彼らの攻防は速く、多くの映画その他におけるナイフの描写がわざと低速で演じている事の証拠となっていた。

 相手がナイフを持っている方の上腕を執拗に捌いたり殴ったりしてそちらに注意を向け、それからその腕を掴んで握力でぐっと痛みを与えつつ、顔面に鋭いパンチを叩き込んで後退させた。腕も離してやったので忍者は自然と後退った。

 ケインはまたボクサーのようにステップを踏んで『上』で戦う風を装ったが、相手が踏み込んだ瞬間にナイフを持つ方の右手を蹴り上げた。相手は逆手に構えたナイフをほぼ水平にしていたので、蹴り上げても刺さらない瞬間が今だと考えた。

 彼の思考は常人のそれよりも速く、例えば自動車の運転で飛び出し歩行者を見て、その間に発生する脳の反応と実際にブレーキという行為が発生するまでのラグなどは、超人兵士であるケイン・ウォルコットの場合は当然相応に速い。

 握っている指を離させるような速く重たい蹴りがナイフを斜め後方へと弾き飛ばし、それに乗じてケインはすうっと動いてショルダータックルを相手の胸に激突させて内蔵や骨を攻撃し、続けて肘を同じ箇所にぶつけた。

 それから相手の首をぐっと左手で掴み、先程二度攻撃した箇所と同じ箇所を右手で何度も何度も殴った。顔面への打撃にはよく耐えている。

 だがこれはどうだ? 痛いし、とても苦しいはずだ。十発殴ると相手の脚を潰すように踏んで注意をそちらに向け、それから鼻目掛けて一発の裏拳を放った。

 次に肘で相手の首を突き刺し、首を抑えて後退ったところでジャンプしながら回し蹴りをお見舞いし、それは一発目が囮でその次の瞬間に逆の脚で顔面を蹴るものであった。顔にやや注意を向けさせた後はまた胸を狙った。

 肋骨やその背後の肺や心臓に響く打撃で戦う意志を削ごうとした。あまりにも痛ければこの謎の忍者も戦えなくなるかも知れない。ふと見れば相手が落としたナイフがあった。相手は既にふらふらになっていた。

 後方へと飛んだナイフの位置まで相手を後退させたのかと思いながらケインは爪先で掬うようにしてそれを蹴り上げて右手でキャッチし、順手で持って何度か振るった。不意に素早く踏み込み、ナイフを突き出した。


 ケインが突き出したナイフは深々と刺さっているように見えた。忍者の胸に当たっており、しかし出血は無かった。ケインは匕首の木で出来た柄で胸に刺突を喰らわせて、今まで攻撃してきた胸の箇所に最大の苦痛を与えた。

 忍者は痛みに呻き、やがて立っていられなくなって崩れ落ちて咳き込んだ。

 そう、これで終わりた。ケインはナイフを一旦捨てて、ふと空を見上げた。未だに雨は続いており、ナイフが落ちる音は大雨が打ち付ける騒音の中で鈍く消えていった。

 開発からやや立ち遅れたこの地区とて、このような謎の危険人物が徘徊していいわけではない。

 一般市民が立ち向かえないような強い何かに対しては、己やその仲間のような者達が立ち向かわなければならない。力ある者の義務であり、別に偉くもなんともない。

 それこそ、日々警察官や消防士が危険と戦い続けているように。彼は彼に可能なやり方で戦い続けているのだ。

 社会をよりよくするために、暴力しか取り柄の無いような己にもできる事があれば――もちろん倫理的に見て問題があってはいけないが――それは素敵な事ではないか。

 しかしケインのそのような感慨を邪魔するものがあったのだ。

「全く、だらしないな。一流の忍者かと思ったが、この様とはな!」

 あのソ連の超人兵士の声が響いた。ケインがそちらを見ると、大雨の向こうで離れた場所にある建物の看板にどっかりと座っているその男の巨躯が見えた。

 よく看板が落ちないなと思ったその時、男の手に何かがあるのが小さく見えた。

 何かの装置か? 無線か?

「これで改めてゲームは再開する!」

 大男がそう言うと、彼は何かの装置のボタンを押したようであった。軍用じみたオリーブドラブのそれは、彼の近くで倒れて呻いていた忍者に慄然たる変異をもたらした。

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