とあるクラスメイトの証言

 クラスメイトの水無瀬ひかりちゃんを見ていると、わたしは生まれ持ったスペックの不公平さをまざまざと思い知らされる。

 容姿が整っているだけでずるいのに、それに加えて頭まで良い。運動神経だって抜群だ。選択科目である音楽の授業が同じなのだけれど、歌も上手くてピアノまで弾けるらしい。せめて性格悪くあれ、というわたしの卑劣な願いは届かず、誰にでも分け隔てなく親切で心優しい。まったくもって、非の打ち所がない女の子だ。

 そんな完璧なひかりちゃんと一介のモブであるわたし・富田菜摘は、同じクラスの友人同士である。お昼ごはんは一緒に食べるけれど、休みの日にわざわざ出かけるほど仲が良いわけではない。わたしに限らず、ひかりちゃんは誰に対しても一定の距離を保っているように見える。


「あ。ひかりちゃんのお弁当、今日も美味しそうだねー」


 ひかりちゃんが赤いお弁当箱を開いた瞬間、わたしはついつい中身を確認してしまう。彼女のお弁当を作っているのが、このうえなく無愛想で感じの悪いクラスメイト――上牧悠太だと知ってしまったからだ。

 上牧は目つきが悪くていつも面倒臭そうな顔をしていて、それでいて結構細かくて口うるさいところがあって、女子に対する優しさというものが微塵も感じられない。そんな上牧があのひかりちゃんと付き合っているのだから、人生というものはわからないものだ。完全無欠なひかりちゃんの唯一の汚点と言えなくもないけれど、むしろ「冷たくされても健気に好きでいられるなんて天使!」という形で好感度を上げている。


「でしょ? ほんとに毎日美味しいの。見て見て、ピーマンの肉詰めが入ってる」


 ひかりちゃんは自慢げにそう言って、照れ笑いを浮かべた。いつも凛としていて近寄りがたいひかりちゃんだけど、そういう表情をするとちょっと親しみやすい印象になる。

 それにしても、「あの」上牧悠太が作ったとは思えないくらい立派なお弁当だ。バランスが良く彩りも美しく、ウィンナーがタコさんの形になっている。あの仏頂面の男が、どんな顔をしてタコさんウィンナーを作っているのだろうか。そういえば、文化祭でオバケタマゴを大量生産している姿もなかなかシュールだった。


「上牧ほんと料理上手いし器用だよねー。文化祭、びっくりしちゃった。誰にでも取り柄はあるもんだね」

「うふふ。そうでしょ?」


 わたしが言うと、ひかりちゃんはまるで自分が褒められたかのように、表情を輝かせた。いや、彼女は自分が褒められたとしても、こんなに嬉しそうな顔をしない。新庄くんに歯の浮くセリフで褒め称えられているときも、お人形さんのような笑みを貼りつけているだけなのだ。


「文化祭といえば、ダンスパーティーのひかりちゃんと上牧くん、ちょっとすごくなかった!? あたし、ドラマ見てるのかと思った!」


 他のクラスメイトがそんなことを言い出して、ひかりちゃんは恥ずかしそうに頰を染めて目を伏せた。照れている顔もとてつもなくかわいい。

 文化祭を締め括る、後夜祭のダンスパーティー。ミスコン優勝者であるひかりちゃんの元に、上牧悠太は息を切らしてやって来た。あろうことか彼女に手を伸ばして、「おまえ、俺と踊るんだろ」と言い放ったのだ。嬉しそうに笑ったひかりちゃんは、迷わずステージからジャンプして、彼の胸に飛び込んだ。相手が上牧でさえなければ、と思うくらいに、ドラマチックで素敵な光景だった。


「上牧、塩対応だけどなんだかんだでひかりちゃんのこと大好きだよねー……」

「そりゃ、こんなにカワイイ彼女がいたら大好きにもなるでしょ」

「そんなことない。悠太は、私のことなんて全然好きじゃないよ」


 わたしたちの言葉を聞いたひかりちゃんは、やけにきっぱりとそう言った。わたしは首を傾げて「でも、好きじゃなかったら付き合わないよね?」と訊いてみたけれど、ひかりちゃんは何も答えず美しい笑みを浮かべている。口に出さずとも、これ以上は何も訊かないで、という雰囲気をひしひしと感じた。

 ……こういうとき、ああ壁を作られているな、と思うのだ。わたしは諦めて、それ以上は追求しなかった。

 ひかりちゃんは背筋を伸ばして、きれいな所作でおかずを口に運んでいる。もぐもぐと咀嚼する表情は幸せそうで、こんなに美味しく食べてもらえたら上牧も本望だろうな、と思う。

 そういえばひかりちゃんは、上牧と付き合うまではほとんどまともにお昼を食べずに、ビスケットのような栄養補助食品ばかり口にしていた。上牧と付き合うようになってから、ひかりちゃんの顔色はどんどん良くなり、肌はきれいになり、髪もつやつやになって、なんだか美しさに磨きがかかった気がする。恋は人をきれいにするって本当なんだな、と思っていたのだけれど、もしかすると恋じゃなくて手作り弁当のおかげだったのかな。

 談笑しながらお弁当を食べ終えたひかりちゃんは、両手を合わせてお行儀良く「ごちそうさまでした」と言った。


「あー美味しかったあ」


 ひかりちゃんはそう笑って、赤いお弁当箱を大切そうに鞄にしまう。まるで宝物でも扱うかのような手つきに、わたしはちょっと微笑ましい気持ちになった。



 私のクラスでは、月に一回ほどのペースで音楽室の掃除担当が回ってくる。男女ペアで放課後残って掃除をすることになっているのだが、みんな面倒くさがって適当に済ませてしまうのだ。

 それでも、掃除の相手が上牧悠太だとそうはいかない。こいつはものすごく真面目な訳ではないのに、やたらと几帳面できれい好きらしく、かなりきっちり掃除をするタイプだ。上牧と一緒だと時間かかって嫌なんだよね、とみんな口を揃えて言っている。


「富田、四角い床を丸く履くなよ。隅に思いっきり埃残ってるじゃねえか」


 ブツクサと文句を言ってくる上牧に、わたしは早く終わらせて部活に行きたいんですけどねえ、と心の中で毒づく。文化祭を経て少し見直した気もしてたけど、やっぱりこいつはいけ好かない奴だ。


「上牧、ひかりちゃんに対してもそんななの?」


 わたしの問いに、上牧は不愉快そうに片眉を上げた。かったるそうに「そんなわけねえだろ」と答える上牧を、わたしは意外な気持ちで見つめる。上牧も人並みに、彼女には優しくしているのだろうか。まあ、お弁当作ってあげてるぐらいだし……。


「水無瀬に対してはもっとボロクソ言ってる」


 ――いや、全然そんなことはなかった。ひかりちゃん、よくこの男と付き合ってるなあ。わたしはホウキに顎を乗せて、じろりと上牧を睨みつける。


「上牧、ほんとにひかりちゃんのこと好きなの?」

「…………」


 数秒、変な間が空いたのち、上牧は投げやりな口調で「全然好きじゃない」と答えた。

 やっぱりこのカップルはなんだか変だ。なんだか、ひかりちゃんのことが好きだと認めたくないみたい。ツンデレを拗らせてるんだろうか。


「えー、好きじゃなかったら毎日甲斐甲斐しくお弁当作らないよね?」

「別に、ただのついでだし」

「上牧のお弁当、美味しそうだったなー。毎日中身考えるのも大変だよね。わたし、お弁当のおかずならコロッケが好きだな」


 なにげないわたしの発言に、上牧は露骨に嫌そうに表情を歪める。


「やだよ。あんなめんどくさいもん、いちいち作ってられるか」

「え、コロッケってめんどくさいの?」


 わたしの素朴な疑問に、上牧は蔑むような視線をこちらに向けて「富田、料理しねえだろ」と言った。本当のことだけど、ちょっとムカッとする。


「揚げ物は大抵後片付けがめんどくさいけど、そもそもコロッケは行程が多すぎるんだよ。ジャガイモの皮剥いて、茹でて、潰して、タマネギの微塵切りして、混ぜて、そのうえでさらに成形して揚げなきゃいけねーんだぞ。俺は自分では滅多に作らない。惣菜でも充分美味いし」

「そうなんだ……」


 たまに我が家の食卓にも出てくるけど、あんまり気にしたことがなかった。いつも文句ひとつ言わずに作ってくれる家族に、ひっそりと感謝を捧げる。


「弁当に入れようと思ったらサイズも小さめになるし、ソースつけたら他のおかずも汚れるし、めんどくせえだろ」

「ふーん」


 時計をチラリと確認すると、もう部活の開始時刻から十五分以上経過している。しまった、上牧なんかとくだらない話をして無駄な時間を過ごした。

 わたしはチリトリに溜まったゴミを袋の中に捨てると、上牧に向かって「早く終わらせようよ」と声をかけた。



 翌日の昼休み、わたしはいつものようにクラスの女子と机を囲んでいた。ひかりちゃんは二日に一回は上牧とお昼を食べているのだけど、今日は上牧が委員会の集まりがあるとかで、わたしたちの輪の中に入っている。

 ひかりちゃんはいつものように、赤いお弁当箱をウキウキと開けた。中身を確認して「わあ!」とはしゃいだ声をあげる。わたしも思わず横から覗き込んで、あっと叫んでしまった。


「……コロッケが入ってる」


 小さくて丸い、きつね色のコロッケがふたつ。周りにソースがつかないように、きちんとラップに包まれたソースが別添えになっている。おそらく彼の手作りで、冷凍食品や惣菜ではなさそうだ。

 お弁当を愛おしそうに見つめたひかりちゃんは、はにかんだようにコロッケを指さした。


「昨日の帰りに、コロッケが食べたいってリクエストしてみたの。そしたら、作ってくれたみたい」

 

 ひかりちゃんの話を聞きながら、わたしは昨日の上牧とのやりとりを思い出していた。


 ――あんなめんどくさいモン、いちいち弁当のために作れるかよ。


 そんなことを言いつつも、彼はめんどくさい行程をやりきった。ひかりちゃんのためにジャガイモの皮を剥き、茹でて、潰し、タマネギを微塵切りにして、混ぜて、そのうえでコロッケを美しく成形して揚げたのだ。

 ……いやはや、なんと素直じゃない男なんだろう!


「優しいよね、悠太」


 美味しそうにコロッケを頬張って微笑むひかりちゃんは、世界で一番かわいい。そりゃあこんなにかわいい彼女がいたら、好きにならずにはいられないよね。

 ――ひかりちゃん。あなたの彼氏は、あなたが思ってる以上にあなたのことが大好きだと思うよ。

 そんなことを言ったら、また「そんなことない」と否定されてしまうかもしれない。だからわたしはコロンと可愛らしいコロッケを見つめながら、「あのツンデレめ」と呟くだけに留めておいた。

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