【10】離水



ナルーシャ「お疲れ様。予定通りだな」


 3人が敬礼で返す。


ナルーシャ「ウィール、アリナ、マフォ。昨日までの任務、ご苦労だった。時間もいい頃だ。

今回の作戦計画とメンバーの紹介をしていれば、出発準備も完了しているだろう。すぐに召集しよう」





ナルーシャ「全員揃ったな」


 飛行艇を前に、ナルーシャが全員の顔を見渡す。


ナルーシャ「それでは今回の任務、”シールゥリ計画”について説明する。

この任務の目的は、シンザポーラを枢軸国側の新たな港拠点とするための開発とその防衛だ」


 ラーヘルが世界地図を取り出し、テーブルに敷く。


ナルーシャ「まずは背景から説明しよう。

 ヤマトとドイルは枢軸国陣営の二大国であるが、地理的に遠く離れている。

空路でも海路でも、その間には連合国の邪魔が入ってしまい、これまで一部の重要な取引を除いて満足に連携が取れないままでいる。


 一部六発エンジンの航続距離が飛び抜けている輸送機は、なんとか空輸ルートを敷くことには成功しているが、そこにかかるコストが高く、費用対効果がどうしても高くなってしまう。

 同時に、同じ長さの航続距離を持つ護衛戦闘機は存在しないため、この輸送機に乗って移動するのは、かなりリスクが高い。


 そこで、大量輸送をするにあたっては、東太平洋で快進撃を続けるヤマト国が確保した島国シンザポーラに港拠点をつくることで、今後のドイルとの”海路”を強固なものにしようという計画がスタートした。

 それが、今回のシールゥリ計画だ。

 だが、ドイルは技術開発においては世界一であるが、その開発したい技術を試験、量産するには資源や人員が十分でない。

 他にも、ソブリト戦、イグリス・アミリカ戦の影響もある。

ソブリトとアミリカという大国に挟み撃ちにあっているドイルは、植民地での兵器生産や食糧生産が困難な状況だ。

 このまま戦況が良くなることが一番いいのはもちろんだが、その戦況を良くするための兵器が生産しづらいために、時間に比例して厳しくなってしまっているのだ。

正直、我々パツィフィスト勢力がなければ、ドイルは現在活躍している兵器を生産することすら難しい。

 そこで、自国と周辺に築いた植民地のパワーだけではどうにもならない”開発・量産”をヤマトに担ってもらいたいわけだ。

 ヤマトとドイルの結びつきを強固なものにするのには、大きく3つのメリットがあるだろう。


 1つ、新兵器の開発に強いドイルに対し、現存兵器の小型化・性能向上に関しては、ヤマトの技術者の方に軍配が上がる点だ。

 ドイルの技術をベースに、ヤマトがさらに強力な兵器を生産してくれれば枢軸国側は大幅な強化が見込めるだろう。

その取引を行うためにも、シンザポーラは必要不可欠の場所だ。


 2つ、ソブリト・イグリス・アミリカの大国に囲まれているドイルの戦況を大きく変えるのは、この包囲網の外側にいる大国、ヤマトの力を利用することが最も現実的な策である。

現在ヤマトは自国周辺の国々を破竹の勢いで占領しているが、太平洋を挟んだアミリカとの戦争で、アジアでの勢いは徐々に弱まることが予想される。

アミリカは、ドイルにもヤマトにも兵を送っているが、それでもあまりあるほどの戦力を保有している。

 アミリカ中心とした連合諸国を落とすには、ヤマトとドイル間での足並みを合わせ、より強い協力関係の元、挟み撃ち返しすることが必須となるわけだ。


 3つ、此度の戦争に限らず、この二国の間を繋ぐ海路は世界的に見て、これ以上にないほど重要な役割を果たす。

 この海路を制した国こそ、今後の世界の覇権を握る国と呼んで差し支えないほどに、だ。

陸路は道路や線路を引く必要があり、何かあった際には簡単に通行できなくなってしまう。

国境を越えるとなると、余計に管理が難しくなる。

空路は輸送速度に優れているため、早く輸送したいときには便利だ。欠点としては、一度に運べる量がかなり限られてしまうところだ。

 しかし、海路は大量の物量を船と港だけで輸送することができる。陸のように点と点を繋ぐための線を考慮せず、空のように雀の涙程度の量という制限もなく、な。

産業で欠かせない石油や食糧全般、綿、鉄などの原材料は、とにかく量が必要となり、海輸でないと回らない。


 以上が、ドイルとヤマトを繋ぐ港拠点、シンザポーラの整備を目的としたシールゥリ計画の背景だ。

分かったか?ロウ」


ロウ「はっはい!海、めっちゃすごい、大事!ですよね!」


ナルーシャ「・・・いいだろう」


 眉間に人差し指と親指を当てるナルーシャ。



ナルーシャ「さて、続いてメンバーの紹介といこう。

今回は、大きく二つのグループに別れる。

 一つは、ヤマト、ドイルとの外交の場で、パツィフィストの代表として動く政務班

 もう一つが、スクルドが率いるヴェンダーとサポーターで構成する方を工作班。

無論、私は政務班だ。全体の作戦指揮も兼ねる。ラーヘルにはその補佐をしてもらう」


ラーヘル「はっ!」


ナルーシャ「また、政務班の基本護衛は彼女、イリアスに任せる」


イリアス「イリアス・シールンホルンです。

これまで本部在中がメイン、あとは東部戦線にちょいちょい顔を出していたくらいだから、初めましての人が多いかもしれませんね!」


 ポニーテールを揺らしながらゆっくり敬礼する。


ラマ(我々にお茶を出していたこの人は、マネージャーではなく、ヴェンダーだったのか・・・)


イリアス「今回はルーシャの護衛を担当することになりました。なんででしょう?」


ナルーシャ「・・・分かってるくせに」


イリアス「ちゃんと明言してくれないと分かりませんよ〜。

まぁ、ルーシャとはこんな感じでほぼ同僚です。

よろしくお願いしますね!」


ナルーシャ「護衛が一人で、しかもこんなに緊張感のない奴。頼りなく思うかもしれないが、これでも実力は確かなんだ・・・。私からもよろしく頼むよ」


 また、眉間に手を当てている。

哀れんでしまうほど、彼女の困った表情は見慣れてきた。



ナルーシャ「政務班は以上の3名で動く。そのほかは全員工作班だ。

基本的に、各国上層部と交流する政務班が指示を送り、工作班で実働してもらうことになる。

 現場はこれから整備する国であり、そこにヤマトとドイルという大国が二つ介入する。

政務班はもちろん、工作班も臨機応変な対応に迫られることが多くなるだろう」

それでは、工作班のメンバーだが、まず班長から。スクルド!」


スクルド「はい」


 肩まで伸びた灰色の髪、黄色を混ぜた眼は鋭く、関わりにくい雰囲気を漂わせる。


ナルーシャ「ヴェンダーのまとめは頼んだぞ」


スクルド「あぁ」



ナルーシャ「ジュリー・ホーラルン!」


ジュリー「はいっ!」


 胸までの長さがあるオレンジの髪を三つ編みで束ねている。

任務中の引き締めた表情ですら、幼さが残る雰囲気がある。



ナルーシャ「ロウ・ナイルドーズ!」


ロウ「うっす!」


 その巨躯だけを見ると威圧感を感じるが、その表情は柔らかな微笑みを浮かべている。



ナルーシャ「ウィール・バグラス!」


ウィール「はい!」


 奇抜なヘアスタイルと赤と白の螺旋模様のステッキは、ピエロを想起させる。



ナルーシャ「アマネ・コノエ!」


アマネ「はいっ!」


 右目には黒い眼帯、肩にかかる程度の黒髪。

背中に背負った大きな狙撃銃と、多数の弾薬や拳銃、ナイフポーチなどの物騒(ぶっそう)な装備とはギャップのある、小柄な体が特徴的だ。



ナルーシャ「アリナ・ケラーマン!」


アリナ「はーい!」


 腰まで伸びた長いピンクの髪と、常に赤い頬。出るところが出て引っ込むところはひっ子いる体のラインなど、全体的にお姉さんらしさを醸し出している。



ナルーシャ「マフォ・モリカ!」


マフォ「・・・」


 声が出せないため返事はできないが、代わりに右手を大きく振り上げる。

困ったような目と剥き出しの歯がデザインされた白い仮面と、赤いベスト、黒いハット帽がトレードマーク。


ナルーシャ「先に紹介したイリアスと君たち七人が、本任務に参加するヴェンダーだ。

先に説明したように、今回は他の任務より重要度が非常に高い。

これまで経た訓練と実戦の成果を、シンザポーラで見せてくれ」


「「「はいっ!」」」



ナルーシャ「それと、ラマ・ボーガス!」


ラマ「はいっ!!!」


ナルーシャ「君にはサポーター全体の指揮をお願いする。シンザポーラで合流する15名のサポーターも、君の直轄部隊になる。

ヴェンダーをまとめるスクルドと共に、その頭を最高速で回せ」


ラマ「かしこまりましたっ!」





 気泡が絶えず浮いてくる。

ドイルの飛行艇部隊が出発前の最終確認をしているようだ。


「ブクブク・・・プハッ

機体底部、下垂板、共に異常ありません!」


「全員の搭乗を確認しました!また、物資に関しましても、最終チェックをクリアしています!」


「よし、準備完了だな。上がって乗り込め!」




〜機内〜




ツァイム「パツィフィストの皆様、初めまして。

 この度、皆様をシンザポーラ国沖合までお送り致します、ドイル特殊飛行小隊隊長、エポー・ツァイム少尉であります!

これより到着まで、皆様への機内アナウンスは全て私が担当いたします。

安全のためにもご協力いただきますよう、よろしくお願い申し上げます」


パチパチパチパチパチパチパチパチ


 乗り込んだ全員が拍手した。


アマネ「えへへぇ〜!」


 餌を見つけた猫のような目をした少女の拍手は、誰が聞いてもわかるくらい力強く、目立っていた。


ツァイム少尉「それでは、間も無く離水します。皆さん、シートベルトを締めてしっかり掴まって下さい!」


 全員が丸まり、近くの手摺りに掴まる。


グウィイィィン・・・

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ


機長「離水地点まで・・・・800・・・700・・500・・・300・・・200・・・150・・・100・・・50・・離水ッ!!!!!」


副機長「離水ッ!!!」


ザバァ


機長「・・・離水成功、安定高度まで高度を上げ続けるぞ」


副機長「了解!」





ウィール「んでよぉ、爆破する前にアリナがネックレス忘れたとか言い出してさぁ〜」


アリナ「あのねぇ!あんな超速で動かれたら、取れちゃっても不思議じゃないでしょ!

っていうか、マフォはその仮面なんで落ちないの!?」


マフォ「・・・」

 両手の掌を空に向けて首を傾げる。


アリナ「はぁ。もうしばらくウィールとは組みたくないわ〜」


ジュリー「アリナさん、ここにいる時点でこれから一緒ですよ・・・」


ウィール「これからもよろちくねぇ〜!」


 やたら大袈裟にウインクをキメるウィール。


アリナ「スクルドくぅん!ピエロがお姉さんを虐めるぅ〜!」


スクルド「そうか」


ロウ「アマネの奴、戻るのおせーな」



バタン、キィー



 機長室側の扉が開く。


ツァイム「楽しんでいただけたようで何よりです。本当に兵器がお好きなのですね!」


アマネ「はい!特に、こういう輸送機に乗ることは少ないので、空中で放つ機銃って新鮮なんです!本当いいもの見れたなぁ〜!ありがとうございます!!!」


ツァイム「いえいえ!それでは、出発まであと少しですので、私は戻りますね!」


アマネ「はいっ!ツァイムさん!ありがとうございました!!!」


ツァイムは敬礼をして、そのまま機首へと続く扉の向こうへ歩き出した。



ロウ「随分遅かったじゃねぇか、いいもん見れたか?」


スクルド「おい、よせ」


アマネ「うん!何がすごいってね!20mm機関砲の装備数が一回り大きい爆撃機並みかそれ以上にたくさんついてたの!ロウ、これがどういうことか分か」


ウィール「ま〜〜あまぁまぁまぁそれはすごいわね〜、たくさん見学してきて疲れたでしょうそうでしょう!ささっ機内でしかいただけないお茶でも、どうすか?」


 マフォが入れたての紅茶を差し出す。


アマネ「紅茶はありがたいけど、まだ話したりなぁぁぁい!!!!!」



スクルド「・・・」


(シャルガ「午前は割と良いんだけど、それ以上に午後が良くない。一応気をつけておくといいよ」)


スクルド(無事シンザポーラに着くといいんだが・・・)







 飛行艇が離水して3時間後。

レーダーに飛行艇を捉える4機の戦闘機の姿があった。



「見えたか?・・・」


「あぁ、あれの中に得体の知れない能力者がつまってるんだろ?」


「そうだ」


「こちら第16西方空隊。ストーグラー基地司令部、目標を確認した。攻撃の許可を。どうぞ」



「・・・こちらストーグラー司令部、第16西方空隊の目標への攻撃を・・・許可する」


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