第8話 修行と才能
翌日からはアレンと共に魔術師の訓練が始まった。
おばぁから各マナを片手に注いでもらって、反対側の手から放出するという、いつもの訓練である。
アレンも私と同じように、火、水、土、草、風の5種類のマナに関して、2週間ずつ進めていくことになった。
私はこのローテーションのちょうど3週目に入ったところであった。
おばぁとアレンと私、3人並んで玄関前に立っていた。
そうして、訓練に入る前に、アレンはおずおずと切り出した。
「あの……、ウィットロック様……、弟子にしていただいたのですし、そろそろ」
「はぁ? あーもう、何を言っておるんかねこいつは」
おばぁは大声でアレンの言葉を遮った。
「まったく、私はあんたを弟子にするとは一言も言っとらんぞ。あと、ついでに私のことは『おばぁ』で良い」
「え、は、はい、おばぁ様……、弟子」
「『おばぁ』のみで良いと言っとるんじゃ!」
またしてもおばぁは大声でアレンの言葉を遮った。
おばぁのペースに巻き込まれて、アレンは交通事故を起こしていた。
初めておばぁとまともに話すとこうなるのか、と私は興味深く観察していた。
「はい! おばぁ!」アレンは半ばヤケクソ気味に言った。
「よろしい! で、何じゃ?」
「……あれ、えーっと……」
アレンは斜め上を見上げていた。記憶がそこから降ってくるのを待っていた。
「うーんと……、そうだ。俺は、その、弟子じゃ、ないのですか……?」
「まったく、違う。そんなことは一言も言ってない。ただひたすら訓練を積ませるだけじゃ。断じて弟子ではない。そもそも私は弟子をもう取らないと決めておる」
「そうなのですか……。それじゃトーカも……、弟子ではないのですか……?」
「トーカは……」
おばぁは私から目線を逸らしつつ遠い目をしていた。
「家族じゃな……」
唐突なおばぁの優しい言葉に、私はとても驚いた。
おばぁが約2年半前に私を拾ったのは『そこで助けなきゃ死ぬ』と言う状況のせいだったと思う。
そうして半ば無理矢理、例の御神木の元で私を拾うことになって、どうにも仕方なく育て始めたんだと思う。
おばぁはいつも私の前でぶつぶつと独り言を言っていたし、悪態をついていたことから、あまり子供のことは好きじゃなかったんだと思う。
でも。
それでも、毎日暖かくて美味しいご飯を食べさせてもらったり、例の警護団から守ってくれたり、こうして魔法を教えてくれたり、とてもとても良くしてもらっていることは自覚していた。
とても有難いと思っていたし、私にとってはたった1人のママのような存在だった。
私は家族だと、勝手に思っていた。
でもおばぁにとっては、迷惑な同居人なのかなぁなどと勝手に想像をしていた。
おばぁはあまり自分の気持ちを話さない人だった。
でも、おばぁが今、私のことを家族と言ってくれた。
私は初めて、おばぁの気持ちを聞いた。
一体どういう思いで私を育ててくれていたのか、今日初めて聞くことが出来た。
――家族かぁ……。
私は胸の奥がじんわりと暖かくなるような感情を覚えた。
元の世界では失っていたものの1つであり、この世界でも最初から切られてしまったものである。
それでも、それをおばぁが与えてくれた。
胸の奥から込み上げてくるものがあった。
「おばぁ……」
私はおばぁに近付いて抱きつこうとした。
「あーもう! うっさい! 何じゃ! そんなにしんみりしおって!」
と言って、おばぁは私の肩を両手でがっちり掴み、距離をとった。
おばぁの顔を見上げると、悪態をつきつつも私とは目線を合わせず、どこか恥ずかしそうにしていた。
そして、その様子をポツンと1人、アレンが眺めていた。
「いつ訓練は始まるのかな……?」
***
アレンとの共同生活は順調に過ぎていった。
朝起きて朝ご飯を食べて、午前中は魔法の訓練に費やして、お昼ご飯を食べてから午後は自由時間で、日が暮れて晩ご飯を食べて眠りにつくと言う非常に規則正しい生活をしていた。
午後の自由時間は、森の中におばぁと一緒に散策に出かけて野草や木の実などの食料を確保したり、はたまたおばぁが実験室に籠る日は家の前で地面にお絵描きをしたり、おばぁの本を持ち出して読んだり、のんびりと過ごしていた。
その他にも、ひと月に1回程度、ダミアンが訪ねてくることもあった。
アレンを預かってから、おばぁのダミアンへの風当たりが強くなったようにも思えるが、ダミアンは飄々とおばぁの悪態をかわしていた。
「まったく! あんたも、どうしてあの日、あんのクソ母親と一緒に帰りやがった!」
「いやーだって、俺は行商人だぜ? こんな辺鄙な場所に何日もいられるかってんだ。さっさと自治区に行って取引をしないといけないんだよ。そう母親に言ったら、私もついて行きたいとか言い出しただけなんだって。俺のせいにしてもらっちゃ困るよ」
「ふん! まったく、どこまで本気で思ってたんだか! 2人いるせいでどんどん貴重なマナ排出薬が無くなって困るから、ほら、さっさと追加の材料を持っておいで! もしマナ排出薬が無くなりでもしたら、またアレンは手足の先から腐り始めるんだからな!」
「はいはい、伝えておくよ。あと、これが今月の材料とお金と日用品と食料。他に欲しいもんは無い?」
「そうじゃな、今は大丈夫じゃ」
「それじゃお薬を……、って今月少なくない? ちょっと足りてないんだけど」
「あーもう! うるっさい! 訓練に時間がかかるし、調合する時間が無かったんじゃ! 残りはあのクソ母親にでもつけとけ!」
「えー……、まじですか……結構いってますよ」
「うるっさいわ! あいつ自身が『いくらでもお金は大丈夫』って言ってたんじゃ。私の所為ではない」
また、時折、おばぁが薬の調合の基礎を教えてくれることもあった。
私の訓練も3周目に入り、安定してマナを放出出来るようになってきたため、とのことだった。
アレンの治療の際に、実際に安定してマナを出せるようになったと確認できたのが大きかったのだろうか。
おばぁが材料を鍋に投入したところで、杖の先端をそこに突っ込み、おばぁにマナを貰いながら、それを体内を通して鍋に投入するのである。
おばぁの指示に従って、マナ量を調整しながら混ぜていくと、徐々に色やとろみ、材料の溶け方がどんどん変化していき、それを見ていくのはとても興味深く楽しかった。
「普通は薬草を色々混ぜていくことで薬を作るがの、こうやってマナを注ぎ込むことで、一段効果が高いものが作れるんじゃよ。これは私の師匠が編み出したテクニックでのう……」
おばぁは遠い目をした。
「師匠って、あのトーカさんですか?」
「おお、そうじゃそうじゃ。前にも言ったな。治癒魔術は昔からあって使える魔術師も多いが、薬の精製に魔法を使う魔術師はあまりいないんじゃよ。というか、そもそも
なるほど。
おばぁは、薬師兼魔術師だから非常に貴重な存在だ、と言うことか。
この世界では魔法の習得にかなり時間がかかるみたいで、全員が使えると言う訳でもなさそうだし、確かに凄いことなのだろう。
そして薬の精製に魔法を使い始めたのが、何を隠そう、私の名前の由来であるトーカさんなのだから、本当に凄い人だ。
――私もトーカさんみたいな凄い人になれたら良いな……。
と思った。
一方で、アレンの魔法の訓練はうまくいっていないようだった。
私と同じようにおばぁからマナを注がれて、気持ち悪そうにしつつ、左手からそのマナを放出しようとするも、ほとんど何も変化が無いことが多かった。
確かにアレンはそれぞれのマナについて1周目ではあるものの、私の時よりも、放出が上手く出来ないようだった。
唯一火のマナだけは、コンスタントにマッチくらいの火の玉をポンっと出すことが出来ていたが、その他の4種類のマナについては、手汗なのか水のマナなのかわからなかったし、自然の風か風のマナで起きた人為的な風なのかわからなかったし、土や草のマナに至っては、何か変化が起きたかすら良く分からなかった。
そうして、気持ち悪そうにしながらも、おばぁからマナ排出薬を受け取って、注がれたマナのほとんどを使用することなく排出していた。
各マナ2週間ずつ、1周目が終了し、夏になり2周目に入ったが、1周目からあまり進展は見られなかった。
しかしアレンは努力をした。
最初に『いっぱい努力をします』と言ったのは嘘では無かった。
私とアレンの通常の訓練は午前中で終わってしまうのに、アレンは午後もおばぁにくっついて、マナを注いでもらっては、苦しそうな顔をしつつ1人で森に向かって杖を伸ばしていた。
そうして苦しい顔をしつつ、マナの放出に色々と試行錯誤しながら、挑戦をし続けていった。
アレンはマナが出ないことを確認すると、最後におばぁからマナ排出薬をもらって、苦い顔をしつつ飲んでいた。
本を読んだりお絵描きをしたり、気ままな生活をしている私とは大きな違いである。
ある日、夏の終わりの残暑が厳しい午後、私が家の周りの地面で、小枝を持って気ままにお絵描きをしていると、アレンがとぼとぼと近づいてきた。
顔色が悪いところを見ると、まだマナ排出薬を飲んでいないようだった。
「なぁ……、トーカ、マナを出すのに、なんかコツとかあんの?」
これまでアレンは私にあまり魔法の話題を振ってこなかった。
それは日々の訓練で私との差をありありと実感しており、そして、その差はきっと練習期間の差なのだろうと自分を納得させていたのか、または、私の方が年下で女の子ということもあり、色々なプライドが邪魔だったのかもしれない。
おばぁには積極的にいろんなことを聞いていたが、私に対してはほとんど魔法について訊ねてこなかった。
しかし、そんなアレンが私にコツを訊ねてきている。
めちゃくちゃ素直に、実直に。
私は出来る限り、アレンに有意義なアドバイスをしたいと思った。
「コツ……ねぇ……」
しかし、私はあいにく適切なアドバイスを持ち合わせていなかった。
マナの放出については、非常に感覚的なもので、中々言語化するのは難しかった。
どこかでおばぁも言っていたが、魔術師になれるか否かはマナを扱う才能による、というのは本当なのかもしれないと薄々実感していた。
しかし、私は出来る限り、自分の感覚を伝えてみることにした。
「こう……、車酔いのような感覚に意識を向けると……」
「『車』酔い? 馬車のことか? どうして馬車で酔うんだ……?」
――あ、しまった……、油断した……。
「あ、えーっと……、マナが入ると意識が狂う感じしない? その時に自分の体内を流れる『何か』に意識を向けるとさ、こう、流れの性質がマナによって違ったりするでしょ。ドロドロとかトロトロとかサラサラとかスルスルとかポカポカとか」
「…………わっかんね……」
――そっかー!! わかんないかー!!
「トーカはいいよな……、色んな才能があってさ……」
アレンは地面に目を向けてポツリと言った。
『才能』という言葉に私は少しだけビクリとした。
アレンもここ数ヶ月魔術師としての訓練を経て、何か感じるところがあったのだろうか。
憧れか嫉妬か、又はその両方が混ざった感情を見てしまった気がした。
しかし、ハッと気付くと、アレンは明るい表情になった。
「これってリバーボアだよねー、トーカって本当に上手いよね!」
気まずいと思ったのか、話題を転換してくれたようだった。
視線の先には私がさっきまで気ままに描いていた絵があった。
最近はおばぁが狩ってきたこの世界の動物や魔獣、薬草や魔草をなるべくシンプルに描くことにハマっていた。
「……、ありがとう」と私は少しだけぎこちない笑みを向けた。
「そうだ! 俺を描いてくれよ!」
アレンは何とかこの場を明るくしようとしてくれていた。
「……、えー……」
「何だよその顔……、ちょっとショック受けるだろ……」
私はアレンが真面目にショックを受けてる様子が面白くて、少しだけ吹き出してしまった。
ようやく自然に笑えたような気がした。
「……わかったよ、ちょっと待って。何かポーズとってよ」
「ポーズ? ……それじゃ、はい」
アレンは杖を左手で突き出し、右手を腰に当てたポーズを取った。
魔術師が魔法を放つ瞬間をイメージしたポーズのようだった。
「ちょっと待って」
私はそう言うと、地面に小枝を突き立てて描き始めた。
がりがりと地表を削り取りつつ、太い線で描き続ける。
あまりアレンのポーズには頼らずに、シンプルな線でわかりやすくして……表情は大事だからちゃんと描き込んで……。
「できた」
「おー……、って、俺こんなポーズしてないよ!」
私が描いたのは、四つん這いになって、不快そうな表情でゲロをゲーゲーと吐き出しているアレンの姿だった。
訓練初日のアレンの様子を思い出して描いていた。
「もっとちゃんと描いてよ!」
「はいはい、冗談だよ、ちょっと待って」
今度はアレンはポーズを取らずに、私の地面のキャンバスを覗き込む位置に立っていた。
私の絵を監視しているとも言えた。
私はさっきのアレンが魔法を放つポーズを思い出しつつ、腕と脚に動きをつけて、相当格好良く見えるようにアレンジをしながら、ザリザリと簡単な線で描いた。
線が描き加えられるたびに、アレンは徐々に表情を明るくしていき、口もどんどん開いていった。
「うわーすごいすごい!」
まだ完成をしていないのに騒ぎ始めた。
そして顔は漫画調に脚色して描いた。
相当格好良く作り込んだ。
前世で似顔絵バイトをやっていた経験がここで活きる形になった。
あの観光地でよく見るやつである。
「はい、できた。どうよ」
「すごいすごい! めちゃくちゃ格好いい!」
アレンは飛び跳ねんばかりにテンションを上げて喝采した。
「何だかこれを見ると、俺も魔法が使えるような気がしてきたよ! 不思議と勇気が出てくるっていうか! 本当にすごいこれ!」
「それは良かった」
私は冷静に言いつつ、自然と笑みが溢れるのを感じた。
どこか懐かしい、暖かい感情が湧き上がってきた。
「本当にありがとう! めっちゃ嬉しい! これ、どうにかして取っとけないのかな……。こういい感じに表面だけ削り取って……」
私はどうして懐かしく感じるのか不思議に思ったが、不意に思い至った。
――あれは……、幼稚園……の頃? 1人で楽しくお絵描きしてたら、友達に褒められたんだったなぁ……。カズくんフミちゃんワタルくん。それが嬉しくて、また楽しく好き勝手にお絵描きして、見てもらって褒められて。あぁ、ただただ、純粋に楽しかったなぁ……。
不意に遠い昔の記憶のフタが開いた。
そして気づいた。
私が画家を目指したきっかけは、きっとコレだったんだな、と。
絵を描いて楽しい、友達に見せて褒めてもらって嬉しい。
きっとそういう純粋な感情から、画家を目指し始めたんだと思う。
画家を目指す過程で色々ありすぎて忘れちゃってたけど……
――絵を描くのって楽しいよなぁ……。
私は心の底から思った。
そして、やっぱりこの世界でも画家になりたいなぁ、と私は思った。
それと同時に、どうにかしてトラウマを克服しないといけないなぁ、とも思った。
――いったいどうしたらいいんだろう?
***
私が3歳になった。
そしてアレンが訓練を開始して半年経った。
唐突におばぁがアレンに宣言した。
一切の感情を込めず、淡々と、静かに。
「アレン。あんた、魔法を使う才能が無いよ。もう諦めて帰りな」
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