第7話 これからの希望

「お〜、久しぶり。一ヶ月ぶりの定期検診へようこそ!! 結月君。」


「はい、お久しぶりです。先生も相変わらずで何よりです。」


昨日の出来事から打って変わって、今日は月一の定期検診の日だ。


中学の頃からずっとあの発作に悩まさせていて、その間ずっと通い続けている。


快く向かい入れてくれたこの人は、俺の担当医である向井先生、発作に悩まされてからの三年間、ずっと担当を受け持ってくれている。


最初の方では、俺があまりにも人を信用出来なっていたため、向井先生にもすごくキツくあたってしまっていた。それでも毎回、今日のように笑顔でむかえてくれて、何一つ嫌味を言わない先生にだんだん心を開いていった。


今ではちゃんと向かい合って話せる一人になっている。


「さて、結月君。いつものように残った薬を持ってきてもらったけど……、やっぱり量は減らないね〜。むしろ先月より増えてるし、何かあった?」


「あの……、実は……。」


そこで俺は、今まであったことを向井先生に説明した。


「ほお〜。そりゃあおめでとう!! 結月君にもとうとう春がね〜。なるほど、それなら仕方がないか〜。まあでも、今までとは少しだけ表情が柔らかくなってたから、何かあったのかとは思っていたけどね(笑)」


「これのおかげか、前には思わなかったことを最近思うようになりました。学校には通い続けたいって……。」


やっぱり、この先生にはなんでも話せるな……。だからこんなことも、つい話してしまう。


そして、先生は少し真面目な表情になり話を続ける。

「なら、少しでも減らしていかなちゃね。結月君にはあまり不安になって欲しくなかったから、今まで言ってこなかったけど、この薬を多量に服用し続けることは最悪、メンタルバランスが不安定になって、通常の生活を送ることが難しくになってしまうこともあるんだ。」


「ええ、知ってます。でもまだ今の自分には、この薬が必要なんです。」


この薬がどんな効果を示すのか、そんなことはもらった当初から調べていた。一時期はこの薬の中毒に陥りそうになったこともあった。その時には、薬を親に回収してもらうようにして、なんとか防いだ。


こんなことがあっても、頼らずにはいられない。

そのことは、心配せずとも先生はわかってくれているようだった。


「大丈夫、それはわかっているから。今の結月君にはこの薬は必要不可欠だ。それは私も十分承知しているから安心して。ただ、いつかはその薬に頼らずとも、普通の生活を送れるようにサポートしていきたいと思っているから。その子のためにもね(笑)」


「はい、ありがとうございます。って、火帆のことは自分もまだ……、あっ……。」


うっかり普段のくせでつい名前呼びをしてしまった。そこを聞き逃さないのがこの先生なわけで……。


「へぇ〜、火帆ちゃんっていうんだ〜。しかも名前呼びとは、さすがだね〜。」


「いや、それは本人からそう呼んで欲しいって頼まれたからで……、それに、あ、相手からも名前呼びされているので、こっちだけよそよそしいのは悪いから……。」


あー!! すっっごく恥ずかしい!!

こんなことわざわざ話すことないし、火帆にだってこんなこと言ったことないのに!!


「いや〜、青春だね〜!! それにしても、その子はさぞかしいい子なんだろうね〜。あそこまで学校というものを嫌っていた結月君がここまで変わるのだからね。一度顔を合わせてみたいものだよ。」


「あとで、紹介しますよ。先生にはとても感謝していますから。」


そんな話をして、今日の診察は終わった。

そして薬局の方で、今月分の薬を受け取り、俺は病院をあとにした。


今日は一応、平日であるが決まってこの診察の時には学校を休みにしている。


理由としては、初めの方はこの日くらいは休んだ方がいいと両親が判断したからだった。ただ今では病院の待ち時間が長すぎるからというものになっていたが、今日は予想よりも早く終わってしまった。


本屋にでも行くかな……。ちょうど、新しいのが欲しかったし。


そして、俺は時間を潰すために本屋に向かった。そこの本屋には、幸い買った書物を読みながら座れるカフェテリアスペースがあり、ドリンクなども頼める。


それにここは、不登校時代から通い続けているお気に入りの場所だ。


そして、俺はそこの本屋に到着し、目当ての本を探していた。


えっと……、新刊だからこの辺りなんだけど……。

「あっ、あった!!」

「あっ、あった!!」


思わず声を出してしまったと同時に、隣から同じ言葉が聞こえてきた。


そこで隣を見ると、神楽坂 凜夏がそこにいた。お互いに同タイミングで隣を確認したため、あっちも気づいて驚いでいた。


「結月水郷、なぜここにいる。」


「こっちからも同じ質問を投げかけたいよ、神楽坂。」


このまま立ち話していても仕方ないので、お互いに目当ての本を買い、それからカフェテリアの方で話をしようということになった。


対面で座っては見たものの……、あまり神楽坂とは会話した回数がなく、どう話を振ればいいかわからない……。


そう悩んでいると神楽坂の方から話しを振ってきた。


「結月水郷君、こんな時間にどうしてここに来たの? まだ学校のはずだけど……。」


こっちからも聞きたいのは山々だが、一旦、質問に答えた。


「毎月、定期検診のために学校を休んでいるんだ。今日は予想よりも早く終わったから、新刊でも買おうかと思って、ここに来たんだ。そっちこそ、なんでこの時間にいるんだ?」


「私は、今日朝体調悪くって……、午前中まではベットに横たわってたのだけど、もうよくなっちゃって、親にも近くの本屋ならいいって許可してくれたからここによってみたの。」


「なるほど、ならお互いに心身ともに万全ではないってことだな(笑)。」


神楽坂も同じく休んだ組ということを知って、少し表情がほぐれた。


そのタイミングで神楽坂は俺に謝ってきた。

「あの、それと……、昨日はごめん。余計なことを聞いてしまって……。」


気にしていたのか……。

「別に、悪気があったわけじゃないし、それに、普通はこんなことにならないからな。謝る必要は無い。」


それを聞いて、神楽坂はそっと黙り込んだ。でもなんとなくその理由はわかっていた。

「俺からは、何も聞かないんだな。」


そういうと、彼女の目がハッと変わり少々驚いているようだった。

「火帆から全部聞いているし、それに……、人の傷口をえぐるようなことはしたくないから……。思い出したくは、ないでしょうし。」


こういう気遣いは、俺のような症状を持った人にとってはすごくありがたい。思い出したくない過去だと認識してくれているから、理解出来るようだけど。

「その気遣いは、正直言ってありがたいよ。ありがとう。いくら説明を受けても、聞いてくる人は山ほどいるからな。その点、火帆と神楽坂には感謝してるよ。」


「別に、感謝されるようなことはしていないのだけれど……。一応、どういたしまして……。あっ、私ちょっとあなたに挑戦を挑んでいいかしら……?」


どういたしましてと反応した後に、神楽坂は思い出したかのように挑戦という言葉を出してきた。


「? 挑戦とは……、どういうことだ……?」


「あなたに、とりあえず……、数学!! あなたと勝負がしたい!」


どうしていきなり、こんな思いつきになったのかはわからないが……、でも目がすごく本気なのは伝わってきた。負けたのがよっぽど悔しかったのだろうか……。にしても急だな……。


まあ、別に減るものでは無いし、受けてみるのも悪くないか。それに面白そうだしな。


「あっ、でも、問題はどうするだ?あいにくだけど、今日は参考書なんかは持っていないぞ。」


「それなら、挑戦料として私がこの場で買うわ。安心して、あいにく私は、あまりお金を使わうことがないから、ある程度持っているから。」


「それはありがたいけど……、本当にいいのか? 参考書を買うなら、ある程度値段が張るぞ。それなら、勝負をして負けた方がとかの方がいいと思うが。」


この提案を神楽坂は呑んでくれた。そして、どの問題を買うかとなったがお互いにどこまで履修しているのかわからず、一旦確認タイムということになった。


「俺は一応、数IIまでは独学でやってある。神楽坂はどうだ?」


数学が好きなやつはわかると思うが、学校でやるような内容も先取りして、独学で進めていくことがよくある。

「私は数ⅠAまでね。さすがに、まだそこまで手が伸びていない。」


そういう事だったので、結果がわかりやすいように大学入試用数ⅠAのマーク式の問題を買うことになった。


そしてお互いに問題を印刷し、制限時間を儲けて始めた。


この異様な光景に、周りの人達はこちらをチラチラ見ていたが、途中から受験生だと勘違いしたのか、平然と離れていった。


俺は問題に集中していたが、少し久しぶりにやる内容でもあったので、記憶を引っ張り出しながら、問題を解いていった。


そして、あっという間に時間は過ぎ、設定してあったタイマーが音を立てた。


お互いにペンを置き、フーとため息をはいた。そして、自己採点の結果は……。


「俺は、75だ。ミスが結構目立つな……。神楽坂はどうだ?」


「私は、70……。負けた〜……!! やっぱりあなたに負けたのはまぐれではなかったのね〜。完敗だわ。」


「そんなことはない、ここまで張り合えるやつは初めてだったから、楽しかった。ありがとう。」


「いえ、こちらこそ楽しかったし、私も初めて負けた。いい刺激をもらったよ。」


そして、約束通り問題を買った時の料金は神楽坂が払うことになった。少し心苦しいが、仕方ない……。


その後で、神楽坂が突然、俺に提案をしてきた。

「結月水郷君、お願いが三つあります。まず、一つ目は私に数学を教えてください。」


「え……、いや、教えるって言ってもこの通りあまり差はないし、俺が教えるようなことはないと思うけど……。」


それに俺は今まで、人に教えられるような勉強の仕方をしてきていない。しかも、たった5点の差だ。こんなの一つ二つのミスでしかない。


そう思っていると、神楽坂がこう返してきた。

「私がこの点数で止まったのは、ここまでしかわからなかったからなの。まだ全部を理解出来ているわけじゃないってこと。でも、あなたは全てにきちんと計算をしている。この時点で、私との差はこの点数以上にある。だから教えて欲しいの。教えると言っても、一緒に勉強してくれるだけでいいから!!」


そこまで言われると、悪い気もしないし、それに同じくらいのレベルのやつと出来るのは悪いことでもないしな。

「一緒に勉強するってことなら……、別にいいけど、あまり期待はしないでくれよ。俺は人に教えたことはあまりないんだ。」


こうして、一応このような形で数学を一緒にやることとなったが、一つ思い当たったことがあった。


あれ……、そういえばお願いが三つあるとか言ってたような気が……。


その気がしていた通り、神楽坂は俺の心を読んだかのように、二つ目のお願いをしてきた。

「ありがとう。それと、二つ目は私にあなたの英語を教えさせて欲しいの。」


は……? 教えさせて欲しいってどういうことだ……?


「あなたがこの成績で、総合順位五位になっているのって英語のせいでしょ。他の教科に比べて圧倒的に足を引っ張ってる。だから教えさせて欲しいの。一応これでお互いに教え合うってこともできるし。」


たしかに、英語が足を引っ張ってるのは事実だけど……、ここまで知られていたのか……。まあ、教えてもらえるならいいか、どうせ一人だとなかなかやる気にはならないし……。


「わかった、よろしくお願いします。」


「いいえ、これでwin-winね。それと最後は、火帆の友達としてのお願い。火帆、この学校あまり余裕もって入ってきてないらしいの。中には赤点ラインの教科もあるっぽいから、時間があるときに見てあげて。二人でお勉強なんてのもいいんじゃない?」


少し、面白がっている面もあるようだが、たしかに俺としても面倒は見てあげたい。今は火帆がいるから学校に来ているようなものだし……。


そして、そんなやり取りをしていたら店の時計の針は六時近くを示しており、そろそろ帰ろうということになり、途中まで一緒に歩き、分かれ道で別れた後一人でうちに向かった。


今まで、自分のためにしかやってこなかった勉強でまさか人に教えることになるとは……。


病院の後でも俺の中にある時計の針は着々と進んでいるような気がした。






〜続く〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る