第25話 その喧嘩、周りに迷惑です。

 ヨルンさんの腕が力なく落ちた瞬間、何が何だか分からなくなってしまった。

 気が付いたらあのシロクマさんの気配がする白い髪の綺麗な男の人に抱っこされていた。

 前世で見た白魔法使いが着ていそうな白いローブ姿で母様と同じ真っ白な髪は長く、切れ長の細い目からは感情の読めない金色の目が覗いていた。

 目以外は白白尽くしだ。顔立ちは綺麗なんだけど、母様と違って格好いいとかっていうより、鋭いという感じの印象。

 でも怖いという感じはしない。こちらを気遣っている気配がして、しかも姿を変える方法を教えてくれた。母様と違って、普通にわかりやすかった……

 精霊が、じゃなくて母様がああなのだとわかった瞬間だったが、とにかくヨルンさんが心配で言われるまま母様を呼んで助けてもらって、大丈夫だと言われたら安心して思わず泣いてしまった。

 とりあえず気が付いたらしいヨルンさんを喧嘩を始める二人から離して隊長さんに預け、二人に対峙する。


「怪我人がいるのでここで力撒き散らさないでください!」


 そう、この二人こんな場所で風だの冷気だの駄々洩れにしまくりだしたのだ。

 やけに見晴らしの良くなった、崩壊した周囲はきっと母様がやらかしたのだろうが、これ以上の被害はさすがに止めなければ。

 声を張り上げればピタリと口を閉ざしてこちらを見る残念美人の母様と、冷徹そうな見た目のわりにお人好しそうなシロクマさん。


「す、すまぬ……そういうつもりではないのだが、つい」

「母様。私が生まれた時も、つい、とか言って私を口に咥えてブンブン振り回したあげく、強風撒き散らして崖下に転がしそうになってましたよね」

「なっ……お前何やってるんだ!」

「いや、それはその……嬉しかったから、ほら……な?」

「しかも飛ぶ方法を教えたかったのか知りませんけど、いきなり空中で私を取り落としましたよね? 右往左往する私を助けもせず見るだけで」

「ああ?!」


 シロクマさんが凄い顔で母様を睨みつけた。


「いや、あれは、偶々……そういうつもりではなく…だな。結果的に飛べたのだから……」

「お前は……名の繋がりが無い状態がいかに不安定か知っているだろうが!!」


 ピシャーン。と、それこそ本物の雷のごとく腹の底から怒鳴るシロクマさんに、それでも平気な顔で、いやーと頭を掻く母様。強心臓だな。


「水のも千年そんな状態だったって聞いたから…まぁ平気かと……」

「あいつはきちんと自分の状態を理解して、住処に閉じこもっていたから何事も無かっただけだ! 変な気配がすると思って来てみれば人の中にいるこの子を見つけてどれだけ驚いたか! 帰れと言っても帰らぬし! 気になってちょくちょく見に来ていたら人のごたごたに巻き込まれてこんな事になっているし!」


 あ。シロクマさん、実は私の様子を見に来てくれていたらしい。

 それはそれとして、


「シロクマさん、冷気出てるのでちょっと抑えてもらえますか?」


 指摘すると、シロクマさんは怒りの顔から無の顔に戻りこちらを見た。


「子よ。私はシロクマさんではない」


 あ。はい。


「えーと、アルクティさん」


 何とか思い出して言った瞬間、ぴんと何かが繋がった気がした。

 シロクマさん、改めアルクティさんはそこではぁーと長い溜息をついた。


「先にお前が私の名を呼んでくれていればまだどうにか出来たのだが……あんな半端者に繋がってしまって……」

「ずるいぞ氷の! 母は私なのに!」

「気にするとこはそこなのか。それ以前にお前、名前を教えていたのか?」

「………」


 視線を逸らす母様に、アルクティさんはこれ見よがしにため息をついた。

 その横で母様は慌てたようにしゃがみ込んで私に視線を合わせた。


「子よ。母はな、アルネケイロスという」

「あるねけ?」

「アルネ、ケイロスだ」

「アルネ、ケイロス」

「アルネケイロス、言ってごらん」

「アルネケイロス」


 ちゃんと発音した瞬間、またぴんと繋がるような感じがした。


「そなたの名は?」


 母様に聞かれ、私はそういやこれが本題だったなと思い出し答える。


「キヨです」

「キヨ。良い名だ」


 母様が私の名を言った瞬間、先ほどの繋がりがぐっと太く強くなったのを感じた。


「まぁ今更だが、我らと多少なり繋がっていれば何かあっても感知出来るだろう。半端者を連れてさっさと寝床に戻れ」

「言われずとも戻る。さあ戻ろうか」

「あ、いえ。私、まだ事後処理が終わってないと思うので」


 帰ろうとする二人に隊長さんを振り返って言えば、隊長さんの上着を借りたらしいヨルンさんは両手と首を横にブンブン振っていた。隣の隊長さんも全く同じように両手と首をブンブン横に振っている。綺麗なシンクロだ。

 っていうか、なにごと? 用無しってこと?


「北の主と白峰の主とお見受けするが、言葉を発してもよろしいだろうか?」


 と、その後ろからナイスミドルさんがあの若いお兄さんを連れて階段を上ってきていた。部屋の壁も崩れてるから本当に悲惨な状態なのだが、王様がこんな危ないところにやってきていいのだろうか?

 隊長さんの近くにいたおじさんが目を剥いて慌てて止めようと走っている。


「陛下!」

「アミット、お前は捕縛を。話は下で聞いていた」


 顔は不満一杯だったが、おじさんは口を引き結んで頭を下げ、部下と思われる人を動かし瓦礫に埋もれたり倒れたりしている紫マントの人を運び出した。


「話したければ話せばいいぞ?」


 母様はナイスミドルに気負う事もなく、ちょっと尊大な態度で言った。アルクティさんもどこか冷ややかな目で見ている。人間が嫌いというわけではなく、路傍の石を見ているような感じ?


「実は別室に茶と菓子を用意しておりまして、よろしければどうかと思った次第です」


 菓子、と聞いて思わず母様を見てしまった現金な子を許してください。


「食べたいのか?」

「……えっと……」

「早く案内せよ」


 母様の問いに答える前にアルクティさんが顎をしゃくった。


「ではどうぞこちらに」


 アルクティさんも菓子好きなのだろうかと思いつつ、たたーっとヨルンさんに駆け寄る。


「お、お前っなんでこっちに来る?!」


 焦った顔で言う隊長さんに足を止める。いやなんでって言われてもヨルンさんの腕が定位置になってたからつい。

 ん? そういえば私姿を変えてしまったから、隊長さんに認識されていなかったのだろうか? もしかしてヨルンさんも?

 見ればヨルンさんは戸惑った顔で私を見ていた。

 あーうん。そうっぽいなこれは。

 よしと、周りから風を取り込むように力を抜いて身体の中を巡ったそれを腹でぎゅっと練り固め元の姿をイメージして解放する。

 ふわっと身体が浮かび上がり、一瞬で戻れた。よしよし。感覚はちゃんと掴んでる。これなら問題ないだろうとすいーっとヨルンさんの腕に収まれば、何故かぎょっとしたような顔の隊長さんがいた。

 何故? と、思ってヨルンさんの顔も見てみれば、こちらは顔を青くしたり赤くしたり忙しない。


「キヨぉ~……母はここにいるのだぞ」


 なんか泣きそうな母様の声が聞こえたが、正直母様の傍は安心できないのでこちらがいい。駄目だろうか。駄目かな。駄目っぽい?

 なんか周りの空気がびみょーな感じで固まっているので、そろそろと腕から離れてまた人の形を取る。


「すみませんでした……一番ヨルンさんのとこが安心できるもので……」


 母様はほら、天然アレで何するかわからないし。アルクティさんは同じ精霊だけど良く知らないし。

 ヨルンさんは顔を片手で覆ったかと思うと、すぐにその手を離して横に振り血濡れの状態を綺麗にしそっと抱き上げてくれた。片腕にお尻を乗っける子供御用達の片手抱っこだ。


「私は構いませんよ」


 微笑んだ顔がそこにあって、思わずやったーと安置に居られる事に喜び抱き着いてしまいました。すぐに人の姿だったことを思い出して離れたけど、申し訳ない。ヨルンさん苦しかったのか「ぐ」とか呻いていた。

 横でぼそっと隊長さんが「度胸あるなー」とか棒読みで言ってるが無視だ無視。許可を得たんだから私は居座るぞ。そもそもヨルンさんは抱き着いたぐらいで怒らないと思うし。


「あ、でもヨルンさん本当にいいです? 身体はなんともないです?」

「はい。何故かいつもより調子がいいくらいです」

「それはそうだ。我が癒してやったのだからな!」


 ぐいっと母様が近づいてきてヨルンさんに胸を張る。ヨルンさんは顔を引き攣らせた。


「そ、そう……だったのです、か。あ、りがとう、ございます」

 

 ヨルンさんにしては物凄く片言でつっかえるように礼を言った。

 やっぱりあれかな。母様超絶美人だから圧倒されてるのかな。


「礼ならばキヨに言うが良い。我はキヨの願いを聞いたまでだ」

「そう……だったのですか。ありがとうございますレフコース」


 こちらに顔を向けたヨルンさんはふわりと笑ってくれた。


「いえ、私は頼んだだけなので。無事で本当によかったです」


 いえいえーと手と首を振る。


「まて」


 こちらに普通に歩いてきていたアルクティさんがピタリと足を止めた。


「貴様……今、名を?」


 何故かものすごい顔でヨルンさんを見るアルクティさん。

 なんかすごい怒ってる?


「いえ、これは仮契約をするためのもので――」

「つけたのか」


 言葉を遮り威圧をしてくるアルクティさんに、ヨルンさんは顔を強張らせながら頷いた。周りの空気がビリビリしていたからたぶん、声が出せなかったのかも?


「アルクティさん、ヨルンさんは私を守ろうとして仮契約してくれたんです。人間に囚われてるとか、そういう事じゃないんです」


 以前ヨルンさんに牙を向けた事を思い出して慌てて言えば、アルクティさんは苦悩の見える顔を手で覆って隠してしまった。


「そうかぁ……すでに名をもらってしまったのか。いろいろと考えていたんだがなぁ……子が育つのは早いと聞くがこうも早いのかぁ……」

「馬鹿者!!!」


 のんびりした声を出した母様に、何度目になるかわからない雷が落ちた。

 一瞬で物理的に凍り付いた母様だったが、バキンとすぐに自力で氷を割って出て来た。精霊の喧嘩っていちいち激しいな。


「いきなり何をする」

「普通は親が名で繋がり、時を経て名を授け、精霊としての存在を確固たるものにするのだぞ!! それが、こんな短期間でしかも半端者に紐づけられて! こいつが死んだらこの子も死ぬんだぞ!」

「あぁそれはまぁそうだが、我も繋がっているし死ぬまではいかないだろ」

「そうだとしても! 大半の力を失って形を保っていられるかどうかわからないだろうが!」

「だがキヨには違いあるまい? 我はキヨがキヨであるなら構わぬし、そもそもキヨが名を受け入れなければ名として定着する事はない。ということは、キヨの意志でなされた名づけだ。母の我が否定するわけがなかろう」


 ぐぬぬぬぬと歯噛みしそうな勢いのアルクティさんと、どこ吹く風の母様。事情はよくわからないが、たぶん母様の方が悪いのだろう。悪いのだろうが、なんか母様が私に対して全幅の信頼を置いているというか、私の成す事を否定しないという強い意志を感じられて、ちょっと嬉しかった。…まぁ……何もわかっていない子供のいう事をそのまま聞くというのはそれはそれでどうかとも思うけども。


「ええい! キヨ!」


 アルクティさんに呼ばれた瞬間、母様と同じようにピンと繋がったものが強くなった。

 そして何故ががしりと顔を掴まれて目を覗き込まれた。

 ヨルンさんに抱っこされたままアルクティさんに両手でがっつり顔を固定されじーっと目を見られるという、何でしょうこの状況。顔が引きつっているんだけど、アルクティさんはお構いなしで怖い程真剣な目をしている。


「これ氷の、もちっと優しゅう扱え」

「黙っていろ! ……っ…やはり、こちらに定着しかかっている」


 ぺいっと顔を離されて、思わず掴まれたほっぺをさすさすする。


「おい貴様、二度とその名を呼ぶな!」

「え? レ――」


 レフコースって駄目なんですか? って言おうとしたら口元をガシっと大きな手で鷲掴みにされた。ちょっと痛い。


「そなたもだ! 口にするな!」


 怒鳴られて、思わずこくこく頷くと手を離された。

 アルクティさんはイライラした様子でヨルンさんを睨みつけている。ヨルンさんは完全に気圧されているようで全く動いていない。


「何やら取り込んでおられるようですが、ひとまず落ち着ける場はあるのでそちらに移動しては――」

「ならば早く案内せよ」


 アルクティさんは我が物顔でナイスミドルの言葉をぶった切って顎で使いだした。

 ナイスミドルも特に反論せず周りも黙って従った。

 ナイスミドルって王様の筈なんだけどなぁ……うーん。人間の中での精霊の立ち位置というものがいまいちわからない。

 人より偉い? もしくはひょっとして恐れられてる?

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