Q14 危機を切り抜けたらどうする?


 その後の流れはひどく機械的なものだった。

 俺を無視して車のトランクに群がっている大量のシュクシャ達の頭を、ひたすらナイフで突き刺していくとう作業を繰り返すことになったのだ。

 無理やりトランクに押し込められた萌香ちゃんは最初の方こそ俺の名前を読んで内側からトランクを叩いていたが、一分も経過した頃には静かになっていた。中で怖い想いをしているであろう萌香ちゃんには申し訳ないが、この状況で平然と返事をするわけにもいかないのでもう少しだけ辛抱しておいてもらおう。

 何十体目になるか分からないシュクシャを仕留めて、右手から流れる血やら返り血やらで俺の手が真っ赤に染まったころ、ようやく状況がひと段落つく。もうトランクに群がってくるシュクシャはおらず、周囲に残ったシュクシャ達はあてもなく歩き回っているだけだ。残った周囲のシュクシャ達を音を立てながら遠くの方へと誘導し終えたところで、俺は萌香ちゃんを出してあげるためにトランクに手を掛ける。

 咄嗟に取った行動だったが、トランクの中に入ってもらうというのはあの状況でのベストアイディアだったと言えるだろう。中からは空けることが出来ないので萌香ちゃんがシュクシャに襲われてしまう心配もないし、おまけに彼女には外の様子が見えないので俺の特別な力チートのことが知られてしまうことすらなかったのだ。


 「萌香ちゃん、待たせてごめん」


 そう言いながらトランクを開く。そして、俺はハッと息を呑んだ。

 萌香ちゃんはトランクの中でその身を縮こまらせて泣いていたのだ。自身のことを抱きしめるかのような姿勢で膝を抱き、身体をぶるぶると震わせてギュッとつむった目からは大粒の涙がこぼれ落ちている。

 彼女はトランクが開かれたことにも、俺に呼びかけられたことにも気づいていないようだ。


 「萌香ちゃんっ、萌香ちゃんっ!」


 俺が肩を叩いて呼びかけると、彼女はゆっくりとした動作で目を空けて俺のことを見上げる。


 「……隆二さん?」


何が起こっているのか分からないといった様子だ。少しの間呆然としていた彼女は、やがてその顔を大きく歪めたあと思うと俺に向かって飛びついてきた。


 「隆二さんっ!」


 萌香ちゃんは、俺の胸に涙でぐちゃぐちゃになった顔をうずめて声をあげていた。


 「隆二さん、私っ、私のせいで隆二さんが死んじゃったかと……それで、今にでもあいつらがここを突き破ってくるんじゃないかって……それでっ……それで……」


 萌香ちゃんは必死に言葉を紡いでいる。自分のせいで俺が死んでしまったという罪悪感や、いつ破られるか分からない真っ暗なトランクの中でシュクシャが外から叩いてくる恐怖感にやられてしまったらしい。彼女の命を助けることができたとはいえ、結果的にかなりつらい思いをさせてしまった。


 「怖い想いさせてごめん、もう大丈夫だからな」


 胸の中で泣いている萌香ちゃんの頭を、俺はしばらくの間撫で続けていた。







 萌香ちゃんが落ち着いた後、俺達は改めての腹ごしらえと手の怪我の簡単な治療を済ませていた。治療とは言っても布きれを巻き付けただけのものだが、萌香ちゃんが一生懸命やってくれたものなので何も文句はない。

 彼女は地面に転がる大量のシュクシャ達の死体を見て目を大きく見開いていた。全て倒したのかと聞かれて俺が頷くと、更に目をまん丸にして俺のことをパチクリと見つめることになるのだった。

 そんな一幕があった後、俺達は再びバイクに跨って目的地を目指し始める。未だに正しい方角へとすすめているのか分からない状況ではあるが、心なしか町の雰囲気が見知ったものへとなりつつある気がする。


 「もし知っている道に来たら教えてくれ」

 「はいっ!」


 後ろに座る萌香ちゃんは、そう言って俺の腰にまわしている手をぎゅっと強めた。遠慮がちに俺の肩に手を置いていただけだったはずの彼女は、今となってはこうして完全に抱き着いてくるような形で俺に掴まっているのだ。萌香ちゃんの年齢にそぐわない胸の二つの大きなふくらみを背中に押し付けられ、嫌にでも意識してしまう。スーパーマーケットでの一件を経て、彼女からかなりの信頼を得ることができたようだ。

 まあ確かに、血と汗を流しながらも萌香ちゃんを抱えて懸命に走ったあの時の俺は、我ながら中々に立派なものだったと言えるだろう。チートを持っているとはいえ、一年近く引きこもっていた精神的に未熟なはずの俺があそこまで頑張れたのは、やはり腕の中に萌香ちゃんがいたからに他ならないだろう。現金な話だが、俺は美少女のためならば必死で頑張ることができるようだ。これで少しは、憧れた物語の主人公たちに近づくことができたのだろうか。

 とは言え、当然反省すべき点もある。もしスーパーで走り出すのが一歩遅かったら、もしシュクシャの頭上で足を滑らせていたら、もし窓枠を掴むのに失敗していたら、もし車のトランクに鍵が掛かっていたら。結果として丸く収まりはしたが、何か一歩でも間違えていたら萌香ちゃんのことを助けられなかっただろう。力及ばず腕の中で萌香ちゃんが喰われていく様を見るハメになんてなっていたら、俺は立ち直れなかったかもしれない。

 そもそもの話として、スーパーの中で油断して窮地に陥ってしまったのが問題だろう。だが同時に、あんなシュクシャの存在を予想できるわけがないという思いもある。

 結局、あのシュクシャは何だったのだろうか。叫び声を上げて他のシュクシャ達を呼び出し、自分は一目散に走り去って何処かへと行ってしまった片腕の女シュクシャ。あのような特別なシュクシャもいるのだということを、肝に銘じておかなければならない。

 そんなことを考えながら、俺は変わらずバイクを走らせ続ける。


 「……あ、分かりますっ、この道分かります!」


 萌香ちゃんがそんな声を上げたのは、スーパーを発ってから二十分ほどバイクを走らせた後だった。


 「本当かっ?目的の家までの道のりも分かりそうか?」

 「はいっ、多分大丈夫だと思います!」


 きちんと正しい方角へ進めているのか不安だったが、無事に萌香ちゃんの見知った道へとたどり着くことができたようだ。

 彼女の案内に従って進んで行くと、十分もしないうちにとある一軒家へと到着する。


 「ここがもう一つの拠点?」

 「そうですっ!」


 昨日のものと比べると一回り小さくはあるものの、綺麗な外観から見るに比較的新しい物件の様だ。周りも塀に囲われており、拠点とするには悪くない家に思える。

 周囲を警戒しつつ軒先にバイクを停めて玄関口へと向かう。

 もしあの三人が無事に逃げきれていたのならば、拠点であるこの家に戻ってきている可能性は高いだろう。萌香ちゃんの為にも、彼らが無事であることを祈るしかない。


 「チャイムを鳴らせばいいかな?」

 「えっと、私達は普段ノックでやり取りしているのでそっちの方がいいかと」

 「了解」


 そろそろと玄関まで近づいていき、ノックをしようと扉に手を伸ばす。   

 その瞬間だった。

 ガチャリ

 突然の目の前の扉が勢いよく開かれ、俺はギョッとしてその動きを止める。扉の中から現れたのは、手に持った金属バットを大きく振りかぶった金髪の男、啓吾だった。


 「てめぇ!よくも萌香ちゃんをもがぁ」


 俺に襲いかかろうとしていた啓吾は、俺が反応するよりも先に彼の後ろから伸びてきた二人の手によってその動きを止められる。


 「落ち着け啓吾っ、どう見てもこの人は敵じゃないだろ!」

 「大声出さない。昨日の二の舞」


 黒髪の男、一樹に羽交い締めにされ、萌香ちゃんが”しーちゃん”と呼んでいた細身の男に口元を抑えられている啓吾は、それでもなおもがもがと何かを喚きながら手足をバタバタと動かしている。


 「す、すみません。とにかく一度中に入ってもらえますか?」

 「お、おう」


 一樹に促されて、俺と萌香ちゃんは二人に引きずられていく啓吾の後に続いて家の中へと足を踏み入れた。


 「啓悟、そろそろ落ち着けって」


 屋内に入った後も、啓吾はやはり暴れ続けていた。彼の視線は射殺さんばかりに俺を睨み付けており、よっぽど俺のことが気に喰わないことがわかる。


 「あー、前の拠点とか食料のことは悪かったと思うが、そろそろ怒りを収めてくれないか?せっかく会えた生存者同士仲良くしておいたほうが得だろ?」

 「ぶはぁ!いいやっ!てめぇのことなんて信用するかっ!いいからさっさと萌香ちゃんから離れやがれ!」


 口元を抑えていた細身の男の手を振りほどき、啓吾は唾を飛ばしながら俺に答える。うーん、どうしたものか。

 彼への対応に困っていると、意外なことに萌香ちゃんがその声を荒げた。


 「いい加減にして!」


 その小さな体と控えめな性格に似つかわしくない行動を前に、俺は目を丸くした。彼女がこのような態度を取ったのは啓吾達にとっても予想外のことだったらしく、彼ら三人も驚いた様子で萌香ちゃんのことを見ていた。


 「隆二さんはここまで私を送り届けてくれたんだよっ!一体何の文句があるっていうのっ!?」

 「で、でも萌香ちゃん、こいつのせいでアジトが潰れて、食い物も取られて……萌香ちゃんだって、連れ去られてきっと怖い想いしただろ!」

 「私は連れ去られたりなんかしてない!隆二さんは私を守ってくれたの!ここに来るまでの間に危ないことはあったけど、その時も隆二さんは私を見捨てずに怪我まで負いながら守ってくれたんだよっ!?自分一人だけなら簡単に逃げられたはずなのに!」


 萌香ちゃんの剣幕に押されて、啓吾は気圧される様に一歩後ずさる。


 「それなのにまだ隆二さんに対してそんな態度を取るなんて……啓吾くんなんて嫌い!」


 その言葉を受けた啓吾は、まるで頭上に“がーん”という文字でも浮かび上がってきそうな表情を見せる。萌香ちゃんに嫌いと言われてしまったことがかなりのショックだったらしい。悲惨な表情で口をパクパクとさせていた啓吾は、再び俺のことをキッと睨み付けた。


 「萌香ちゃんにここまで言わせるなんて……てめぇ、一体どんな手を使いやがった!?まさかうぶな萌香ちゃんをいいように騙して弄んでるんじゃねえだろうな!萌香ちゃんに手出したりしやがったらただじゃおかねぇぞ!」

 「隆二さんはそんな人じゃありませんっ!」


 萌香ちゃんがいくら言っても、啓吾は俺のことを認めようとはしないらしい。そろそろ俺も口を挟んだ方がいいか。


 「あのなぁ」


 ため息交じりの俺の声に、言い争っていた両者が振り返る。


 「何をそんなに心配しているのか知らんが、俺はこんな子供に手を出すほど下衆げすじゃないぞ?」


 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 怒り心頭だったはずの啓吾の表情が真顔になったかと思うと、その後みるみる変化していき揶揄うようなニヤついた顔で萌香ちゃんに視線を向けている。


 「萌香ちゃん、まさかとは思うけど、そいつの前で子供のふり」

 「わぁぁああ!ああああぁ!!」


 啓吾が何事かを言おうとすると、それを遮るようにして萌香ちゃんわぁーわぁーと騒ぎ立てている。

 一体どうしたというのだろうか。


 「姉ちゃん、まじか……」


 しーちゃんと呼ばれる細身の男が、騒ぎ立てる萌香ちゃんとそんな彼女を煽っている啓吾の様子をジト目で見ながら口を開く。

 ん?今姉ちゃんって言ったか?


 「えっと、あなたは萌香さんのことを何歳だとお思いで?」


 様子を静観していた一樹に問いかけられる。


 「何歳って、十四歳だろ?本人の口から聞いたぞ」

 「……彼女のその年齢についてどう思いますか?」

 「そりゃどういう意図の質問だ?まあ、十四歳にしては少し幼過ぎる気はしてるが」


 一樹は何とも言えない表情を見せた後、おずおずと口を開く。


 「萌香さんは、本当は十四歳じゃないんです」

 「は?それってどういう」

 「二十四歳です」

 「え?」


 一瞬、一樹が何を言っているのか分からなかった。


 「彼女は、萌香さんは二十四歳です」


 二十四歳?萌香ちゃんが?


 「…………ええええええぇぇぇぇ!!」


 俺の叫びがまたもや彼らの拠点にシュクシャを集めることにならなくて済んだのは、ひとえに運が良かったおかげなのであろう。

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