chrono-16:精力は、ガッツ!そもそもそれは溢れかえらんばかりなのにィッ?の巻


――かー、まってよぅ。まって、なーちゃんまって。たかいとこいかないで。なーちゃんいーけーなーいーからっ、かーあーちーん!!


 ここ何日かの体験で、「意識」というものに「階層」みたいなのがあるということが何となく分かってきた。すごい曖昧な認識具合だけれども。ふだん他の面々とわやくちゃやってるところ……「ロビー」が「表層」だとすると、その一枚下に【13ぼく】自身の意識があって。さらにの最深部には、根幹となるような、全員の全部を俯瞰するかのように存在する「七割共通の僕」がいるといった。


 奇妙だけれど、それに納得して、その上で行動を起こしているというような。いややっぱり分かんないな……六歳の時に頭を打って、その影響で「記憶の三十一パーセント」と「能力の九十三パーセント」を喪った……と言うか、自分の中のどこかに封じ込めてしまった僕、そして性の目覚めと共に「記憶一パーセント」「能力三パーセント」を各々割り振られた「三十一の人格」が覚醒した……


 なぜ? 疑問は尽きないけれど、なぜ「分割人格」が出来ちゃったの。すっと返還してくれればいいのに……そうであればこんなに、日常にまで影響を及ぼすほどの脳内バトルをせずとも済んでいたはずなのに。いつの間にか「脳内覇権」を争う体になっちゃってもいるわで……


 全員がひとつになった時、ファラオさん曰く「本当の来野アシタカになる」そうだけれど、そもそも「本当の」って何なんだろう……今の、この僕も「本当の」では無いってことなんだよね……じゃあ僕っていったい何なんだろう……


 だめだだめだ。思考が危険な方向に流れてしまっているよ、とにかく突っ走るしかないのかもだ。「僕」の目指す「僕」に「成長」している、そう考えれば、今のところはいいよ。「本当の自分」なんて、本当は無いのかも知れないし。


――【31】に、気を付けろ。


 ひとつ引っかかっているのは、先ほど響いた正体不明、謎の「声」だ。何か、他の面子たちでは無いような……感覚だけど。「根幹の僕」からのメッセージなのかな……どこか超越したような感じを受けたしね……あくまで印象だけれど。


 【31】って、「誰」、なんだろう……何の能力をつかさどってるんだろう……ファイブ分かる……?


 だんだんと意識が混濁してきた。これは睡眠状態から目覚める間際の感覚だ。本日はうれしいうれしい日曜日、のはずだったけど、ぼんやりごろごろしてるわけにはいかなくなりそうで。うぅんでもすごいリラックスして寝に入れて深く身体も精神も休めたみたいだから、今日の僕は何だか「28」の先まで行けそうな気がする……


<【31】は……【無力】、だよサーティーン……>


 え? ファイブが応対してくれたのは流石というかありがたかったけど、「無力」っていったい……とか諸々の疑問が押し寄せてきたところで覚醒した。嵌め殺し窓ひとつの四畳半にも、朝の陽光が差し込んできていてふんわり柔らかい明かりに包まれている。いい朝だ。気になるところは色々あるものの、僕はとりあえずこの気持ちの良い目覚めを享受することに専念しようとする。甘いような……スズランのような香りをほのかに……いやだいぶ強めに感じているな……それに身体前面全面に感じているこの柔らかさと熱はなんだろう心地よいな……まどろみの中、少しづつ覚醒していく意識。うん、休日の朝ってテンション上がるよね……とか思いつつ目ヤニでやや貼りついていた両目をぺりと開けた。


 刹那、だった……


「!!」


 左半身を下に横向きに寝ていた僕だったけれど、その前にいたのは妹……その明日奈を後ろから抱きしめるような恰好で、密着しつつ……寝ていた……や、やばぁい……ッ!!


 なぜこのような体勢に? との疑問は、この期に及んでは不明かつ無意味であった……ッ!! ひとつ言えることは昨晩、明日奈が意志を持ってこの体勢に持っていったとしか考えられないということ、マッサージにより完寝した僕に添い寝を自ら……ッ!? 昨日に引き続いての鉄火場感に、先ほどまでの逡巡思考は一気に霧散させられていったのだけれど。それよりもこの窮地をどう脱すればいいというんだ……密着状態でさらに前側から体重を預けられるように掛けられている……心地よい重さだ……そして前に伸ばした左の二の腕には明日奈の小さな頭が乗っかっていて曲げた肘の先を目でたどれば掌は妹の右胸に伸ばされていてそこのささやかなふくらみに寄り添うようにあてがわれているけれど腕全般が痺れているから感触は分からないのが幸いだ……がッ、腕全体を以ってして、心地よい厚みみたいなのを感じている……


 ならば右手はッ? と視線を下方面に走らせたところでとんでもない絵面に出くわす。右腕の奴も明日奈の華奢な身体を護らんとばかりに沿うように巻き付けられていたけれど、要らんいい仕事をしてますとばかりに、明日奈の裾の広がったラベンダーネグリジェを的確に上方向へと捲り上げつつ、直視は避けたけど、何か白い布の上らへんのおへそ辺りに掌が当ててんの状態で吸い付いていて、こちらは感覚があるからそのすべすべな肌の質感がダイレクトに大脳に打ち込まれ始めたよ本当にやばいよ……


 自分の海綿体充填率がどう少なめに見積もっても百パーはくだらないだろうことを既に脊髄で感知を終えていた僕は、既にミリ単位での精密な動作を要請されていることも理解を終えている。下手に動いてはいけない、とは思うものの、肝心のその海綿体セット部が今この瞬間も暖かくやわこいものに包まれているように感じているのは何故だ……ッ?


「!!」


 心を無にしつつ、とにかく正確な現状を把握せんと、自らの下半身状態をチェックする。明日奈の剥き出されあらわになっていた白く丸みを帯びた布一枚に包まれた白く丸い……ええと臀部に、自分の黒色のスエットが密着しておる……そして起床時不可抗力により天を衝かんばかりに反り返っている海綿体収納体の先端部が、明日奈のきゅっと閉じあわされたむっちりとした右太腿と左太腿ともうひとつの部分とが織りなす聖なる三角形デルタの前方側からこんにちはとばかりにぴょこと飛び出しているのを視認するに至り、僕は完全に詰んでいることを改めて実感するのであったェ……


 投了待った無しのこの必至局面だけど、ここで暴発してしまったのならば。僕はYヤンガーSシスターFファイナリストとして、消せない烙印を胸に刻まれてしまうこととなる……ッ!!


 落ち着け大丈夫、僕はもうひとりでは無い。仲間が、いる。そして能力が、ある。のだから……


<いやどう見ても詰んでるよサーティーン……諦めて一発分マイナスの方が、下手に能力を連打してしまうよりも今日という日を有意義に過ごせる可能性は高いのでは……>


 ファイブのね、言ってることはもっともと思うけどね。まさか連日、家内制手工業みたいなのによる昇天から始まってはね、僕のアイデンティティー的なものが崩壊してしまう可能性があるのだよ……


「……【注意】【観察】【分析】【集中】は【アイススカルエレキダイブ】……ッ!!」


<す、すごい本気だ……四発投入しかも同時発現とは……違う意味で身体がどうにかなってしまうかもだよサーティーン……ッ!!>


 ファイブの意に反してしまったけれど、それでも僕の事を気遣ってくれるその気持ちだけは受け取っておくよ……でもここは、絶対に引けない戦いなんだ……ッ!! 


 注意深く観察して、分析を集中して行う。絶体絶命と思われる局面に、乾坤一擲の一手をかますんだ……極限まで研ぎ澄ませた局所の触覚をもってして、現状の鍵と鍵穴の嵌まり具合を認識する……そう例え見えずとも、僕の脳裏には、鮮明なポリゴン状の画像として変換された画を今、結んでいる……ッ!! 左半分は、まるでゼラチンのような生硬さとその一枚下のゲル状の柔らかさを有す物体に埋もれるようにして接しているけれど、右方向にはほんの少し……二・五ミリの遊びがある……


「……!!」


 ならば一・二五ミリ、僕の身体を平行に上方へ浮かすことによって、僕の威力棒は摩擦力から解放された自由フリー状態となるはず……そしてその瞬間、腰を真後ろに引けば、生温かな深淵の洞窟からの無血脱出がなるはずだッ!!


 いや待て。


 あぶない、思い違いをしていたぞ……コトはそう単純じゃあないだろ、もっと精密に観察するんだ……明日奈の両太腿は擦り合わされるように接触しているものの、右側がほんのわずかに前方に出ている……つまり脱出への道は真っすぐじゃない。ほんの少し……計算すると右方向に二・五度緩やかにカーブを描いているはず……


 つまり。


 腰を一・二五ミリ浮かせた状態から、秒速二センチメートルで後方に〇・五度の角度をつけてためらうことなく引き抜く、それが、それこそが最適解……ッ!!


 呼吸を整える。勝負は一瞬。大丈夫、みんなの……「僕ら」の力を信じるんだ……ッ!!


<いや、こんな事に巻き込まれるとは正直思わなかったけど……まあもうキミの思うがままにやっちゃっていいと思うよ……>


 たぶん真顔でファイブは告げてきているのだろうけど、大丈夫、これさえ乗り切れば僕らは多分もう一段階、上の境地へと至れるはずだよ……!! 決意を込めた、


 その刹那、だった……


 うぅんうみゅみゅ……みたいな寝ぼけ声が……ッ!! 明日奈……ッ、まずい今覚醒されたら、今動かれたのならッ!! 本作戦は脆くも瓦解してしまうこととなる……ッ!! でも呼吸で分かる。もう明日奈はここから二度寝に入りはしないということを……ならば、ならばッ!!


「明日奈、ほんの少しでいい。動かないでくれ……これは僕が、僕としての自我を保つための、重大なミッションなんだ……」


 完全な世迷言ではあったものの、【説得力】も加味させてそう制してから僕は自らの両腕に力を入れ、明日奈の身体を動かないように固定する。ふぇぇぇ……? との驚いたような、鼻にかかったような吐息が漏れ出てくるけど、構わず僕は腕に力を込めて背中から抱きしめ続ける。と、


「べ、別に『ほんの少し』じゃなくても、い、いいんだからねっ……」


 あかん、別の意味であかんかったけど、鋼の【気力】をも発動させつつ、僕は実行フェーズへと移行する。腰を浮かせる、よし、進路オールグリーン。今だぁぁぁッ!!


 しかし、だった……


 【筋力】を使っていれば、との後悔は先には立たずであったわけで。現段階で六つも発動させていた僕は、あとひとつをケチろうと思って、自らの筋力で尻を浮かせそれをさらにの上方へとなめらかに弧を描いて移動させようとしていたのだけれど。


 普段からしてあまり鍛えていない僕にとって、その動作はかなり無理があるものだったらしく。


「あぎょおおおおッ!?」


 右臀部と脚の付け根がまず強烈に攣り絞られ、


「おんぎょおおおッ!!」


 続いてその衝撃が伝播でもしたのか、左臀部も連鎖的に攣り上がったのであった。そして、


「ふぇええ? あ、ちょ、そそんなはげしく、ら、らめぇぇぇ……っ!!」


 妹の驚き含みの嬌声が響き渡る中、制御不能となった僕の腸腰筋・腰方形筋・脊柱起立筋が、各々ランダムに不随意にシリンダーが如く暴れまくり、その運動エネルギーが何故か精密に前後律動するピストン運動へと置換されていく……ッ!!


 もはや自己を制御することなど微塵も出来うることなく、


「……」


 秒で遥か高みまでいざなわれた僕は、白目状態のまま、もう癖になってると言っていいくらいに容易に、意識を失っていくのであったけどェ……


――YヤンガーSシスターGゼラチナSスマター、来野アシタカ、爆臨……ッ――

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