第16話 武装班の連中

 武装班の常駐するキャンプ場はコミュニティードヨルドの南側近辺を流れるポンジョル川沿いに特設されていた。このポンジョル川は清流と名高く、水質のよいところにしか生息しない魚が数多くいた。そのためこの川沿いには、魚釣りやBBQをしに主に休日や祝日などに大勢の人がやってきていた。



 しかしながらキメラ生物の出現以降は、そんなレジャー感覚でここを訪れる者はほとんどおらず、魚などの食料資源の確保のために、コミュニティードヨルドの人が来るのみになった。


 今回はそんな川沿いにキャンプが建てられた。



 当然無能生産者がこのキャンプ地で寝泊まりなどさせてもらえるはずはなく、この場所を使えるのは基本的に有能生産者、現場の監督係、武装班の連中だけだった。


 無能生産者も担当のエリアの作業が終われば、一時的ではあるが、ここでの滞在をわずかばかりに許されてはいる。


 グリアムスさんも一度、A班での作業が終わった時にここを訪れたらしい。


 一時間ほど次の指示があるまで、ここでのんびりと待機していたが、まもなくして運悪く居残り残業に選抜されてしまったことで、また土砂処理の現場に舞い戻らなければならなくなってしまった。


 グリアムスさんを含め、A班の数名がその場所まで直行したが、選抜から漏れた残りのA班の人間は、みなコミュニティードヨルドへと帰還してしまったらしい。


 そしてその現場に向かっている道中で彼は気を失い、一生に同伴していたA班の無能生産者の人々と離れ離れになってしまったのである。



 そこで倒れていたグリアムスさんを見つけたのが自分であった。



 そしてそこで運よく再会した自分たちが目指す目的地は、まさにそのコミュニティードヨルド近辺のポンジョル川だった。



 夜中突如として一斉に消え去った自分たちと同じ立場の無能生産者たち。



 山の大木で少し用を足すためにすこし現場から離れていたほんの束の間の出来事で、ことごとく人が消え去ってしまった。



 世にも奇妙なこれらの現象の原因はグリアムスさんが言うところによると、近年世界に出没し世界を様変わりさせてしまった存在であるキメラ生物の仕業なのでは?ということらしいが。



 結局のところ、無数の無能生産者のものと思われる足跡を最後のところまで追えずじまいのまま、自分はグリアムスさんについていった。



 はたして彼らが消えたのは、本当にグリアムスさんの言う通りでキメラ生物の仕業なのか?と言うと、それは定かではなかった。



 何よりもその説を裏付ける確証がなにもなかった。現場に残されたのは無数の無能生産者たちのものと思われる足跡のみ。



 その場では彼の説にうんうんと頷き、納得したような姿勢を見せたものの、自分としては本当にキメラ生物かクマなどの普通の野生生物の仕業であるかどうかは疑わしかった。



 なにせ現場には血痕のたぐいのものが一つも見当たらなかったからである。そしてその足跡を追えた範囲内での話ではあるが、その道中一度も血しぶきのようなものは確認できなかった。



 ・・・・まあ自分の目が節穴でそれを発見できていないだけの可能性もあるが。



 とにかく自分の目では、まだ無能生産者らが奴らに襲われたという形跡がないため、まだグリアムスさんの言う説を心の中ではまだ完全に信じ切ってはいないということである。



 そうこうしているうちにやっとのことでこの真っ暗闇な山中を抜け、少しばかり開けた場所に出ることができた。



「やっと見えてきましたね、キャンプ」



 先頭を突き走っていたグリアムスさんがその目的地であるキャンプ場を遠く指を差しながらそのことを自分に伝える。



「ほう、やっとですか。なにがともあれこれで一安心ですね」



 そう言ってほっと胸を撫で下ろした。



「幸い、先程聞こえてきた馬のひづめのような音も最終的には我々とは全く別方向へと行ったようですしね。足音の主ぬしにわたくしめらの匂いを嗅ぎつけられなくて、ひとまず安心しました。

 さっそくキャンプにむかって、近況報告をしに行きましょう」



 そうして二人共どもキャンプ地へ歩を進めた。








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 キャンプのある立地は林を抜け、少し開けた川沿いの川石がたくさん敷き詰められたところだった。その一帯は今現在、多くのキャンプテントでずらりと立ち並んでいる。その立ち並ぶ様は軍隊の野戦病院さながらであった。



 ベルシュタイン、グリアムスの両者ともキャンプが目下のところまで迫っていたのを見て、急に足腰が鉛のように重くなり始めた。動物の魔の手から逃れられたことによる安堵感からか、足かせがつけられたように両者の足取りが重くなっていきながら、目的地のキャンプの方へと歩いていった。



 そうしてキャンプ場に無事到着した。ベルシュタインとグリアムスの2人は、フラフラでおぼつかない足取りでテントに向かってきたのを、武装班の中の数名がさっそく見つけ出し、彼らは二人のもとへ駆け寄っていった。



「おい、お前ら。作業はどうした!誰の許可で戻ってきていいといったんだ!?」



 と命からがら追っ手から逃れ、キャンプに引き返したというものの、待っていたのは人をなじるかのような厳しい叱咤、叱責だった。



「いや許可も何も、ヒトが、、、」



 とベルシュタインがぼそぼそと相手に聞こえるか聞こえないかはっきりしないボリュームで言ってると、



「何を言ってるのかわからん!質問に質問で返すんじゃない!」



 と言われてしまった。



「ヒトが・・・消えたんですよ」



 とすかさずグリアムスさんのフォローがそこで入った。



「ヒトが消えただって!?貴様ら、何たる戯言を言ってるんだ!?ヒトがそうやすやすと消えたりせんわ!貴様ら作業は終わったのか?まだだって言うなら、さっさと元の場所へ引き返しやがれ!

 なあ?ホルスベルクよ。俺様ってなんか間違ったこと言ってるか??」



 と武装班のその一人は二人に対して大変に敵意を向けているような感じで、接してくる。



「まあまあ落ち着きたまえよクラック隊長。別に何も間違っちゃあいないと思うよ。それよりも、なになに?聞いたところによると、ヒトが消えただって?確かにそういってたよね?」



 ともう一人同伴していた武装班のその男がそう聞いてくる。



「はい、その通りです。D班の作業エリアで丸ごと、ごっそりヒトが消えてしまったらしいのです」



 グリアムスさんが説明を自分の代わりに代弁してくれた。その男に対し、ゆったりと落ち着いた口調でしゃべり聞かせる。



「ふーーーん」



 その男はグリアムスさんの話を親身になって聞いてくれた。聞いて納得してくれたかのようにうんうんと相づちを深く打った。


 そして彼は次にこう口を開いた。



「でも急にヒトが消えた!だなんて、甚だおかしいにもほどがあるね。まさかその人らがUFOか何かで神隠しにでもあったわけじゃあるまいし・・・・うん。それはきっと君たちの幻覚!妄想!妄言!」



「ふぁい!?」



 この人なら、事情を分かってくれるとばかり思っていたのに・・・わざわざ説明を買って出てくれたグリアムスさんに大変申し訳ない・・・・。



 理解力がないのか何なのか、全く自分らの話を彼らは信じてくれなかった。



「まあはやく君たちは作業に戻ることだね!サボりは厳禁!さっさとここから立ち去らないと、君たちの親方に言いつけちゃうよ」



 それだけはご免被りたい。あのパワハラ現場監督に言いつけられでもすると、ミドルキックを罰として100発あまり入れられて、自分自身彼に取って体のいいサンドバックにされてしまいかねない。



「ちょっと、待ってくださいよ!」



 たまらず反論をする。どうか弁解の余地だけは与えてもらいたいものだ。ミドルキックだけは食らいたくない。



「かちゃっとな」



 と先程の男がだしぬけに何かしらのオノマトペを言い出したと思えば、いつのまにやら肩にぶら下げ、携帯していたライフルを構えて、二人に銃口を差し向けてきた。



「さっさとここから離脱しないと、威嚇射撃をしちゃうよ」



「うう・・・・」



 武装班のもう一人の方、クラック隊長もその動きにつられ、我々2人にそれぞれ照準を合わせてきた。



 そんなものを人にむけるなよ~、こんちくしょうめ~。



 心の中では彼らに対する徹底抗戦で奮い立っていたものの、いざその二つの飛び道具を前にすると、恐れをなしてしまった。



 完全に戦意喪失したところで、自分らは武装班の連中の言うことに従わざる得なかった。



 グリアムスさんも抵抗は不毛と判断してか仕方なく、



「はい・・・了承しました」



 とだけ述べ、仕方なしにさっき来た道へと引き返すこととなってしまった。



「・・・けどまあ、こんな暗がりの中を手ぶらで引き返せっていうのは、正直気が引けるな」



 再び今来た道を、引き返そうと彼らに背を向けて歩き出した途端のことだった。そんな自分らにクラック隊長はそんなことを不意に言いだした。



「というと?」



 ホルスベルクもクラック隊長の言葉の真意を探るかのようにして、聞いてきた。



「彼らを見ろ。だいぶ作業服も薄汚れている。特に右のこいつなんか、全身泥だらけだ。なにせ彼らはほとんど3日間もぶっ通しで、土砂処理に尽くしてくれている。・・・・ほんの10数分ぐらい、ここで休ませてあげようぜ」



 するとそのクラック隊長の一言を聞いたホルスベルクは、



「いやいやいや。こいつらを一刻も早く現場に戻すことが先決だ。休ませている暇なんてないぞ?明日夜が明けるまでには、終わらせなきゃならないんだろ?」



「あー、たしかに言われてみればそうだな・・・・」



 クラック隊長はホルスベルクの主張に言い負かされそうになる。



 おいおい!自分らのために思ってそんなことを言ってくれたのだから、もうちょっとそこは粘ってくれよ!と思う。



 するとそこに金髪の高い位置できれいに結ばれたポニーテールをした1人の女の子がクラック隊長とホルスベルクの間に割って入るようにして、話に加わってきた。



「クラックの言う通りだって!ホルスベルク。見て!この満身創痍な2人の姿を!」



 とその金髪の女の子は自分らを指さしつつ、そう言った。



「この姿を見てもなお、あなたは無情にも彼らを現場に引き返せっていうつもりなの!?」



 その金髪のレディーはホルスベルクに対して、おこな顔で彼を責め立てた。



「いや・・・あのなぁペトラルカさん?まだ作業を完了してない無能生産者たちは、このキャンプに立ち入っちゃあならないし、ましてやこのキャンプでひと休みさせるわけにもいかないっちゅうわけなんよ・・・・」



「そんなことだれが決めたっていうの?」



「それは、その統領のセバスティアーノさんが決められたことであってだなあ・・・・」



「あんな痛々しい、元々は髭も生えてなかったくせして、オシャレのためか何なのかは知らないけど、変に不格好な付け髭をつけて、かましちゃうようなあのセバスティアーノの言葉を全部命令だからって言って、鵜呑みにしちゃうわけ?」



 セバスティアーノという単語を聞くや否や、ますますペトラルカの表情が鬼のような形相のものとなっていく。



 それを見かねてホルスベルクは・・・



「わかった!わかったよ!こいつらを休ませたらいいんだろ!・・・・じゃあどっかそこらへんのテントの中に入ってゆっくりしていけよお前ら!」



「というわけだから、そこの2人はここでゆっくりしていってね」



 そうしてペトラルカの助けも相まって、2人はこのキャンプで休憩させてもらうことになった。



「いやはや・・・ありがたい。そうさせてもらいます」



 グリアムスさんは、改めて彼女と彼ら両方に頭を下げて、お礼をのべた。自分もグリアムスさんにならってすかさず頭を下げた。



「よし!決まりだな!そうとなれば、ペトラルカ!さっそくその2人をテントに案内して差し上げろ」



「ラジャー!クラック!」



「・・・・そのあとに隊長って言葉も忘れずにな」



 そんなクラックの箴言も全くどこ吹く風というようなひょうひょうとした態度で、華麗に聞き流しながら、ペトラルカはさっそくテントの中へ2人を手招きした。



「さあさあここを使って。あとで食べ物や飲み水もわたしが持ってくるからそこで待機してて。そいじゃーねー」



 と言ったのち、ペトラルカは足早にその場から立ち去っていった。



「・・・・本当に入って大丈夫なんですか?あとで無能生産者のくせにキャンプでひと休みしたから、ペナルティー!ってことはないですよね?」



「まあ大方大丈夫でしょう。なにも気にすることはないと思いますよ」



「・・・そうですよね。やった!やっと休めるぞ!」



 自分らは無能生産者であるにもかかわらず、ここまでの温情をかけてくれた武装班の方々。



 武装班の連中は統領セバスティアーノと距離が近い、コミュニティードヨルド内ではだいぶ各上の身分の人達だ。



 まさかその身分に位置する人達が、自分らに情けをかけてくれるなんて・・・・



 人間もまだまだ捨てたもんじゃない!っと彼自身はそう思った。



 そうしてその彼女に案内されたそのテントの中へ、ありがたく足を踏み入れようとした時だった。



 その直後・・・



バババババババ!



 となにやらマシンガンの乾いた銃声がたちまち聞こえてきたのである。



 その音にキャンプに滞在している武装班の連中が一同反応した。



「なんだなんだ!?」



「事件か!?事件か!?」



 たちまち騒ぎになった。テントの中にいた者たち、周囲をパトロールしていた者たちが一斉に銃声の鳴った方向へと振り向いた。



「おい!お前ら!あっちの担当だれだ!?」



 さっそくベルシュタインらをキャンプについた早々、けなしてきたクラック隊長がおなじ武装班のメンバーの誰かに問いただす。



「えっと、その・・・あの・・・」



「遅い!誰が担当だった!?」



 もたもたした受け答えをするその者に対し、しびれを切らし、ほかの者が彼の代わりにとっさに答えた。



「たぶんニシンだったと思います。」



 とそう答えた。



「ニシン!?だれだ!?それ!?ニシンって魚介類の一種じゃねーかよ!てめーふざけてんのか!?」



 とクラック隊長は要領の得ない回答をする。



「ニシン・ドルフィンス!ニシン・ドルフィンスですよ・・・」



 そのクラック隊長のとんちんかんな発言に、若干引き気味になりながらも再びそう答える。



「俺様はそいつのことは知らん!いつから武装班に加わってきたメンバーだ?」



「えええ!?ニシンって武装班立ち上げ時の初期メンバーだったじゃないですか!?お忘れですか!?」



「俺様がかろうじて覚えている初期メンバーは、ペトラルカとホルスベルクただ二人だけだ!それ以外の奴らは知らん!興味もない!」



「えええ・・・それを彼が聞いたら悲しみますよ・・・」



「とりあえず奴の特徴を教えてくれ!」



「そんな・・・いきなり言われても難しいですよ・・・・まあ強いて言うなら茶髪にピアスをした髪の襟が少しばかり長い奴ですね」



 そんな彼は顎に手をあてて、少しばかり彼の特徴を思い出したのちに、このように言い述べた。



「なるほど!じゃあその特徴をしたマシンガンを携帯する奴を捜せばいいんだな!了解した!」



 そう言うと、クラックは一目散に山の中へ単独で突入していった。



「敵がだれであっても俺を止められる奴はいやしねーんだ!うおおおおお!突撃だ~!」



「よせ!クラック!単独行動だ!」



 とホルスベルクを含め武装班の連中一人一人がそう彼に言ったものの、その忠言もどこ吹く風で、誰の制止も聞かず、クラックはひとり大声を上げながら、向かっていったのである。



 クラック隊長が1人山中へ駆けていったのを見てペトラルカも・・・



「ひとりこの真っ暗闇な森の中へ仲間を向かわせていいわけ!?ひとりは危険よ!ここにいるみんなで助けに行くよ!ついてきて!」



 ベルシュタインとグリアムスのために食料と飲み水を人数分手に持っていたペトラルカは、緊急事態とみるや、それらをどこかに放り投げてしまい、そのままクラック隊長のあとを追随していった。



「うおおおお!続け!続け!我らが金髪のお嬢、ペトラルカをお守りいたすぞ!」



「おおおおお!!!彼女に傷1つも付けさせるな!」



「おい!待て!こうもまとまりもなく、がむしゃらに立ち向かっていくな!」



 さきほどグリアムスにライフルを向けてきた武装班のホルスベルクがそう言ったものの、だれも聞く耳を持たなかった。


 キャンプにはその男、ベルシュタイン、グリアムスといった3人を残し、武装班の連中はみな暗い山中に消えてしまった。



「なぜこうもこのコミュニティードヨルドの武装班ってまとまりがないんだ!」



 とホルスベルクは大きな声を出してどなり散らす。



「まあいい。ひとまず君たちはこのキャンプにとどまってくれ。状況を確認して、すぐここに戻って来るからそれまで待機しといてくれ。俺は彼らを連れ戻しに行ってくる」



 そう二人に言い残すと、その男はみんなが向かっていった先へと走り去っていった。



「・・・・でなわけで、そして誰も居なくなった状況なんですが・・・いかがいたします?」



 先程の男が去ってから、キャンプ場には静寂の時が流れていた。



「さあ・・・・まあ言われたとおりに、おとなしく彼らの帰りを待つとしますか」



 両者ともそれにおおむね合意し、ひとまずペトラルカに案内された先のテントの中へと入り、武装班の連中の帰りを待つこととした。

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