第7話 土砂処理はつらいよ

 このコミュニティードヨルドには労働基準法は存在しない。1日8時間労働など、とうの昔の産物だった。1日16時間、朝から晩までずっと働いていた。



 このコミュニティーに行き着いてから、同僚である幾多の無能生産者が、あまりの重労働の末にからだが悲鳴を上げ、バタバタと倒れていくのを見てきた。



 そのたびにパワハラ現場監督からの慈悲なきミドルキックが飛んでくる。ミドルキックを含めて様々なパワハラ行為に日々おびえながら、無能生産者は作業をしているのである。



 翌朝のこと、ベルシュタインはコミュニティードヨルドの門前にて、門が開くのを待っていた。土砂処理作業の初日である。



 土砂災害が起こった現場はコミュニティードヨルド近くを通っている山道であった。今日から3日間ほど、グリアムスの言ったことが正しければ、強制労働させられるはめになる。



 そんな途方もない作業に駆り出されるのも、もうまもなくというところで、彼は昨日の食堂での一件のことを城門の前で待機している間ずっと考えていた。



 例の話をしてからそれからと言うものの、お互いに一言も言葉を交わすことなく、その日はお開きとなったため、グリアムスさんと自分とで少々溝が出来てしまったのではないか?



 そう危惧していたベルシュタインだったが、そんな心配をよそにグリアムスさんはいつものごとく彼の姿を見ると、気軽に話しかけてくれた。



「すいません。昨日はついつい熱を帯びてしまい、あんな出過ぎたことを言い放ってしまいました。不快にさせてしまったかもしれません、申し訳ない。」



「いえいえ、わたしもついついカッとなって、売り言葉に買い言葉みたく、威勢良く言い立ててしまいました。年下の分際で大変無礼を働きました。こちらこそ申し訳ない。」



「そんな滅相もない。わたくしとしても危うくたった一人の友を失ったかもしれないと、思ったくらいですから。以後気を付けます」



「気を付けなくて結構ですよ。あなたはあなたらしくいてください。それがグリアムスさんなのです」



「わかったような、わからないような・・・・・・とにかくありがとうございます。ベルシュタインさん。」



「ところで話は変わりますけど、今日からあと3日もの間、土砂処理をさせられるわけなんですが、いったいどのくらいの重労働になりそうとお考えですか?」



「わたくしも正直言ってわかりません。土砂処理作業の大変さは、わたくしとしても未知の領域なのです」



「そうですか・・・・なんとなくですが想像を絶するレベルの激務になりそうな予感がしてなりませんね」



「同感です。わたくしもその期間の間、いつどこで倒れることになろうか。わたくしは生まれつきあまり体が丈夫でないものですから、先が思いやられます」



「まあそうは言ってもたかが土砂を片付けるだけです。ぽっくり死にやしません。もしグリアムスさんの身に何かが起こったとしても、まっさきに現場監督よりも先に駆け付け、介抱してあげましょう」



「それはうれしい言葉ですね。ベルシュタインさん。わたくしが気を失いそうになったときは、どうかわたくしの頭が地面に打たれないよう、華麗にキャッチしてみせてくださいね」



「おっしゃっている意味がよくわかりませんが・・・・とにかくまあなんとか対処してみせます」



「感謝します。ベルシュタインさん。ところで前々から気になっていたことをこの場で申しあげるのもあれですが、この際聞いてもよろしいでしょうか?」



「なんでしょうか?」



 ベルシュタインは突然のことに少々戸惑いながらも、グリアムスの言うことに耳をかたむける。



「なぜベルシュタインさんは、まあ口だけのでまかせなのかもしれませんが、わたくしになぜそこまでの義理を通そうといった気概をお見せになるのです?わたくしとしては、なんらあなたに対して借りをつくるようなことは、別段なにもしてないような気がしてならないのですが」



「ああそのことですか。そりゃもちろんありますとも。自分が義理を通すちゃんとしたわけがあるからこそ、こうして尽くそうと思えるのです。この見ず知らずの辺境の地に連れてこられ、周りにいるだれそれも知らないなか、あんな豚小屋に放り込まれて以来、まっさきに自分にはなしかけてくれたのは、まぎれもないあなたです。

 あなたがいなければ、今頃、自分は一人孤独の中、閉塞感とやらものに押しつぶされ、ヒトとしてどうなっていたかわからなかったでしょう。その窮地を救ってくださったのはあなたです。あなたに救いの手を差し伸べられたのなら、差し伸べないわけないのです」



「なるほどなるほど。つまるところ、どうやらわたくしの普段の行いが、あなたの心のよりどころになっていたということですね?」



「まあそんなとこですね」



 実際自分には友達など出来た試しがなかった。人と話すことは得意ではなく、学生時代に至るまで、友達と呼べるような対等な存在が出来た試しがなく、他人と遊ぶといった物事をあまり体感したことがなかった。



 当然青春と呼ぶべきものなど謳歌していない。もちろん自分に女の気配がちらつくこともなかった。それはもう味気ない灰色の学園生活だったと言えよう。



 グリアムスさんはそんなコミュ障の典型である自分にも、コミュ障だからといって会話中にいらつきだすこともなく、優しく、見下すことなく接してくれ、孤独感を取っ払ってくれたまさに恩人、聖人、聖職者、神父この上ない存在だった。



 この人が身近に居てくれるおかげで、孤独感を感じることはなくなった。あとは女だけ。女の子さえ自分のそばに居てくれれば、これ以上望むものは何もない。



 彼ベルシュタインはそう、女を相当欲ほっしているのである。



 変な意味合いではなくして、ただ無性に女の子とお近づきになりたい。ただそれだけだ。



 無能生産者たちの中に若い女の子はだれ一人いないこともこの欲求が加速度的に増す要因となっている。



「若い女はコミュニティードヨルドの花形である」



 といったのが、統領セバスティアーノの言い分らしく、だいたいの若い女の子は有能生産者の方に属しているらしい。



 現に豚小屋に若い女の子が一匹たりとも存在していないことがそれを物語っている。



 彼はおそらく若い女の子を好む相当な変態スケベおやじであると思う。自分の近くによっぽど若い女の子を置いておきたいのであろう。



 これらの裏情報も以前グリアムスさんから聞いていた。



 まあ仮に女の子が自分の目と鼻の先ほどの距離にいたとしても、おそらく自分は彼女らと何らしゃべれるわけないし、なにか接点を持とうと、こちらがあれこれ頑張ろうと努力しても、そんな努力の甲斐むなしく女の子というのは気まぐれで、自分に対して何の関心も持つことすらなく、自分以外の他のイケてる男に関心の目を向けるだろう。



 ・・・・自分にはチャンスもなにも舞い込んでくることすらないのである。



「・・・恋がしたい・・・」



 また不意にそのことに頭を悩ませてしまった。自分みたいな惨めな男にも、やさしく微笑んでくれる聖女のような女の子。自分の元に来てくれないものか・・・・



 できれば黒髪のロングストレートのお淑やかな女の子が好ましい。



 頭の片隅にそんなどうしようもないことを思い描きながらも、彼とグリアムスとの昨夜のやや険悪なムードは一変し、一転して打ち解けあい、この場で互いに談笑していた間に門が開かれた。



「おら行くぞ!くそ虫どもが。土砂を片付けて、片付けて、片付けまくるぞ!」



 そしてついにパワハラ現場監督に土砂崩れの現場まで連れていかれることとなった。

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