経験回数が見えるアプリで学校一の美少女を見たらその回数に思わず驚いてしまった僕。勇気を出して本当か確認したら「責任を取れ」と21人目にされた。

kattern

第1話

「話ってなにかな加茂くん? 校舎裏に呼び出すなんて?」


「ごめんね赤沢さん。すぐに済む話だから……」


 放課後。

 夕闇に暮れる高校の校舎裏で僕と赤沢さんは密会していた。

 秋色の光が彼女が着ている黒いセーラー服と姫カットの黒髪に混ざり温かい色味を放っている。色白の頬が赤く見えるのもきっとそのせいだろう。


 なんだか悩ましげに、けれどどこか楽しそうに、俯いた顔から上目遣いにこっちを見る赤沢さん。その仕草が僕の心をかき乱す。


 さすがは赤沢さん。

 クラス一、いや、学校一の美少女だけはある。


 黒ソックスに覆われた赤沢さんの細い脚。

 茶色のローファーのつま先がなにやら思わせぶりに砂利をかく。


 僕の言葉を待っている。

 何かを期待するようなその仕草にまた心臓が早鐘をつく。


 やめてよ赤沢さん。

 そんなの勘違いしちゃうよ。

 そんな恋する乙女の仕草を不用意に向けないでくれ。


 状況だけ見れば僕が告白のために赤沢さんを呼び出したように見えるだろう。実際、呼び出した文言も「大切な話があるから、放課後に校舎裏にきてください」と、告白と大差ないものだった。


 けれども違う、そうじゃない。

 僕はここに赤沢さんに愛を伝えに来たんじゃない。

 人生ではじめての告白をしに来たんじゃない。


 告発するためにここに来た。


 そう、僕のクラスメイトにして学校一の美少女の赤沢さん。

 彼女のとんでもない秘密を問い詰めるために。


 と、その前に。


「赤沢さん、ちょっと写メを撮ってもいいかな?」


「えぇっ⁉ べ、別に構わないけれど……なんに使うの?」


「それはその、ちょっと言えないといいますか」


「……そ、そうよね、撮った写真をどうするなんて言えないわよね。うん、けど、遅かれ早かれ写真くらい撮るし。もしかしたら、少し過激な写真とかも」


「赤沢さん?」


「いい! いいわよ! 撮ってちょうだい! そうだ好きなポーズをしてあげるね! こんな感じ? どう、エッチかな?」


 腰をくねらせてその身体のラインを強調する赤沢さん。


 なにそのサービス精神。

 ちょっとびっくり。


 よく分からないけれどノリ良すぎない。

 そんな人だったっけ、赤沢さんって。


 普通に写真を撮りたいだけで、そういうの別に僕は求めていない。

 なんだけれど、赤沢さんの目が怖いから断れない。


 とりあえずピースしてくれるかなと頼めば両手でピースをしながら変顔を赤沢さんは決める。僕はスルーして彼女をスマホで撮影した。


 すぐさまアプリが彼女の画像を解析した。


 さっき教室でこっそり撮影した時と条件は変わった。

 もし、アプリが偽物ならば結果も変わりそうだ。


 そう、きっとこのアプリは偽物なのだ。


 そうなのだ。


 だって、目の前の清楚で可憐で学校一の美少女が――。


「出た。経験回数……20回!」


 こんなにも経験回数が多いはずがないのだから。


 僕が今、スマホで起動しているアプリは『経験カウンターくん』。撮影した対象の経験回数を表示してくれる生々しいアプリだ。


 本当かなと思って自分で確認してみたら見事に0回。

 クラスのオタク友達を撮影してみても0回。


 大正解だった。


 これ、もしかして本物なのでは。いや、何の経験回数かぼやかしているけれど、男と女が見つめ合うアプリのアイコンや、僕たち童貞の結果から明らかな奴では。


 半信半疑で次に僕が撮影したのはクラスメイトで学校一の美少女の赤沢さん。


 完全に魔が差した。

 あるいは赤沢さんなら、きっと0回だと信じていたのかもしれない。


 けれど違った。

 こっそり撮影した赤沢さんの横顔。そこに「20回」という、なんともこの年頃にしては――いやこれ多くないという数字が出た時、僕は世界に絶望した。

 そんなバカなと錯乱した。


 そして気がつくと、本当にそうなのか確認するため、赤沢さんをこうして校舎裏に呼び出していたのだった。

 告白でもないのに女の子を校舎裏に呼び出したのだ。


 人間、ショックを受けると何をするか分かったもんじゃないね。

 我ながら自分の意味不明の行動力にびっくりだ。

 そして、怖いなら逃げればいいのに律儀に来ちゃう所も。


 あぁ、こんなことなら、赤沢さんを隠し撮りなんてするんじゃなかった。

 『経験カウンターくん』なんてインストールするんじゃなかった。

 後悔で視界が霞んで見える。


「やっぱり、そうなのか赤沢さん」


「……なにこれ? 経験回数20回?」


「うわぁっ!」


 結果の一致に絶句する僕の後ろから声。

 背中から僕のスマホを赤沢さんがのぞき込んでいた。


 しまった。

 完全に上の空だった。

 なに油断してるんだ僕。

 こんなに接近されているのに気づかないなんて。


 というか赤沢さんに、『経験カウンターくん』を見られちゃった?


 嘘でしょ。なんて説明したらいいんだ。

 誤魔化せるのかこれ。


 どうしたらいいんだ――。


「なになに、これなんのアプリなの? もーっ、こういうのやるなら先に言ってよ、水くさいなぁ。二人でやった方が絶対楽しいじゃん」


「え、いや、その。これは大人数で遊ぶアプリじゃなくて」


「ほらほら、私を撮ったなら次は加茂くんだよ! はいチーズ!」


 混乱している僕から、さっとスマホを奪い取る赤沢さん。

 そのまま彼女は僕のスマホでこちらを撮影する。


 あぁ、これでバレる。

 一発でバレる。


 僕みたいな陰キャオタクで、経験回数0回とか出たらお察しだよ。

 なんの経験か聞かなくてもお察しだよ。


 これはゲロるしかないのか。

 違う意味で、赤沢さんに告白するしかないのか。

 ごめんなさいアプリで君の経験回数を調べましたって言うしかないのか。


 あぁ、どうしよう。

 こんなアプリ入れたばっかりに――。


「へぇ、経験回数1回だって。初心者だねぇ加茂くん」


「……へ?」


「しかも、現在進行形だって! なにこれどういうこと!」


「……現在進行形?」


「なんの回数か分からないけれど、20回の私の方が強いね。ふふん」


 上機嫌に笑って僕にスマホを返す赤沢さん。

 ぽかんとしながらその画面を見ると、慌てふためく僕の上にポップな書体で、経験回数1回と書かれている。


 なぜだ、僕は経験なんてないぞ。

 そもそも自分で撮った時には0回だったはずだ。


 どういうことだ。


 これ、もしかしてそういう経験回数じゃないのか。

 違う経験回数がカウントされているのか。

 だとして、何の経験回数なんだ。


 自撮りした朝から夕方までに一回やっていて。


 今まで僕がやったことがなくって。


 さらに現在進行形――。


「待てよ?」


 その時、一つの仮説が頭に浮かんだ。


「そうか! このアプリで表示されるのは、男女の営みの経験回数じゃなく、告白の経験回数だったんだ!」


「……ンンン⁉」


「僕はアプリを勝手に使ったことを、赤沢さんにまさしく告白しようとしていた! それで僕のカウントが1で現在進行形になっていたんだ!」


「……ちょ、ちょっと待って加茂くん。少し落ち着こう」


「ということは、赤沢さんは男性経験じゃなくて告白経験が豊富ということ! 20回告白しているんだね! そうなんだね、赤沢さん!」


「……#%&’@⁉」


 その場に膝をついて崩れ落ちる赤沢さん。

 聞くモノの魂を震わせる強烈な絶叫を振りまいて、彼女はその場にうずくまった。


 どうやら僕の推理は当たっていたようだ。

 なんてことだ、まさか赤沢さんがそんなに告白していただなんて。


 男女の経験回数よりはショックは少ない。

 少ないけれども、なかなかショックだぞ。


 告白20回って。


 いったい何がどうすれば、そんな回数告白するんだ。

 むしろ、告白される方でしょ、赤沢さんって。


 どういうことなんだ説明してくれ。


 すると、うずくまっていた美少女がゆらりとその場に立ち上がった。


「……そうその通りよ。幼稚園から中学まで、そのくらい男子に告白してきた。そして振られ続けてきた。それがアタシ、学校一の美少女こと赤沢友加里ちゃんの正体」


「嘘でしょ、君はどう見たって、告白するより告白される側じゃないか!」


「高校デビューしたのよぉっ!」


「えぇっ⁉」


「彼氏が欲しくて高校デビューしたの! 芋っぽい私にさよならしたの! 三つ編みおろしてコンタクト入れて、メイク覚えて喋り方も変えて、姫系女子になったの!」


「そんな⁉ けど、それなら――彼氏いるんでしょう⁉」


「いないの! なおのことできないの! なんか釣り合わないとか言われて発展しないの! こんなことになるなら――美少女なんてなりたくなかったぁ!」


「……それじゃ、まさか?」


「そうよ! 告白経験は20回だけれど、男性経験は0回よ! 1回くらい当たってもいいじゃん! って、こんな悲しいこと、言わせないでよ――バカァ!」


 ギャン泣きする赤沢さん。

 せっかくの美少女が台無しの大号泣。

 ぶっちゃけ、ちょっと僕もひいてしまった。


 けれどもなんか一安心。

 やっぱり赤沢さんはそういう経験が多い訳じゃなかったんだ。

 内面はちょっと残念だったけれども安心してしまった。


 ほっと息を吐いたのも束の間、僕の腕がぎゅっと力強く握りしめられる。


 またしても、いつの間にか目の前には赤沢さん。


 彼女は揺れる瞳で僕を睨みつけ、はらはらとその眦から涙を散らしていた。


 夕日ではない紅色に染まる彼女の頬。

 はじめて間近に見る女の子の泣き顔。傷つけてしまった罪悪感。美少女に怒られる倒錯感。そして息づかいまで分かる距離が作り出す緊張感。

 いろんなものがない交ぜになって、気の緩んだ僕に一斉に襲いかかる。


 けれども、そんなことがどうでもよくなるくらい、赤沢さんの燃える瞳から僕は目が離せなかった。


「責任取ってよね! 加茂くん!」


「せ、責任って、いったい」


「決まってるでしょ! 21回目に君がなるのよ!」


「えぇ⁉ けど、僕じゃ赤沢さんと釣り合わ」


「好きじゃなきゃここに来てないよ! 察してよ! いいからウンって言いなさいよね! こっちも覚悟して来てたんだから! いいでしょ、バカァ!」


 かくして僕のカウントから現在進行形が取れた。

 そして赤沢さんのカウントが21になった。


【了】


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